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第十四部・東京日常 編

松井への連絡

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「……松井さん、すみません」

 香澄はその場で謝ってから、松井に電話をかけた。
 スマホを耳に当てて唇を噛み、コール音に耳を澄ませる。

『はい、松井です』

 ほどなくして松井の声が聞こえ、香澄はバッとその場で頭を下げた。

「赤松です。夜分申し訳ございません。緊急ですので、電話を掛けさせて頂きました」

『何かありましたか?』

 さすが松井だ。何も言わずとも理解してくれている。

「いま『ザ・エリュシオン東京』にいますが、社長が熱を出されています。ご本人は疲労が溜まると熱を出す体質だと仰っています。加えまして、昨日会食をされた方が、どうやらお風邪を召されていたようで……」

『ああ……』

 心当たりがあるようで、松井は小さく嘆息する。

「フロントに頼んで体温計などを持って来て頂いていますが、手で測っただけで高熱だと分かります。明朝、高村先生に来て頂く事は可能でしょうか? 私から連絡しようかと思ったのですが、慣れない相手から深夜に連絡を受け、不興を買ってはいけないと思いまして……」

『そうですね。高村先生はお歳を召されている分、気難しいところがあります。私から連絡しておきましょう。ご連絡して、いつ往診して頂けるかはメッセージを送ります』

「分かりました。お手を煩わせてしまい、申し訳ございません。どうぞ宜しくお願い致します」

 もう一度頭を下げ、香澄は電話を切った。

 そしてすぐ、そろそろコンシェルジュがくる頃合いかと思い、出入り口に向かう。
 そっとドアを開けて廊下を確認したが、まだいない。

 ホッとした時、エレベーターがフロアに着いた音が聞こえた。

(丁度良かった)

 息をつき、香澄はドアを開いてコンシェルジュが来るのを待つ。
 キャミソールにタップパンツという姿だが、仕方がない。

「夜分に恐れ入ります。体温計、保冷剤、マスク、タオル、氷枕、冷感シートをお持ちしました。他にお入り用の物はございますか?」

「こちらで気が回らなかった物まで、ありがとうございます」

 ワンセットを受け取ると、コンシェルジュが気遣わしげに見てくる。

「病院に連絡致しますか?」

「いえ、担当医に来て頂けるよう連絡しました。お気遣いありがとうございます」

「それは良かったです。では、また何かありましたら、遠慮なくお申し付けください」

「ありがとうございます」

 香澄も礼を言い、静かにドアを閉める。

 それから佑の寝室に行き、彼の頭を支えて氷枕を入れ、保冷剤にタオルを巻いて額に載せる。

「……ん、ありがと」

 佑は熱い息を吐き、礼を言う。

「……熱、測れる?」

「ん」

 彼がモソリと右手を出したので体温計を渡すと、彼は緩慢な動作で腋に挟んだ。

「寝ていていいよ」

「駄目、看病します。佑さんなら『大した事ない』って言って放置しそうだもの」

「……慣れてるから大丈夫なんだけどな」

「つらい事に慣れたら駄目だよ。頻度はどれぐらいなの?」

「……年一回か、多くて二回ぐらい」

 答えを聞き、思わず溜め息を漏らす。

「疲労が溜まって熱を出すとか相当じゃない。食事、運動、睡眠、きちんとしているように見えるけど、圧倒的に疲れとストレスが溜まっているんだろうね。正直、睡眠も足りていない時があると思うよ」

 自宅にいても、佑は夜遅くまで書斎に籠もっている日が少なくない。

 可能な限り香澄と一緒に寝てくれようとするが、子会社や各国のChief Everyからの報告書など、様々なものに目を通さなければいけない。

 加えて外部顧問をしている企業からも報告を受け、細やかにフィードバックを送っている。

(いつか体調崩すかもって思ってたけど、こうなるなら気を付けておかないと)

 そう思っているうちに、ピピピッと小さな音がした。

「ん……」

 佑がモソモソと体温計を出し、片手を彷徨わせてベッドサイドのライトのスイッチを探す。
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