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第十四部・東京日常 編

個室に入ってきたのは……

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 商業施設が開く時間までハンバーガーショップにいて、十時になってから歩き始める。

(どこに入るにしても、すっぴんだと恥ずかしいな。どこかメイクルームのある場所でメイクしないと)

 ひとまず銀座の百貨店まで行き、パウダールームを目指した。
 落ち着いた雰囲気のパウダールームに入ると、まだオープンしたばかりの時間だからか人は少ない。

 椅子に座ると、知らずと溜め息が漏れた。

 化粧ポーチには、いつも使うアイテムがすべて入っている訳ではない。

 今回の行き先が、必要な物がすべて揃っているホテルだったからこそ、持ち歩きのポーチには最低限のアイテムやミニサイズの物しか入れていなかった。

 パウチに入っている下地を塗ったあと、パウダーファンデーションでベースを整える。
 あとはアイメイクと眉を整え、チークとリップはマルチに使える物で色を差して終わりにした。

(ナチュラルメイクと、手抜きメイクは違う……んだよなぁ)

 美容系の人気インフルエンサーが、そんな発言をしていたのを思いだす。

(まぁいいや。どれだけメイクしようが、自分の顔のベースは変わらない。お化粧が手抜きだろうが、意識しているほど誰も見てない)

 気持ちを切り替えたあと、店内で何か買っていこうと思い、ブラブラし始めた。

 服はクローゼットから溢れるほどあるので、洋服売り場はプラッと見るだけで通過した。

 色々見て周り、最終的に地下一階にある化粧品売り場に行き、タッチアップをしてもらって秋冬カラーのリップを一本買った。

 BAと話をしていると会話の上手な人で、「いまどきの女子は肉をどんどん食べないと駄目だ」という話になり、肉を食べたくなった。

(どうしよう)

 時間は十一時半前で、ランチが近いと言えば近い。

(奮発して、上のレストランでランチしちゃおっかな)

 決めてしまうと、十二階までエスカレーターで移動した。

(佑さんには内緒で、一人お肉しちゃおう)

 十二階に着くと「若いから二日連続でお肉食べちゃうもんね」と鉄板焼きの店に入った。

「あの、一人なんですが……」

 迎えてくれたウェイターに告げると、彼は香澄の姿を失礼のないように見たあと、「個室が空いているのでお通し致します」と微笑んだ。

(あれ? ラッキー)

 店内では、カウンター越しにシェフが肉を焼いて提供している。

 昼を前に店内は混み始めている。
 それなのに、一人で個室を使っていいのかな……と若干気後れを覚えた。

「あの、一人なのでカウンターでも大丈夫ですが……」

「いえ、ご予約は入っておりませんので、大丈夫です」

「それならお願いします」

 個室に入って席につくと、おしぼりとお冷やがだされた。
 メニューを開き、一万円近くするコースメニューに「うっ……」となる。

(いや、いいもん。普段それほどお金使ってないから、こういう時こそ自分を甘やかさないと)

 決めてしまうと、サーロインと車エビがついているコースを頼む事にした。

(悪い事してやるんだ)

「梅酒と、炭酸水もお願いします」

 さすが高級店で、梅酒ソーダというメニューがなく、梅酒と炭酸水を別々にオーダーしないといけない。

(こうなったらお会計が幾らになっても、美味しく頂くだけだ)

 オーダーしたあと、香澄は銀座の街並みを写真に撮り、麻衣に送っておいた。

『銀座なう。来月麻衣が来る街だよ』

「なうって古いかな」

 呟いてから佑とのトークルームを開いたが、その後連絡は入っていなかった。

 無意識に溜め息をつき、「まだ熱は下がりきっていないのかな」と彼の事を考える。

 やがて個室のドアをノックする音がして、背後でドアが開いた。

(あれ? 『失礼致します』言わないで入ってくるのかな?)

 ついそう思ってしまったのは、飲食店のマネージャーをしていたからだ。

 思わず振り向くと、そこには――。

「え!?」

「同席してもいいですか?」

 いつものようにスーツに身を包んだ、完璧な美貌を誇る〝御劔佑〟が微笑んでいる。

「えっ? だ、だって……えっ? ね、熱!」

 香澄は椅子から飛び降り、佑の額に掌を押しつける。

 だが熱いとは感じず、一旦安堵した。
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