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第十四部・東京日常 編

お招きしたいんだけど、どうかな?

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「我慢できなくなって、『部屋を掃除してあげたんだから、ありがとうぐらい言ったら?』って怒ったら、『自分からお節介焼いたくせに、なに威張ってるんだよ』って言われた。……だから今でも、佑さんに『おしつけがましい』って思われてないか心配してる」

「そんな訳ない!」

 佑は声を上げ、傷ついた目で香澄を見てくる。

「傷付けられる事に慣れたら駄目だ。彼がしたのはただのモラハラだ。虐げられる事を普通だと思って、自分の価値を下げてはいけない」

 自分の事のように傷付いて、怒ってくれる彼がこんなにも愛おしい。
 声を荒げた佑を見て、香澄はクシャリと笑う。

「うん、分かってる……。佑さんに出会えて良かったなぁ」

 涙が零れてしまいそうで、香澄は佑の胸板に顔を押しつけてごまかした。

「セックスや寝る事が趣味という人がいるように、食べる事が好きでもおかしくない。食べる事は生きる事だ。香澄は生きる事を楽しんでいる。それを笑う奴は、放っておくんだ。どうせ、彼は香澄が何をしていても褒めないだろう。他人を馬鹿にして優越感に浸るしかできない奴は、常に他人の粗探しをするしかやる事がないんだ」

「うん……」

 香澄は顔を隠したまま、涙を零して頷く。

「優しさは踏みにじられやすい。色んな事を『されて当たり前』と思っている人は、優しさに気づかない。主張すれば『押しつけがましい』と言うだろう。他人に感謝できない人は、体が大人になっても中身は子供のままだ。実家で食事が出てくるのが当たり前と思っている人は、結婚しても料理してくれる人に感謝しないと思うよ」

 佑は辛辣な言葉を口にしているが、声だけでその表情が苦しげに歪んでいると分かった。

 婚約者とはいえ他人の事なのに、佑はこれだけ傷付いて悲しんでくれる。

(ありがたいなぁ……)

 香澄は微笑み、お礼を言う。

「ありがとう。佑さんが味方だって思うだけで、とっても心強く思える」

 香澄は佑にギュッと抱きつき、彼の背中を撫でた。

「佑さん、大好き!」

 香澄は涙を拭って、愛する彼にチュッとキスをした。
 そのあと仰向けになって息をつく。

(佑さんみたいな人が側にいるのに、あんな人の事で悩む時間が勿体ない。食べる時に必要以上に気にするのも、もうやめよう)

 自分に言い聞かせ、うん、と頷く。

(一分一秒でも多く、佑さんの事を考えて彼との時間を大切にしたい。あとは、麻衣とか家族とか、大切な人の事を考えていたい)

 気持ちを切り替え、香澄は麻衣と言えば……と年末年始の事を思いだす。

「ねぇ、話を変えていい?」

「どうぞ?」

「年末だけど、アロイスさんとクラウスさんが、マティアスさんも連れてきたいって言ってるの。私は構わないし、プレゼントのお礼を言いたいから、お招きしたいんだけど、どう……かな?」

 ニコニコしていた佑の表情が、笑顔のまま固まった。

(う……)

 彼の雰囲気が変わったのを感じ、香澄は「反対されませんように」と願いながら彼の様子を伺う。

「……マティアス、なぁ……」

 佑はごろりと仰向けになり、前髪を掻き上げて溜め息をつく。

「プレゼント、何もらったんだ?」

「ブタのペンダント」

「ブタ!?」

 思わず佑は素っ頓狂な声をだし、バッと香澄を見る。

「ドイツのお守りなんだって。馬蹄の中にブタがいて、それぞれ意味があって」

「ああ……。あれか」

 あのお守りを知っていたのか佑は納得し、「それにしても……」と前髪をクシャリと掻き上げる。

「あいつ、女性にブタのペンダントって……」

「ふふふ。マティアスさんらしいよね」

 屈託なく笑う香澄の笑顔を見て、佑の表情から険が抜ける。

「仕方がないな……。相変わらず不器用っていうか」

 彼の態度が軟化したので、香澄はさらに援護射撃する。

「バースデーカードにお守りの意味が書かれてあって、私に災いが掛からないようにとか、幸運を祈るってあった。本来の彼は〝こう〟なんだと思うの。偽ったり飾ったりするのが苦手で、どこまでも馬鹿正直っていうか……」

 あまり力説しても、それほどマティアスの事を知らないので、ここまでにしておく。

「そんなマティアスさんを、いつまでも怒るの嫌なの。私たちが怒っている限り、彼はずっと負い目を感じると思う。彼は十分不幸な目に遭ったし、償いもした。むしろ彼は幸せになるべきだと思う。ううん、幸せになってほしい。だから、『もういいよ』って言ってあげよう?」

 一生懸命訴えると、また佑に抱き寄せられた。
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