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第十五部・針山夫婦 編

ランチ会食

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 個室は椅子席で、最大六人座れるテーブルにはIHコンロが二口あった。

 そのうちの二口が開いていて、すでに鍋がセットされている。

「御劔さん。飲み物をお先にどうぞ」

「ありがとうございます」

 平川の言葉を聞き、香澄は佑にサッとドリンクメニューを差しだした。

「赤松さんは何か飲みたい物は?」

「社長と同じ物に致します」

 礼儀として答えると、佑はチラッと香澄を見てから視線をメニューに向ける。
 いつも、佑はウーロン茶で即決だ。

(迷ってるっていう事は、私の好きそうな物探してるのかな……)

 そう思っていると、佑が微笑んだ。

「じゃあ、梅ジュースにしよう」

 佑が決めたのは、まさしく香澄が飲みたいと思っていた物だ。

「はい。同じ物でお願い致します」

 彼のさり気ない優しさに、思わずジワッと赤面した。

 飲み物を決めてオーダーしたあと、プライベートを交えた明るい会話と食事が始まった。

 コースは湯葉や豆腐を使った先付から始まり、出てくる料理はすべて美味しい。
 香澄は湯葉が好きだが、あまり食べる機会がなかったため、同席できて本当に良かったと思っていた。

 だが本題はビジネスの話だ。

 議事録にしっかり書き込み、プライベートの話も次の仕事や接待に繋がるかもしれないので、食事に夢中になっていられない。

(いつかプライベートで楽しみたいお店だな)

 そう思いながら、香澄は湯豆腐を取り分け「どうぞ、社長」と佑に差しだした。

 食事をしながら平川から商業ビルへの出店の依頼を受け、ひとまず「社内に持ち帰って検討いたします」という返事をした。

 そのあと、二人は予定の時間に『桜の花』を出た。



**



 車に乗ったあと、佑が話し掛けてくる。

「美味かったな」

「はい。たっぷり湯葉と美味しいお豆腐が堪能できて、幸せでした」

「肉もな?」

 佑が香澄を見てニヤッと笑う。

 湯豆腐のあと、同じ鍋で黒毛和牛のしゃぶしゃぶを楽しみ、他の料理を挟んだ最後に、黒毛和牛の石焼きステーキと炊き込みご飯を味わった。

 ステーキは一口サイズの小さな物だったが、コース料理がたくさん出て時間もかかった分、かえってそのサイズで助かった。

 とはいえ、美味しい豆腐と湯葉、そして肉が楽しめて香澄は大満足だ。

 香澄はお腹をポンポンにし、ワンピースの上から頻りに撫でて膨らみを気にしている。

(今日、ワンピースで良かった。ウエスト締めるスカートだったら、もっと苦しかったかもしれない。ジャケットのボタンは留めてるし、何とか隠し通せたらいいけど……)

 そう思いつつ、意味ありげに笑いかけてきた佑に秘書モードのまま返事をする。

「非常に美味しかったです」

「ところで、今日の晩飯はどうしようか? フルコースでたっぷり食べたし、俺は控えめでもいいけど」

 そう言われると、香澄もプライベートの返事をせざるを得ない。

「正直、食べなくてもいいと思っています」

「じゃあ、香澄の大好きなワルイコトにしようか」

「そうしておきます」

〝ワルイコト〟というのは、カップ麺やインスタントラーメンの事だ。

「それでは、斎藤さんに連絡をしておきます。もう午後なので、下ごしらえが始まっているかもしれませんが」

「明日の朝に食べれば大丈夫だ」

「そうですね」

 返事をしたあと、香澄はスマホで斎藤に連絡を入れる。
 連絡したあと、香澄は再び佑に仕事前の読み上げをする。

「女性雑誌『min-min』の担当インタビュアーは、花村はなむらさんという方です。礼を欠く質問はないと思いますが、テーマに沿って可能な限り突っ込んだ質問はされるかもしれません。あらかじめ質問用紙を受け取り、社長にも目を通して頂いていますが、それより一手先を読んでおいたほうが良いかもしれません」

「分かった」

「答えられないと思った質問があった場合、私のほうからストップを掛けさせて頂きます」

「エグい質問でなければ大丈夫だ。恋愛関係のインタビューは今まで何回も受けているし、セックスに関する質問も受けている。プライベートについて話すつもりはないし、一般論を話すだけだから、ピリピリしなくていいよ」

「……承知致しました」

 秘書として「気にしていません」という顔をしていたが、心の底では気にしていたかもしれない。
 それを佑に指摘され、香澄はカァ……ッと赤面する。

 やがて十五分ほどで、車は広尾にある『ボンデイカフェ』に着いた。
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