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第十四部・東京日常 編

ワタシワルクナイ

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「香澄は以前、俺をロマンチストだと言ったよな? その通り。好きな女に贈るなら、花言葉もバラの本数も、宝石言葉や星座占いだって気にする。そんな俺だから、アクセサリーが持つ意味も気にしている。……だから香澄の指に、俺以外の男が贈った指輪が嵌まると思うと、不愉快で堪らない」

 佑はクラウスから贈られたプレゼントを示す。

 彼の事だから、店名だけでジュエリーショップだと知り、ボックスの大きさだけで指輪だと察したのだろう。

 微笑んでいるのだが目が笑っていない。非常に怖い。

「香澄? さっきから目が泳いでるけど、心当たりでもあるか?」

 とうとう抱き寄せられ、膝の上にのせられてしまう。

「うー……。う。うううう……。ワタシワルクナイ」

「……『悪くない』っていう事は、俺が怒るような〝何か〟が入ってるんだな?」

 もはや何も言えず、香澄は天敵を前にしたうさぎのように、ジッとやり過ごそうとする。

「開けてもいいか?」

「……怒らないなら」

「…………分かった」

 佑は溜め息まじりに承諾し、クラウスから贈られたリングケースをパカリと開いた。

「…………ほぉー…………」

 目の前に現れたマリッジリングを見て、佑は感心したように声をだした。

 そのあと、たっぷり一分ぐらい指輪を凝視していた。

 さらに指輪を手に取り、鑑定するようにまじまじと見る。

 石やプラチナの質、それにリングの裏側に刻印があるかどうかを調べ――、これ以上ない大きな溜め息をついて、リングをケースに戻して蓋を閉じた。

「ついでにアロイスのほうも見ていい?」

「……ど、どうぞ」

 頷くと、佑がジュエリーケースを開ける。
 パカリと音がし、ハートシェイプのピンクダイヤモンドのペンダントが現れた。

「……まぁ、こっちは主旨としてはまとも……だが。……気に入らない」

 最後の一言はうなるように言い、その声の低さに香澄は内心「ヒッ」と悲鳴を上げる。

 佑はケースを閉じてテーブルに戻し、溜め息をつく。

「婚約者のいる女性に向かって、冗談でも結婚指輪を贈るのはタチが悪すぎる。クラウスには俺から抗議しておく。……だがアロイスのは、気に入っている女性へのプレゼントとしては、ある程度アリなんだろう」

 割と冷静な判断に、香澄は安堵の溜め息をついた。

「ただ、心の狭い事を言うと悔しい。香澄、こういうデザイン好きだろう? 好きっていうか、ピンクダイヤのハートシェイプって、いかにも女性が好きそうじゃないか。俺はまだ香澄にあげられていないから、先を越されて悔しい」

(ああ……。なるほど)

 悔しさを認める佑が可愛く、香澄は手を伸ばして彼の頭を撫でた。

「じゃあ佑さんがくれるまで、このペンダントはつけないようにするね。あ、うんとあとでいいからね。誕生日にあれだけプレゼントをくれたのに、すぐに宝石ちょうだいなんて言いたくない」

「……ん」

 頷いた佑は、香澄にチュッとキスをし、その髪をサラリと手で梳く。

「本当にいつでもいいからね。めちゃくちゃプレゼントもらったし、昨晩の女子会のご飯代だって申し訳なく思ってるし」

「ん、分かった」

 佑が理解を示してくれたので、香澄は胸をなで下ろす。

「その代わり、体で払ってくれてもいいよ」

 けれど悪戯っぽく言われ、赤面して彼の胸板をトンッと叩いた。

「も、もおお……。病み上がりなのに!」

 ジュエリー危機を乗り越えた香澄は、佑に抱きついて微笑み息をつく。

 そのあと佑の〝今まで〟が気になり、申し訳ないと思いつつ話題を変える。

「……話を蒸し返してごめんだけど、佑さん、私と会う前はずっとああいう熱の下げ方をしてたの?」

「そう……だな。心配してくれる人、看病してくれる人はいないのが当たり前だった。熱を出したからって、いちいち親に連絡する年齢でもないし」

「早く熱を下げて、お仕事をしたかった?」

「……したかった……というか、それしかやる事がなかった、かな。仕事以外は取り柄のない人間だと思っていたから、仕事ができなかったら価値がないと思ってた」

 香澄は彼の胸板に頬をつけ、抱き締める。

「……世界中の誰もが羨んでいる存在なのにね。ちょっと女性に声を掛けたら、看病してくれるんじゃないの? 嫉妬しているとかじゃなくて、純粋な疑問っていうか」

 佑も香澄の背中に手を回し、トン、トンと手で優しく叩いてくる。

「求めているのはそういうのじゃないって、香澄なら分かってるだろう?」

「……ん」

 佑は心を許していない人を、簡単に自宅に招いたりしない。

 それは香澄が一番よく分かっている。
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