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第十四部・東京日常 編

運命を分けたクリスマス

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 佑が二十五歳の秋、彼の睡眠時間は平均して三、四時間だった。

『ねぇ、佑。最近何時まで会社に残ってるの? ちゃんと寝てる?』

 佑は仮眠室で十五分だけ眠っていて、それを起こしに来た美智瑠が不安そうな声で言う。

『寝てるよ。俺はショートスリーパーなんじゃないかな。特に調子が悪いと思わないし、大丈夫だから気にしないでくれ』

『それならいいけど……。でも、飲んでいるサプリ、増えたんじゃない?』

『サプリは健康食品だし、飲み合わせは問題ないよ』

 佑はベッドで大きく伸び、欠伸を噛み殺す。
 その顔色はやや青白いが、美智瑠は見て見ぬふりをした。

 付き合って一年で、佑は仕事量をセーブする事に関しては、誰の言う事も聞かないと悟ったからだ。

『それよりこの間、佑のマンションでご飯作ってたら、お母さんと鉢合わせて気まずくなっちゃった。妹さんも一緒にいたし、話が繋がらなくて……』

『え? ……ああ。鍵を持ってるから、たまに上がってるみたいだ。何か言われたか?』

 白金台の家は内装などにもこだわっているため、まだ完成していない。

 だから佑は相変わらず目黒のマンションに住んでいた。
 そこへ息子の食生活や掃除を気にしたアンネが、ときおり澪を伴って上がっていたのだ。

 美智瑠とは半分同棲していて、彼女には『家族が家に来る時は教える』とは伝えていた。

 ただ、アンネたちが必ず佑に「今日行くわ」と伝える訳ではない。

 フリーダムすぎる母と妹が、その時の気分でフラッと寄った事だって何度もあった。

『……お母さん、ハーフだって聞いたけどドイツ寄りの外見なんだね。海外の女優さんみたい。当たり前かもだけど、日本語がペラペラだから外見とのギャップに驚いちゃった。妹さんもモデルかと思うぐらい美人だし……。私って大した事なくて、釣り合うのか不安になっちゃう』

『俺の家族の外見に、引け目を感じる必要はないよ』

 美智瑠と付き合って一年が経とうとし、仕事も順調だ。

 佑が宣言した通り、彼は仕事中心の生活を送っている。

 だが美智瑠の誕生日やイベント事がある時は、プレゼントを欠かしていない。

 ただ、ゆっくりお泊まりデートができているかと言われると、返事に窮する感じだ。

 その頃の彼女は結婚を意識した言葉を口にし、マンションにもブライダル雑誌を置いていた。
 美智瑠の無言のサインに佑は何も言わず、ぼんやりと「このまま結婚してもいいか」と考えていた。

 ただあまりに忙しすぎて、美智瑠と満足にデートができていない。
 よくて月に一、二回だ。

 それについて、美智瑠は特に文句を言っていない。
 だからといって、現状に満足している訳でないのは分かっているし、反省もしている。

 ただ、今のChief Everyは急成長中にあり、佑は会社をさらに成長させる事に躍起になっていた。
 彼女を二の次にしている心苦しさはあれど、初志貫徹で仕事を一番に優先していた。

『ねぇ、一周年を迎えたし、あと少しでクリスマスだね』

『そうだな。こんな俺に付き合ってくれてありがとう』

『……どういたしまして』

 美智瑠は微妙な表情で笑う。

 彼女が求めているのは、もっと違う言葉だと分かっている。

 先日も「同級生が結婚するの」と佑に招待状を見せてきた。

 彼女は二十三歳だが、「早く結婚して子育てに専念したい」と言っている。

 若くて体力があるうちに、子育てをしたいという意見には、佑も賛成だ。

 だが今の状態で結婚すれば、自分は家庭を顧みない父親になりそうな気がして怖い。

 そうならないよう、できる限り努力するつもりだが、どうしても今は仕事から手を抜く訳にいかなかった。

 佑の雰囲気を察し、美智瑠は「仕事に戻ります、社長」と言って仮眠室を去っていった。



**




 やがて十二月に入り、佑はハイクラスのジュエリーブランドで婚約指輪を買った。

 加えていつも我慢させている分、喜ばせてあげたいと、高級ホテルのクリスマスディナーの予約もした。

 美智瑠にも『クリスマス、出かける用意をしておいて』と伝えた。
 彼女はプロポーズを察したのか、嬉しそうに『楽しみにしているね』と微笑んだ。


 ――だがクリスマスイブに佑は倒れた。


 社長室で気を失い、松井がすぐに救急車を呼んだ。

 そして過労死寸前だと医者に診断され、入院を余儀なくされる。

 駆けつけた家族にも心配され、怒られ、その話はドイツにまで飛んだ。

 幸い年末直前でほとんどの仕事は区切りがついていて、現場が混乱する事はほぼなかった。

 ただ、プロポーズするつもりだった美智瑠とのクリスマスデートは、勿論キャンセルとなってしまった。



**
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