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第十四部・東京日常 編

昔、摂食障害だった?

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「ワラジムシって……、俺の婚約者なんだから、もっと可愛い物にしてくれよ。っていうか、発想がやっぱり北海道だな。大自然がすぐ出てくる」

「んふふふ……。タヌキやキツネが隣人です」

 笑い合いながら、香澄は佑の胸板にぐりぐりと顔を押しつける。

「……ブラ、外していい?」

 佑はすでに香澄の背中に手を回しているのに、後出しで質問してくる。

「いいよ。おっぱい触らないと元気が出ないんでしょ」

「当たり」

 笑った彼がプツンとホックを外すと、胸元の締め付けがなくなる。
 肩紐から腕を抜くために仰向けになると、佑がのし掛かってきた。

「……重い」

「達ったあとに体重かけられるの、好きなくせに」

 小さく笑われ、カァッと赤面する。

「そ、そういうのシラフの時に言うの良くない」

「シラフって……」

 クツクツと佑が笑い、香澄の乳房に手を這わせて揉んでくる。

「仕事をしてる時も揉みたいな」

「本体が付随しておりますので、単体でのご利用はご遠慮ください」

「ふっふっふ……。なら、膝の上に可愛い秘書がいつもいてくれたらいいのに」

「お仕事にならないでしょう?」

 香澄はわざとらしく言ったあと、佑の小さい乳首を摘まんで、玄関チャイムのように押してみた。

「ピンポーン」

「こら」

 肩を揺らして笑った佑がまた覆い被さり、香澄の動きを封じる。

「もぉ……力技はずるい……。ギブ、ギブ」

 香澄は笑いながらトントンと佑の背中を叩いていたが、次の一言で手を止めた。

「昔、摂食障害だった?」

 香澄の笑顔が徐々に小さくなり、次第に苦笑いになる。

 軽く握った拳は佑の背中に触れたまま、動かなくなった。

 その反応を見て、佑は横に寝転んだ体勢で彼女を抱き寄せた。

 香澄は予想外の時にトラウマを指摘され、目を丸くして固まっている。

 そして、久住と佐野と一緒にラーメンを食べていた時、彼らにその話をした事を思いだした。

「あ……。そっか……」

 香澄が気づいたと知った佑は、彼女の頭を撫でる。

「俺から、何か大切な情報を聞いたら報告してほしいと言っていたから、彼らを悪く思わないでくれ」

「うん……。まぁ、隠していた事じゃないし、前にもチラッと言ったような気がするから、別にいいんだけど」

 佑は無理に香澄の古傷をえぐる人ではない。
 健二に再会してボロボロになっていた時、一気にすべてを聞こうとしなかったのは彼の優しさだ。

「今は無理してない?」

「佑さんは太ってもバカにしないから大丈夫。食べる事に罪悪感を抱く時はあるけど、自分の問題だし」

 微笑んだ香澄を、佑は抱き締めてくる。

「……香澄が元気に食べてくれている事が本当に嬉しい。俺は香澄の食べる姿が本当に好きなんだ。それに香澄と一緒なら、何を食べても美味しくなる」

「ありがとう。そう言ってくれて嬉しい。食の申し子みたいになってるけど、食べる事は本当に好きだなぁって思う。自分の好きな味を作れるから、お料理も好き。勿論、外食も好き。佑さんが作ってくれたご飯も、斎藤さんのご飯も好き」

「香澄は『好き』とか『美味しい』とか、いつもポジティブに考えているから好きだよ。世の中には文句しか言わない人もいるから」

「ん」

 香澄は佑の胸板に顔を押しつけ、目を閉じて息をつく。
 そして過去の心の傷を見つめた。

「……どうして食べる事が好きなのか、説明はできない。けど、生きる事に直結する本能を、付き合っていた人に否定されるのはつらかった。大学生当時、普通体型ではあったと思う。でも事あるごとに『デブ』『ブス』『大食い』って言われて、自分を〝大食いで太ってる可愛くない女の子〟って思い込むようになっていた」

 そうやって、香澄は食べる事を罪だと思い、拒食になり、反動で過食になり、苦しんだ。

「健二くんは何も褒めてくれなかった。ご飯を作っても掃除しても、『ありがとう』って言われなかった。お母さんから教えてもらったレシピを、『貧乏くさい茶色い飯』って言われた。……つらかった」

 香澄の声が涙で歪む。

 佑は香澄の額に唇を押し当て、「悔しい」と呟いた。
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