上 下
903 / 1,549
第十四部・東京日常 編

味わった屈辱

しおりを挟む
『クリスマス、駄目になってごめんな』

 十二月三十日、ベッドの上の佑は、お見舞いに来てくれた美智瑠に力なく微笑む。

『ううん、佑が無事ならそれでいいよ』

 病室の引き出しには婚約指輪が入ったままだが、こんな情けない状態でプロポーズできない。

 早く退院して、挽回できるシチュエーションでプロポーズし直せたらと思っていた。

 だが予想外に佑の入院は長引いた。

 血液検査の数値が思わしくなく、一月に入ってから半ば強引に退院しても、すぐ倒れてしまった。

 美智瑠が毎日のように通ってくれていたのは、一月の下旬ぐらいまでだったと思う。

 バレンタインに彼女がチョコレートをくれても、仕事に復帰できない佑は苛立ち混じりに「今は食べられない」と言ってしまった。

 八つ当たりしたと自覚しても、後の祭りだ。

 しかし佑は現場に復帰できず、病室で仕事をする事も禁じられていて、気がおかしくなりそうだった。

 その上、美智瑠が毎日のように来て、気遣わしげな目で見てくる。

 さらに今日の職場はこうだったと報告されるたびに、つらくて堪らなくなる。

 優しくしてあげたくても、普通に仕事に行けている彼女が羨ましくて堪らない。

 職場の話だって、知りたい気持ちと、知りたくない気持ちとでグチャグチャだ。

 苛ついている自分を見せたくない自己嫌悪もあるし、彼女に気を遣わせるのも嫌だった。

 今まで女性のために「格好よくありたい」と思った事はなかった。
 何をしても「格好いい」と言われるので、格好付ける必要もなかったし、そういう概念に疲れていたのもある。

 だが美智瑠は心から愛しているとまで言えなくても、結婚しようと思った女性だ。
 彼女の前では〝頼りがいのある男〟でいたかった。

 なのに体調不良は、佑から余裕まで奪っていった。

 情けなさと自己嫌悪にまみれる佑は、美智瑠がお見舞いに来ても、素直に接する事ができなかった。

 常にねじれた気持ちで話し、卑屈な物言いをしてしまう。

 自由に仕事ができる彼女に、「良かったな」と嫌みっぽく言ってしまった事もある。

 二人の関係は徐々にぎこちなくなり、噛み合わなくなった場所がどんどんズレていく。

 美智瑠は形だけお見舞いに来て、病室でスマホを弄っては口数少なく過ごす事が多くなった。

 かと思えば、わざとらしく営業部の若手の話をしたり、副社長の本城と一緒に取引先と会食をした話や、取引先の独身社長がどんなに素敵だったかを話した。

 屈辱的だった。

『入院しっぱなしでろくに働けないあなたなんて、価値がないのよ』と言われている気がした。

 そのうち佑は『忙しいなら無理して来なくていい』と言うようになり、美智瑠の足は遠のいていった。



**




 ある日、真澄がお見舞いに来て、言いづらそうに口を開いた。

『朝丘、他社から引き抜きの話があるみたいだ。仕事ができるのもそうだけど、…………その』

『なんだ、言ってくれ』

 強引に退院して再度倒れた直後の佑の腕には、まだ点滴の針が刺さったままだ。

 この頃の佑は、自暴自棄な荒れた雰囲気を放っていた。

『……引き抜き先の専務と、デートしているのを見てしまった。食事する程度ならまだいいが、そのままホテルの部屋に向かった。……ちょうど俺、人と会っていて同じレストランにいたんだ』

 真澄の言葉を聞いても、佑は動じなかった。

 学生時代から、女性には何度も裏切られている。

 付き合ったと思っても、相手が心の底から愛してくれる事はなかった。

 周りも同じだ。

《御劔くんと付き合ってると、ステータスになる》

《子供が生まれたら美形になりそう》

《ドイツに連れてって。お祖父ちゃんがお金持ちだし、タダで行けないの?》

《クラウザーの高級車、タダで乗れるんでしょ?》

《イケメン外国人紹介して》

 皆、佑に付随している〝何か〟しか見ていない。

 大学時代には女性にラブホテルに連れ込まれ、いきなりフェラチオをされた。

 恐怖を覚えて逃げたが、彼女は意趣返しのつもりなのか、佑の男性器のサイズをあちこちで吹聴した。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...