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第十四部・東京日常 編

もともとすれ違っていた二人

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 一番腹が立ったのは、佑の父が地方公務員をしていると聞き、「なんだ、地味」と言われた事だ。

 佑にとって父は〝凄い人〟だ。

 一見温厚で大人しそうに見えて、あの母がメロメロになるほど愛し、唯一言う事を聞く人だ。

 我の強い者ばかりの御劔家で、父は妻と四兄弟を滑らかに繋げている。

 確かに目立たないタイプの人だが、常に温厚で感情を乱さず、聞き上手である事は誰にでもできる事ではない。

 その上、世の中の色んな情報に触れて、偏ったものの見方をしないようにしているし、発言をする時も決して人を不快にさせる言い方をしない。

 佑は自分がとても未熟である事を分かっているからこそ、父の安定した人となりを尊敬していた。

 地方公務員の試験だって簡単ではない。
 何の仕事をしていようが、家族のために働いている父を尊敬している。

 だから余計に、目先のチャラチャラしたものに目を奪われる人が嫌だった。

 全員がそうではないと分かっているが、出会って話す人の七割以上が、佑に付随しているステータス的なものばかりに気を取られている。

 本当の自分を見てくれる女性がどこにいるのか分からず、探そうとしても、忙しすぎてそれどころではなかった。

(……結局、美智瑠も俺の運命の相手ではなかった)

 心の中で呟き、佑は乾いた笑みを浮かべる。

(じゃあ、いらない)

 佑は息をつき、腕を伸ばしてベッドサイドの引き出しから、ジュエリーブランドのショッパーを出した。

『……これ、適当に処分しておいてくれるか?』

 佑はそれを真澄に渡す。

『ちょ、おま……。これって』

『もういらない』

 不要としたのは、指輪と美智瑠の両方だ。

 どこかで「せっかくここまで付き合ったのに」と勿体なく思う自分がいた。

 だが彼女が他の男に鞍替えした以上、引き留める理由はない。

 どれだけ頑張っても、他人の心は変えられない。

 心変わりした美智瑠を追えば、無駄な時間が生じるし気持ちも疲弊する。

 そして彼女に浮気させるほど、自分は駄目な男だったと実感した。

 思えば仕事ばかりで、美智瑠をまともに愛する時間を設けられなかった。

 言ってしまえば、仕事より彼女を大切に思えなかったのだ。



**




 美智瑠が正式にChief Everyを退職する事が決定した。

 その頃にはもう、彼女を惜しむ気持ちもなくなっていた。

 美智瑠が最後に病室に顔を見せたのは、三月の中旬だ。

 彼女は長かった髪を切り、サッパリした顔をしている。

『退職届け、受け入れてくれてありがとう。別れ話も聞き入れてくれてありがとう。……やっぱり私は、佑の〝特別〟になれなかったね』

 美智瑠は残念そうな、どうでもよさそうな、投げやりな表情をしていた。
 むしろ清々しい表情ともいえる。

 だから佑は彼女を引き留めず、祝福して送ろうと思った。

『新しい男と幸せになれよ』

 佑はまだ精神的に不安定だったが、最後ぐらいは笑顔で送りだそうと決めていた。

 だから屈辱を押し殺して祝福したのだが、美智瑠は能面のようにスッと感情を消した顔になる。

『なに……それ』

 震えた声で言われ、『え?』と思った瞬間、彼女が立ち上がった。

『やっぱり私の事なんてどうでも良かったんじゃない! どれだけ尽くしたと思ってるの? あなたの帰らないマンションでご飯を作ったけど、一緒に食卓を囲めた時なんて数えるしかなかった! 捨てられたおかずを見た時、どれだけ傷ついたか分かってる!?」

『それは……っ』

 倒れる前から、体調が悪くなっている自覚はあった。

 食欲が落ちてあまり食べられず、美智瑠が得意としていたグラタンやハンバーグ、オムライスなどの高カロリーの食事をとるのは難しかった。

 せっかく作ってくれたのに、『胃に優しい物がいい』とか『和食がいい』など、我が儘を言えない。

 美智瑠が結婚した時のために料理教室に通い、嬉しそうに『今日はこれを習ったの』と話していたのを聞いていたからだ。

 食べやすい物の時はありがたく食べたが、油でギラギラした中華やカロリーの高い物は、戻してしまう危険性もあり避けていた。

 手料理を食べて吐いてしまえば、確実に美智瑠は傷付いてしまう。

「自分が作った料理はそんなに不味かったのか」とか、「食材が傷んでいたかもしれない」と己を責めたかもしれない。

 それを思うなら、初めから食べないほうがいいのではと佑は判断した。

 彼女がマンションに泊まらなかった日は、可能な限り保存容器にある手料理を食べたが、完食するのは無理だった。
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