894 / 1,559
第十四部・東京日常 編
私なんて、いなくたって同じじゃない
しおりを挟む
睡眠時間を一時間増やすのを勿体なく思い、それなら年に一、二回熱を出すほうがマシだと思うほどの仕事中毒だった。
なので今回もいつも通り、我流で熱を下げようとしただけだ。
体力はあるので、多少熱を出してもフラフラにはならない。
少し我慢して体を動かし、たっぷり汗を掻いて強引に熱を下げる。
二十六歳以降、佑はずっとそうやって過ごしてきた。
心配する彼女がいなかったので、荒療治で熱を下げても誰かに怒られなかった経験が、今香澄との間に溝を生んでしまっていた。
だから当たり前の事をした佑は、香澄がなぜ怒っているのか理解できないでいる。
(高村先生を呼んでくれたのに、勝手な事をしたから怒ってるのかな)
考えながら、佑はシャワーを浴び、汗を流したあとにサウナに入った。
熱された石に水を掛けると、みるみるサウナ室が蒸気で包まれる。
独特の匂いを吸い、大きな溜め息をつく。
すぐ香澄を追いかけるべきなのは分かっている。
だが一旦考えを整理するためにサウナに入った。
(優先順位を変えないと。熱を下げるより、香澄と仲直りするべきだ。そうしないと、また同じ過ちを繰り返す)
吸水性の高いタオルで顔の汗を拭き、ギュッと搾ると水滴が滴る。
(失敗しないように気を付けないと。俺には香澄しかいないんだから)
溜め息をついた佑は、砂時計に手を伸ばした。
**
部屋に戻った香澄は、迷った挙げ句、やはりお粥を頼んでおいた。
〝可愛くない香澄〟は「あんなに元気だったんだから、普通のご飯でもペロッと食べられるんじゃないの?」とツンとしている。
それでも秘書として佑を支えたいと望み、婚約者として心配している香澄が、彼を心配すると決めた。
香澄は顔を洗う元気もなく、しょんぼりしてリビングのソファに寝転がっていた。
どれぐらいそうしていたのか、ドアロックが解除される音がし、佑が戻ってきた。
のそりと起き上がると、運動着から着替えた佑がこちらにやってくる。
「……終わった?」
「終わったよ。待たせてごめん」
佑は荷物を置き、香澄の隣に座る。
「話ってなんだ? 怒らせたならごめん」
謝られ、もっと情けない気持ちに駆られた。
自分は感情に振り回されているのに、佑はまず謝ってくれた。
その対応一つで、自分より彼のほうがずっと大人なのだと思い知らされた。
自分さえ落ち着けば、きちんと話し合いができる。
分かっているのに何から言えばいいのか分からず、香澄は黙ったまま唇を噛んだ。
落ち着いた彼を前にしたからこそ、自分が我が儘を言っているように思える。
そう思うと、自分が怒った理由が幼稚な感情に思えて、説明するのが恥ずかしくなった。
「香澄? 何でもいいから言ってくれ」
だがそう言われ、香澄は纏まっていない心の内を吐露していく。
「……私、とても心配したの。四十度近い熱なんて、私なら数年に一度しか出さない。だからとっても驚いて心配したの」
「……うん」
「佑さんが多忙なのは分かっているし、一日休むだけでどれだけの人が困るかも理解してる。だから早く良くなるように、一生懸命看病した。……つもりだったの。寝ないで見守っているつもりだったのに、ちょっと寝ちゃったのは反省してるけど」
「心配してくれてありがとう。同じ部屋にいてくれて、心強かったよ。感謝してる」
佑は優しく微笑み、手を握ってこようとする。
いつものように振る舞うからこそ、我慢できなかった。
「っじゃあ! どうして私が心配してるって分かってるのに、熱があるままジムに行って体を動かしたの? 私がもっと心配するって思わなかったの?」
叩きつけるように言われ、佑は瞠目した。
「『看病してあげたのに』って、恩着せがましく言いたいんじゃないの。佑さんの事が好きだから、心配するし当然看病する。……っでも、佑さんは私の心配を無視した。……そう思ってなくても、私はそれぐらいショックだったの」
言いながらどんどん情けなくなり、香澄はボロボロと涙を零す。
「看病しなくても、『自己流で治せるから心配ない』って言いたいのは分かるよ? でもそれなら、私なんていなくたって同じじゃない。私が心配しなくても、佑さんは一人で大丈夫じゃない……!」
香澄の声が涙で歪む。
言ったあと、香澄は「うーっ……」とうなりながら拳で涙を拭った。
佑はしばし呆然として言葉を失っていた。
やがて、おずおずと香澄の肩に手を置く。
なので今回もいつも通り、我流で熱を下げようとしただけだ。
体力はあるので、多少熱を出してもフラフラにはならない。
少し我慢して体を動かし、たっぷり汗を掻いて強引に熱を下げる。
二十六歳以降、佑はずっとそうやって過ごしてきた。
心配する彼女がいなかったので、荒療治で熱を下げても誰かに怒られなかった経験が、今香澄との間に溝を生んでしまっていた。
だから当たり前の事をした佑は、香澄がなぜ怒っているのか理解できないでいる。
(高村先生を呼んでくれたのに、勝手な事をしたから怒ってるのかな)
考えながら、佑はシャワーを浴び、汗を流したあとにサウナに入った。
熱された石に水を掛けると、みるみるサウナ室が蒸気で包まれる。
独特の匂いを吸い、大きな溜め息をつく。
すぐ香澄を追いかけるべきなのは分かっている。
だが一旦考えを整理するためにサウナに入った。
(優先順位を変えないと。熱を下げるより、香澄と仲直りするべきだ。そうしないと、また同じ過ちを繰り返す)
吸水性の高いタオルで顔の汗を拭き、ギュッと搾ると水滴が滴る。
(失敗しないように気を付けないと。俺には香澄しかいないんだから)
溜め息をついた佑は、砂時計に手を伸ばした。
**
部屋に戻った香澄は、迷った挙げ句、やはりお粥を頼んでおいた。
〝可愛くない香澄〟は「あんなに元気だったんだから、普通のご飯でもペロッと食べられるんじゃないの?」とツンとしている。
それでも秘書として佑を支えたいと望み、婚約者として心配している香澄が、彼を心配すると決めた。
香澄は顔を洗う元気もなく、しょんぼりしてリビングのソファに寝転がっていた。
どれぐらいそうしていたのか、ドアロックが解除される音がし、佑が戻ってきた。
のそりと起き上がると、運動着から着替えた佑がこちらにやってくる。
「……終わった?」
「終わったよ。待たせてごめん」
佑は荷物を置き、香澄の隣に座る。
「話ってなんだ? 怒らせたならごめん」
謝られ、もっと情けない気持ちに駆られた。
自分は感情に振り回されているのに、佑はまず謝ってくれた。
その対応一つで、自分より彼のほうがずっと大人なのだと思い知らされた。
自分さえ落ち着けば、きちんと話し合いができる。
分かっているのに何から言えばいいのか分からず、香澄は黙ったまま唇を噛んだ。
落ち着いた彼を前にしたからこそ、自分が我が儘を言っているように思える。
そう思うと、自分が怒った理由が幼稚な感情に思えて、説明するのが恥ずかしくなった。
「香澄? 何でもいいから言ってくれ」
だがそう言われ、香澄は纏まっていない心の内を吐露していく。
「……私、とても心配したの。四十度近い熱なんて、私なら数年に一度しか出さない。だからとっても驚いて心配したの」
「……うん」
「佑さんが多忙なのは分かっているし、一日休むだけでどれだけの人が困るかも理解してる。だから早く良くなるように、一生懸命看病した。……つもりだったの。寝ないで見守っているつもりだったのに、ちょっと寝ちゃったのは反省してるけど」
「心配してくれてありがとう。同じ部屋にいてくれて、心強かったよ。感謝してる」
佑は優しく微笑み、手を握ってこようとする。
いつものように振る舞うからこそ、我慢できなかった。
「っじゃあ! どうして私が心配してるって分かってるのに、熱があるままジムに行って体を動かしたの? 私がもっと心配するって思わなかったの?」
叩きつけるように言われ、佑は瞠目した。
「『看病してあげたのに』って、恩着せがましく言いたいんじゃないの。佑さんの事が好きだから、心配するし当然看病する。……っでも、佑さんは私の心配を無視した。……そう思ってなくても、私はそれぐらいショックだったの」
言いながらどんどん情けなくなり、香澄はボロボロと涙を零す。
「看病しなくても、『自己流で治せるから心配ない』って言いたいのは分かるよ? でもそれなら、私なんていなくたって同じじゃない。私が心配しなくても、佑さんは一人で大丈夫じゃない……!」
香澄の声が涙で歪む。
言ったあと、香澄は「うーっ……」とうなりながら拳で涙を拭った。
佑はしばし呆然として言葉を失っていた。
やがて、おずおずと香澄の肩に手を置く。
33
お気に入りに追加
2,572
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
青花美来
恋愛
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」
三年前のあの一夜のことは、もう過去のことのはずなのに。
一夜の過ちとして、もう忘れたはずなのに。
「忘れたとは言わせねぇぞ?」
偶然再会したら、心も身体も翻弄されてしまって。
「……今度こそ、逃がすつもりも離すつもりもねぇから」
その溺愛からは、もう逃れられない。
*第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞しました*

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる