906 / 1,549
第十四部・東京日常 編
テレビの中の彼女
しおりを挟む
『今回、あなたに最後の猶予をあげたつもりだった。弱って私のありがたみを感じたなら、元気になるまで待ってあげるつもりだった。でもあなたは倒れても私に弱音を吐かない。頼らない。看病してほしいなんて言わないし、倒れても仕事の話ばかり。じゃあ、私の存在意義って何? ……結局あなたの人生は、仕事と友達と医者だけで足りるのよ。私はあなたの隣を歩けない。あなたみたいな顔とお金だけのクズ、こっちからお断りよ』
吐き捨てた美智瑠は、バッグを掴み踵を返す。
『さようなら。せいぜい仕事を失わないようにね。あなたの顔とお金が好きっていう人なら、恋人になってくれるんじゃない? そんな女、程度が知れるけど』
最後に吐き捨てるように言って、美智瑠は病室から去っていった。
しばらく佑は黙って目の前の空間を見つめ、長く深い息を吐いた。
『……人選ミスだな』
呟いて、リモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。
夕方の情報番組では、全国各地のニュースが流れていた。
画面には北海道の雄大な自然と牛たちが映り、小樽発祥のパティスリーが現地の女性リポーターによって紹介されている。
(北海道か……。体調が良くなったら行こうかな)
そんな事を考えていると、テレビにリポーターにマイクを向けられた女子大生が映る。
まっすぐでツヤツヤした黒髪が印象的な色白の女性と、その友人らしいふくよかな体型の女性が、カメラを向けられて照れくさそうに笑っていた。
《美味しいですか?》
《最高です! とろけます! 幸せになれるから皆に食べてほしいです!》
ストレートヘアの女性が満面の笑顔で言い、その子供のような純粋な反応に、佑は思わず噴きだした。
(この子みたいに食いしん坊なら、生きていて楽しいだろうな。こういう子になら、食べさせがいがあるのかも)
美智瑠と一緒にレストランに行っても、彼女はあまり食べる事に執着していないようだった。
痩せ型だったのも、食に重きを置いていないからだろう。
料理教室に通っていたのは、もともと食に興味がなかったため、料理が苦手だったからだ。
彼女が作った物の味を不味いと言いたくはないが、料理教室に通っていたにしては、「美味しい」と即答できる味ではなかった。
そのくせ油でギトギトしているので、本当に佑は食べるのを苦労していたのだ。
食に興味がないと、食事の美味しい、不味いにも鈍感になるのかもしれない。
美智瑠が味見をしていても、佑と同じ味覚を持っていたとはいえない。
結婚相手に一流シェフのような料理の腕は求めないが、自分が作るのと同じぐらいの美味しさは求めたい。
なにより、一緒に食卓を囲んで楽しく食事ができる人がいい。
(そういう意味では、彼女みたいに食いしん坊っぽい人は、一緒にいて楽しそうだな)
テレビの中で屈託なく笑う女性を見て、何となく思った。
《最後に一言、お願いします》
女性リポーターに言われ、ストレートヘアの女性は少し迷ったあとに言う。
《彼氏募集中です~!》
そう言ったあと、彼女は友人と一緒にケラケラと笑った。
あとから思えば、この時佑が見ていたのは小樽に話題のケーキ屋ができたと知って、麻衣と一緒に訪れた香澄だった。
当時の彼女は二十歳。
そして三月のこの頃は、健二にレイプされて身も心もズタズタになり、平気なふりを押し通し、わざと明るく振る舞っていた時期だ。
ケーキを美味しいと言っていたのも、過食や拒食を繰り返していた途中で無理に食べていたのだろう。
当時から一年前の十二月二十五日、佑は札幌駅前で健二を待っていた彼女に声を掛け、タオルハンカチを押しつけられていた。
この時の佑は、札幌駅前の可哀想な少女と、テレビに出ている女性が同一人物だと、まったく気づいていなかった。
雪が降るなか人を待っていた可哀想な子は覚えているし、プレゼントもしまってある。
だが病室でテレビを見ていたその時は、札幌駅前の子はまったく浮かばなかった。
テレビに映っている女子大生を見て、「悩みがなさそうで、楽しそうに食べていていいな」と思った程度だった。
そして香澄と出会って恋に落ちても、二十五歳の時に見たテレビの内容など忘れていた。
努めて思いだそうとした〝今〟、テレビでのんびりとした道産子の女性を見て、微笑ましくなったのを思いだしたのだ。
(テレビでこんなふうに言ったら、『連絡先を教えてほしい』とテレビ局に問い合わせが殺到するだろうな。変なのに捕まらないといいけど)
佑はテレビを見て苦笑いし、彼女の屈託のない笑顔を見るうちに、なぜか涙を零した。
(俺は美智瑠を笑わせられなかった。美味いケーキ屋を調べて、カフェに連れて行く事もしなかった。美智瑠の好きな食べ物も知らない)
自分が今までどれだけのものを失ったか、佑は理解していなかった。
美智瑠への配慮だけではない。
健康的に過ごすための労働時間や睡眠時間、栄養バランスなども頭から抜け落ちていた。
そもそもここ数年、何かを食べて「美味しい」など感じなかった。
吐き捨てた美智瑠は、バッグを掴み踵を返す。
『さようなら。せいぜい仕事を失わないようにね。あなたの顔とお金が好きっていう人なら、恋人になってくれるんじゃない? そんな女、程度が知れるけど』
最後に吐き捨てるように言って、美智瑠は病室から去っていった。
しばらく佑は黙って目の前の空間を見つめ、長く深い息を吐いた。
『……人選ミスだな』
呟いて、リモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。
夕方の情報番組では、全国各地のニュースが流れていた。
画面には北海道の雄大な自然と牛たちが映り、小樽発祥のパティスリーが現地の女性リポーターによって紹介されている。
(北海道か……。体調が良くなったら行こうかな)
そんな事を考えていると、テレビにリポーターにマイクを向けられた女子大生が映る。
まっすぐでツヤツヤした黒髪が印象的な色白の女性と、その友人らしいふくよかな体型の女性が、カメラを向けられて照れくさそうに笑っていた。
《美味しいですか?》
《最高です! とろけます! 幸せになれるから皆に食べてほしいです!》
ストレートヘアの女性が満面の笑顔で言い、その子供のような純粋な反応に、佑は思わず噴きだした。
(この子みたいに食いしん坊なら、生きていて楽しいだろうな。こういう子になら、食べさせがいがあるのかも)
美智瑠と一緒にレストランに行っても、彼女はあまり食べる事に執着していないようだった。
痩せ型だったのも、食に重きを置いていないからだろう。
料理教室に通っていたのは、もともと食に興味がなかったため、料理が苦手だったからだ。
彼女が作った物の味を不味いと言いたくはないが、料理教室に通っていたにしては、「美味しい」と即答できる味ではなかった。
そのくせ油でギトギトしているので、本当に佑は食べるのを苦労していたのだ。
食に興味がないと、食事の美味しい、不味いにも鈍感になるのかもしれない。
美智瑠が味見をしていても、佑と同じ味覚を持っていたとはいえない。
結婚相手に一流シェフのような料理の腕は求めないが、自分が作るのと同じぐらいの美味しさは求めたい。
なにより、一緒に食卓を囲んで楽しく食事ができる人がいい。
(そういう意味では、彼女みたいに食いしん坊っぽい人は、一緒にいて楽しそうだな)
テレビの中で屈託なく笑う女性を見て、何となく思った。
《最後に一言、お願いします》
女性リポーターに言われ、ストレートヘアの女性は少し迷ったあとに言う。
《彼氏募集中です~!》
そう言ったあと、彼女は友人と一緒にケラケラと笑った。
あとから思えば、この時佑が見ていたのは小樽に話題のケーキ屋ができたと知って、麻衣と一緒に訪れた香澄だった。
当時の彼女は二十歳。
そして三月のこの頃は、健二にレイプされて身も心もズタズタになり、平気なふりを押し通し、わざと明るく振る舞っていた時期だ。
ケーキを美味しいと言っていたのも、過食や拒食を繰り返していた途中で無理に食べていたのだろう。
当時から一年前の十二月二十五日、佑は札幌駅前で健二を待っていた彼女に声を掛け、タオルハンカチを押しつけられていた。
この時の佑は、札幌駅前の可哀想な少女と、テレビに出ている女性が同一人物だと、まったく気づいていなかった。
雪が降るなか人を待っていた可哀想な子は覚えているし、プレゼントもしまってある。
だが病室でテレビを見ていたその時は、札幌駅前の子はまったく浮かばなかった。
テレビに映っている女子大生を見て、「悩みがなさそうで、楽しそうに食べていていいな」と思った程度だった。
そして香澄と出会って恋に落ちても、二十五歳の時に見たテレビの内容など忘れていた。
努めて思いだそうとした〝今〟、テレビでのんびりとした道産子の女性を見て、微笑ましくなったのを思いだしたのだ。
(テレビでこんなふうに言ったら、『連絡先を教えてほしい』とテレビ局に問い合わせが殺到するだろうな。変なのに捕まらないといいけど)
佑はテレビを見て苦笑いし、彼女の屈託のない笑顔を見るうちに、なぜか涙を零した。
(俺は美智瑠を笑わせられなかった。美味いケーキ屋を調べて、カフェに連れて行く事もしなかった。美智瑠の好きな食べ物も知らない)
自分が今までどれだけのものを失ったか、佑は理解していなかった。
美智瑠への配慮だけではない。
健康的に過ごすための労働時間や睡眠時間、栄養バランスなども頭から抜け落ちていた。
そもそもここ数年、何かを食べて「美味しい」など感じなかった。
33
お気に入りに追加
2,546
あなたにおすすめの小説
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる