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第十四部・東京日常 編
あの時の彼女がいま目の前に
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どんどん会社を大きくしたいと望んでいたが、そればかりを追って、自分自身の幸せを二の次にしていた。
己を会社の部品のように扱い、余計なもの――愛する女性や、心から楽しめる趣味を作らなかった。
息抜きする時に連絡をするのは、真澄や学生時代の友達、最近仲良くなった出雲のみ。
『俺は美智瑠を必要としていなかった? ……そもそも、彼女を愛していると思った事はあったか……?』
彼女にベッドで求められても、愛し合いたいというより、「恋人だから応えなければ」という使命感からだった。
忙しすぎて、性欲があるのか分からなかった。
ただ、自分と美智瑠は恋人なのだから、抱かなければ〝レス〟になって破綻すると必死に応じようとしていた覚えはある。
そして〝役目〟を終えたあとは、疲れて眠り、美智瑠がピロートークを望んでいた事にも気付けずにいた。
『愛情なんて……。最初からなかった』
美智瑠と一緒にいて安らぐ時は確かにあったが、気の利く彼女に助けられて心地よく思っていただけだ。
その時感じたのは〝感謝〟で〝愛しさ〟ではなかった。
今になり、美智瑠に抱いた想いの正体が分かってくる。
『……俺は一生、人を愛せないのかな』
乾いた笑いが漏れ、涙が次々に零れた。
「次に人を愛する時は……」と考えたが、何も想像できない。
自分が〝誰か〟を愛し、仕事より大切にするなどまったく考えられなかった。
佑は初めて、自分の未来が真っ黒に塗りつぶされているように感じたのだった。
それからしっかり休養して復職したが、彼にとどめをさすように、次々と不幸が襲いかかる。
自社ビルができて仕事はさらに軌道に乗り、グローバル化も進み第二秘書の佐伯を雇った。
メディアへの露出も増えたが、その頃になって佑を中傷する者が増え、脅迫や殺害予告などもでてきた。
海外出張をした時、車に乗るタイミングで襲撃を受け、佐伯が怪我を負って車椅子の生活を送るようになってしまった。
この上なく後悔し、己を責め続ける佑を、彼は責めなかった。
『Chief Everyがこれからも立派な会社になるのを、遠くから願っています』
そう言って彼は佑のもとから去っていった。
加えて、寂しさを紛らわすために飼っていた犬――アレックスが、敷地内に投げ込まれた毒入りの食べ物を口にし、死んでしまう。
ボロボロになりながら、佑は目をギラつかせ仕事に打ち込んだ。
Chief Everyが新しいシリーズを出せば、社会的なムーブを起こすようになっていた。
父は勿論、母や兄弟にも、親戚にも、ドイツの親族からも褒められた。
褒められてなお、佑の心はうつろだった。
消費するように女性と付き合い、決して自分の心に踏み入れさせない。
そのくせ愛を欲しがり、いつも「寂しい」と感じていた。
温かい感情に満たされたいのに、誰に会っても疑いの目を向け、自分の商売にプラスになるかを考える。
そんな打算的な自分を嫌悪した。
自分を好きになれない男が、他人を愛せる訳がない。
二度と体調を崩さないように、以前ほど仕事を詰めすぎず生活は穏やかになった。
しかし疲労で熱を出しても、彼は誰にも甘えられず自力で解熱し、仕事に復帰するしか生きる楽しみがなくなっていた。
**
「……っぅ……っ」
佑が淡々と語った過去を聞き、香澄は目に涙を溜めて彼を見つめた。
グスッと洟を啜りながら、香澄は彼の頭をいい子いい子、と撫でる。
すると佑はクスッと笑って香澄の額にキスをしてきた。
「そんな顔をしなくていい。今は本当に幸せなんだ。愛する人をやっと見つけられた。そして香澄を愛して一喜一憂する自分の事も、好きになれている」
彼が自分を愛して〝幸せ〟になったと思うと、恐れ多いが嬉しくて胸が一杯になる。
そして彼が言っていた夕方の情報番組の話を思いだし、クシャリと笑った。
「……あの時、麻衣に誘われて小樽に行ったの。ちょうど新しいパティスリーができて、カフェが話題になっていたから、並んででも食べようって言われて。……あの時の私はボロボロで、麻衣は気を遣って誘ってくれたんだと思うんだけど」
「俺も今まで忘れていたけど、あの時の事を思いだして『あっ』てなった」
二人は顔を見合わせて微笑んでから、抱き合った。
己を会社の部品のように扱い、余計なもの――愛する女性や、心から楽しめる趣味を作らなかった。
息抜きする時に連絡をするのは、真澄や学生時代の友達、最近仲良くなった出雲のみ。
『俺は美智瑠を必要としていなかった? ……そもそも、彼女を愛していると思った事はあったか……?』
彼女にベッドで求められても、愛し合いたいというより、「恋人だから応えなければ」という使命感からだった。
忙しすぎて、性欲があるのか分からなかった。
ただ、自分と美智瑠は恋人なのだから、抱かなければ〝レス〟になって破綻すると必死に応じようとしていた覚えはある。
そして〝役目〟を終えたあとは、疲れて眠り、美智瑠がピロートークを望んでいた事にも気付けずにいた。
『愛情なんて……。最初からなかった』
美智瑠と一緒にいて安らぐ時は確かにあったが、気の利く彼女に助けられて心地よく思っていただけだ。
その時感じたのは〝感謝〟で〝愛しさ〟ではなかった。
今になり、美智瑠に抱いた想いの正体が分かってくる。
『……俺は一生、人を愛せないのかな』
乾いた笑いが漏れ、涙が次々に零れた。
「次に人を愛する時は……」と考えたが、何も想像できない。
自分が〝誰か〟を愛し、仕事より大切にするなどまったく考えられなかった。
佑は初めて、自分の未来が真っ黒に塗りつぶされているように感じたのだった。
それからしっかり休養して復職したが、彼にとどめをさすように、次々と不幸が襲いかかる。
自社ビルができて仕事はさらに軌道に乗り、グローバル化も進み第二秘書の佐伯を雇った。
メディアへの露出も増えたが、その頃になって佑を中傷する者が増え、脅迫や殺害予告などもでてきた。
海外出張をした時、車に乗るタイミングで襲撃を受け、佐伯が怪我を負って車椅子の生活を送るようになってしまった。
この上なく後悔し、己を責め続ける佑を、彼は責めなかった。
『Chief Everyがこれからも立派な会社になるのを、遠くから願っています』
そう言って彼は佑のもとから去っていった。
加えて、寂しさを紛らわすために飼っていた犬――アレックスが、敷地内に投げ込まれた毒入りの食べ物を口にし、死んでしまう。
ボロボロになりながら、佑は目をギラつかせ仕事に打ち込んだ。
Chief Everyが新しいシリーズを出せば、社会的なムーブを起こすようになっていた。
父は勿論、母や兄弟にも、親戚にも、ドイツの親族からも褒められた。
褒められてなお、佑の心はうつろだった。
消費するように女性と付き合い、決して自分の心に踏み入れさせない。
そのくせ愛を欲しがり、いつも「寂しい」と感じていた。
温かい感情に満たされたいのに、誰に会っても疑いの目を向け、自分の商売にプラスになるかを考える。
そんな打算的な自分を嫌悪した。
自分を好きになれない男が、他人を愛せる訳がない。
二度と体調を崩さないように、以前ほど仕事を詰めすぎず生活は穏やかになった。
しかし疲労で熱を出しても、彼は誰にも甘えられず自力で解熱し、仕事に復帰するしか生きる楽しみがなくなっていた。
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「……っぅ……っ」
佑が淡々と語った過去を聞き、香澄は目に涙を溜めて彼を見つめた。
グスッと洟を啜りながら、香澄は彼の頭をいい子いい子、と撫でる。
すると佑はクスッと笑って香澄の額にキスをしてきた。
「そんな顔をしなくていい。今は本当に幸せなんだ。愛する人をやっと見つけられた。そして香澄を愛して一喜一憂する自分の事も、好きになれている」
彼が自分を愛して〝幸せ〟になったと思うと、恐れ多いが嬉しくて胸が一杯になる。
そして彼が言っていた夕方の情報番組の話を思いだし、クシャリと笑った。
「……あの時、麻衣に誘われて小樽に行ったの。ちょうど新しいパティスリーができて、カフェが話題になっていたから、並んででも食べようって言われて。……あの時の私はボロボロで、麻衣は気を遣って誘ってくれたんだと思うんだけど」
「俺も今まで忘れていたけど、あの時の事を思いだして『あっ』てなった」
二人は顔を見合わせて微笑んでから、抱き合った。
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