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第十五部・針山夫婦 編
疲れてないか?
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「御劔社長のようなハイスペック男子と結婚したいと思っている女性たちに、何か一言頂けますか?」
「いつどこで何があるか分からない……というのは、人生の鉄則ですね。ある日、最寄り駅で石油王と遭遇しても困らないように、常日頃から自分を磨くといいかもしれません。ただ、高望みしすぎていると、身近にあるダイヤの原石に気づかない場合もあります。自分の望みだけを叶えてもらおうと思わず、周囲の人の気持ちにアンテナを張れる人になるのが、一番いいと思います」
微笑んだ佑をカメラマンが撮り、花村が時間を確認し撮影に入った。
「サービスショットを頂く事は可能でしょうか?」
その頃には香澄は立ち上がり、佑のすぐ近くで待機していた。
「ネクタイとボタン一、二個で済む程度なら構いません」
隅の方に待機していたメイクが、サッと近寄って佑の顔をチェックする。
佑はどうやら業界では「メイク要らず」と呼ばれているらしい。
ファンデーション等を使わずとも顔に赤みや出来物はなく、表面をあぶらとり紙で押さえ、軽くパウダーをはたく程度で済む。
最後に髪型を少し整え、花村の指示通りに撮影が進んでいく。
ネクタイの結び目に手を掛けているポーズ、引っ張る瞬間やその際の少し伏し目がちになった目元。
ボタンを二つ外し、カメラから視線を外した佑が見たのは――香澄だ。
「…………!」
ドキッとして固まっていると、佑の表情を見てカメラマンが言う。
「いいですね、その表情。少し顎を上げて、うっとりした表情をできますか?」
佑は言われた通りにし、香澄はいつもの彼ではないように思えて一人ドキドキしている。
「そのまま、目線をこちらにください」
カメラマンの要求にすべて応えた佑は、撮影を終了させて何事もなかったかのようにボタンを留め、ネクタイを締め始めた。
「御劔社長、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそつまらない回答ばかりですみません」
佑はそう言ってから、香澄に「失礼しようか」と腕時計を確認する仕草を見せた。
「御劔社長、最後に握手をして頂けますか?」
「勿論」
花村とアシスタント女性の表情が、その時ばかりはミーハーなものになった。
ついでと言わんばかりに、カフェのスタッフも佑と握手をし、サインをもらっていた。
香澄はそれを微笑んで見てから、次のスケジュールを確認する。
小金井にはすでに連絡を入れてあり、もう店の前に車が到着する予定だ。
「インタビューの謝礼は、前もって窺った口座に一週間以内に振り込ませて頂きます」
「宜しくお願い致します」
香澄は頭を下げ、改めて全員に挨拶してから佑と共に店を出た。
**
車に乗ったあと、次の現場のハナテレビ本社へ向かう。
「疲れてないか?」
「え? いえ。社長こそお疲れではありませんか?」
気遣わせてしまったと思い、香澄は努めて笑顔で佑に尋ねる。
「いや、復帰一日目なのに移動仕事が多くて、疲れていないか? 香澄」
今度は名前で呼ばれ、佑が秘書を心配しているのではなく〝香澄〟の体調を気遣っているのだと分かった。
香澄は少し迷ったあと、小さく微笑んで答える。
「お仕事だもの。今までさんざん休ませて頂いたし、一日目からへばっていられない」
「待機で座っていても、精神的な消耗が激しいだろう」
「ううん、大丈夫」
そう言った時、佑が手を握ってきた。
「初日に頑張っても続かないと意味がないんだ。今日はもう移動しているから、次のテレビ局の仕事が終わったら、一緒に帰社して瀬尾の運転する車で帰宅してくれ」
帰ってほしいと言われ、香澄は僅かに落胆する。
けれど佑はすぐにフォローしてきた。
「ネガティブに捉えないでほしい。明日のためにも、風呂に入ってリラックスして、ぐっすり眠って備えてほしいだけだ。俺だって復帰した初日から残業させたくない」
「……分かった」
強張った気持ちが、説明を受けてゆっくりほどけてゆく。
「その代わり、テレビ局での仕事、きっちりさせて頂きます」
秘書の口調に戻ると、佑はポンポンと香澄の頭を撫でて微笑んだ。
「いつどこで何があるか分からない……というのは、人生の鉄則ですね。ある日、最寄り駅で石油王と遭遇しても困らないように、常日頃から自分を磨くといいかもしれません。ただ、高望みしすぎていると、身近にあるダイヤの原石に気づかない場合もあります。自分の望みだけを叶えてもらおうと思わず、周囲の人の気持ちにアンテナを張れる人になるのが、一番いいと思います」
微笑んだ佑をカメラマンが撮り、花村が時間を確認し撮影に入った。
「サービスショットを頂く事は可能でしょうか?」
その頃には香澄は立ち上がり、佑のすぐ近くで待機していた。
「ネクタイとボタン一、二個で済む程度なら構いません」
隅の方に待機していたメイクが、サッと近寄って佑の顔をチェックする。
佑はどうやら業界では「メイク要らず」と呼ばれているらしい。
ファンデーション等を使わずとも顔に赤みや出来物はなく、表面をあぶらとり紙で押さえ、軽くパウダーをはたく程度で済む。
最後に髪型を少し整え、花村の指示通りに撮影が進んでいく。
ネクタイの結び目に手を掛けているポーズ、引っ張る瞬間やその際の少し伏し目がちになった目元。
ボタンを二つ外し、カメラから視線を外した佑が見たのは――香澄だ。
「…………!」
ドキッとして固まっていると、佑の表情を見てカメラマンが言う。
「いいですね、その表情。少し顎を上げて、うっとりした表情をできますか?」
佑は言われた通りにし、香澄はいつもの彼ではないように思えて一人ドキドキしている。
「そのまま、目線をこちらにください」
カメラマンの要求にすべて応えた佑は、撮影を終了させて何事もなかったかのようにボタンを留め、ネクタイを締め始めた。
「御劔社長、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそつまらない回答ばかりですみません」
佑はそう言ってから、香澄に「失礼しようか」と腕時計を確認する仕草を見せた。
「御劔社長、最後に握手をして頂けますか?」
「勿論」
花村とアシスタント女性の表情が、その時ばかりはミーハーなものになった。
ついでと言わんばかりに、カフェのスタッフも佑と握手をし、サインをもらっていた。
香澄はそれを微笑んで見てから、次のスケジュールを確認する。
小金井にはすでに連絡を入れてあり、もう店の前に車が到着する予定だ。
「インタビューの謝礼は、前もって窺った口座に一週間以内に振り込ませて頂きます」
「宜しくお願い致します」
香澄は頭を下げ、改めて全員に挨拶してから佑と共に店を出た。
**
車に乗ったあと、次の現場のハナテレビ本社へ向かう。
「疲れてないか?」
「え? いえ。社長こそお疲れではありませんか?」
気遣わせてしまったと思い、香澄は努めて笑顔で佑に尋ねる。
「いや、復帰一日目なのに移動仕事が多くて、疲れていないか? 香澄」
今度は名前で呼ばれ、佑が秘書を心配しているのではなく〝香澄〟の体調を気遣っているのだと分かった。
香澄は少し迷ったあと、小さく微笑んで答える。
「お仕事だもの。今までさんざん休ませて頂いたし、一日目からへばっていられない」
「待機で座っていても、精神的な消耗が激しいだろう」
「ううん、大丈夫」
そう言った時、佑が手を握ってきた。
「初日に頑張っても続かないと意味がないんだ。今日はもう移動しているから、次のテレビ局の仕事が終わったら、一緒に帰社して瀬尾の運転する車で帰宅してくれ」
帰ってほしいと言われ、香澄は僅かに落胆する。
けれど佑はすぐにフォローしてきた。
「ネガティブに捉えないでほしい。明日のためにも、風呂に入ってリラックスして、ぐっすり眠って備えてほしいだけだ。俺だって復帰した初日から残業させたくない」
「……分かった」
強張った気持ちが、説明を受けてゆっくりほどけてゆく。
「その代わり、テレビ局での仕事、きっちりさせて頂きます」
秘書の口調に戻ると、佑はポンポンと香澄の頭を撫でて微笑んだ。
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