876 / 1,549
第十四部・東京日常 編
基本いい人なんだよなぁ
しおりを挟む
『そりゃ驚くわよね。……というか重たくて逃げたくならない?』
「お、驚いてはいますが、逃げたくはなっていません」
『ならいいんだけど……。私は息子が遺言書を書いたと聞いて、寿命が縮んだわ』
(そりゃそうだ)
香澄は真顔で頷く。
『……だから、というのは卑怯だけど、あの子をお願いね。あなたさえ側にいれば、万事うまくいくわ。けど、あなたに何かがあれば、佑は酷く動揺する。私も家族も、あなたが幸せであるよう協力する。だからあなたもどうか、佑のために機嫌良く過ごしてほしい』
「は……はい」
好きな人の母親から念を押され、ややプレッシャーだ。
『いつもニコニコしていろなんて言わないわ。人間だから感情があるし、ホルモンバランスの変動もある。佑は気に障る事を言う人ではないけど、どれだけ気をつけても、体調とか、その他の外的因子とか、色んなものが重なった結果、〝合わない〟時はあると思う。……けどすべてひっくるめて、あなたには自分の機嫌を取れる女性でいてほしい。そのためなら、どれだけお金を使っても構わないわ。経営者の妻ってそういうものなのよ』
「……仰る通りです」
恐らく節子も、そう生きてきたのだろう。
彼女の場合、日本から離れてドイツで生活する事になった。
最初は言葉や価値観の壁があり、思うようにいかなかっただろう。
だが節子は何かに当たる女性ではないし、なるべくアドラーに心配させないように努めただろう。
自分が置かれた環境の中で、何とか前向きになれるよう努力したはずだ。
佑が遺言書を作ったと聞かされたが、あの一か月については責任を感じている。
けれどあの時は、「佑さんと距離を置かないと、私は駄目になってしまう」と危機感を抱いていた。
ニセコでルカと会い、再会した佑と話し合って「やっぱりきちんと話し合えば良かった」と思った。
だが結果的に頭を冷やせたし、息抜きにもなった。
最終的には、少し距離をとった事は悪くなかったのではと思っている。
しかし河野から、佑がどれだけポンコツになったか聞かされた。
反省したし、今だって〝遺言書〟という言葉を聞いて心底驚いている。
そこまで彼を追い詰められるのは、自分だけだ。
そう思うと「もっとしっかりしなくては」と覚悟が宿る。
『重たい子でごめんなさい。私からも謝るわ。けど言い訳をさせてもらうと、多分、こんなに人を好きになったのは初めてなんだと思う。今までは、仕事の片手間に恋愛をしていたと思うから。……まぁ、大人だから逐一恋愛事情は教えてくれないわ。偵察がてら、遊びに行った澪に聞く程度だけどね。けど今は、香澄さんじゃないと駄目なのだと痛感しているわ』
「……勿体ないお言葉です」
もはやこう言うしかできない。
『佑の言う事を何でも聞きなさいとは言わないわ。嫌な事は嫌だと伝えるべきよ。……ただ、あの子は盲目的になりすぎる時もある。その時は香澄さんが見極めてちょうだい。度を超した時、佑を叱れるのはあなただけよ』
「はい」
確かに、と思って頷く。
『我が息子ながら、とんでもない化け物でごめんなさいね。〝御劔佑〟を上手に操作してほしいわ。男は惚れた女の言う事なら、何でも聞くものだから』
「頑張ります」
『重い話をして悪かったわね。息子が大事なの。それだけは分かって』
アンネの声が優しくなったのを知り、香澄は微笑んだ。
「お気になさらないでください。親が子供を心配するのは当たり前です。むしろ私のせいで、佑さんを不安定にさせてしまってすみません」
『謝らなくていいわ。あなたが頑張っているのは分かるもの』
一拍おいて、アンネは明るい口調で言った。
『また今度、嫌でなければ一緒にブルーメンブラットヴィルに行きましょう』
「はい、楽しみにしています!」
『じゃあね。年末年始とか、また改めて連絡するわ』
「はい」
そのあと、もう一度『誕生日おめでとう』を言われ、電話が切れた。
「……最初は苦手だったけど、基本的にいい人なんだよなぁ……」
香澄は呟いて微笑んだあと、プレゼントを片付け始めた。
すべて片付けて段ボールも纏めると、十五時半過ぎになっていた。
体を動かしたので汗を掻いていて、これから夜の部があるのでシャワーを浴びる事にした。
御劔邸にはあちこちバスルームがあるけれど、着替えの事を考えると、自室のバスルームを使うのが手っ取り早い。
ボディスクラブは一昨日使ったばかりなので、今日はネクタリンのボディソープを使って体を洗う。
「お、驚いてはいますが、逃げたくはなっていません」
『ならいいんだけど……。私は息子が遺言書を書いたと聞いて、寿命が縮んだわ』
(そりゃそうだ)
香澄は真顔で頷く。
『……だから、というのは卑怯だけど、あの子をお願いね。あなたさえ側にいれば、万事うまくいくわ。けど、あなたに何かがあれば、佑は酷く動揺する。私も家族も、あなたが幸せであるよう協力する。だからあなたもどうか、佑のために機嫌良く過ごしてほしい』
「は……はい」
好きな人の母親から念を押され、ややプレッシャーだ。
『いつもニコニコしていろなんて言わないわ。人間だから感情があるし、ホルモンバランスの変動もある。佑は気に障る事を言う人ではないけど、どれだけ気をつけても、体調とか、その他の外的因子とか、色んなものが重なった結果、〝合わない〟時はあると思う。……けどすべてひっくるめて、あなたには自分の機嫌を取れる女性でいてほしい。そのためなら、どれだけお金を使っても構わないわ。経営者の妻ってそういうものなのよ』
「……仰る通りです」
恐らく節子も、そう生きてきたのだろう。
彼女の場合、日本から離れてドイツで生活する事になった。
最初は言葉や価値観の壁があり、思うようにいかなかっただろう。
だが節子は何かに当たる女性ではないし、なるべくアドラーに心配させないように努めただろう。
自分が置かれた環境の中で、何とか前向きになれるよう努力したはずだ。
佑が遺言書を作ったと聞かされたが、あの一か月については責任を感じている。
けれどあの時は、「佑さんと距離を置かないと、私は駄目になってしまう」と危機感を抱いていた。
ニセコでルカと会い、再会した佑と話し合って「やっぱりきちんと話し合えば良かった」と思った。
だが結果的に頭を冷やせたし、息抜きにもなった。
最終的には、少し距離をとった事は悪くなかったのではと思っている。
しかし河野から、佑がどれだけポンコツになったか聞かされた。
反省したし、今だって〝遺言書〟という言葉を聞いて心底驚いている。
そこまで彼を追い詰められるのは、自分だけだ。
そう思うと「もっとしっかりしなくては」と覚悟が宿る。
『重たい子でごめんなさい。私からも謝るわ。けど言い訳をさせてもらうと、多分、こんなに人を好きになったのは初めてなんだと思う。今までは、仕事の片手間に恋愛をしていたと思うから。……まぁ、大人だから逐一恋愛事情は教えてくれないわ。偵察がてら、遊びに行った澪に聞く程度だけどね。けど今は、香澄さんじゃないと駄目なのだと痛感しているわ』
「……勿体ないお言葉です」
もはやこう言うしかできない。
『佑の言う事を何でも聞きなさいとは言わないわ。嫌な事は嫌だと伝えるべきよ。……ただ、あの子は盲目的になりすぎる時もある。その時は香澄さんが見極めてちょうだい。度を超した時、佑を叱れるのはあなただけよ』
「はい」
確かに、と思って頷く。
『我が息子ながら、とんでもない化け物でごめんなさいね。〝御劔佑〟を上手に操作してほしいわ。男は惚れた女の言う事なら、何でも聞くものだから』
「頑張ります」
『重い話をして悪かったわね。息子が大事なの。それだけは分かって』
アンネの声が優しくなったのを知り、香澄は微笑んだ。
「お気になさらないでください。親が子供を心配するのは当たり前です。むしろ私のせいで、佑さんを不安定にさせてしまってすみません」
『謝らなくていいわ。あなたが頑張っているのは分かるもの』
一拍おいて、アンネは明るい口調で言った。
『また今度、嫌でなければ一緒にブルーメンブラットヴィルに行きましょう』
「はい、楽しみにしています!」
『じゃあね。年末年始とか、また改めて連絡するわ』
「はい」
そのあと、もう一度『誕生日おめでとう』を言われ、電話が切れた。
「……最初は苦手だったけど、基本的にいい人なんだよなぁ……」
香澄は呟いて微笑んだあと、プレゼントを片付け始めた。
すべて片付けて段ボールも纏めると、十五時半過ぎになっていた。
体を動かしたので汗を掻いていて、これから夜の部があるのでシャワーを浴びる事にした。
御劔邸にはあちこちバスルームがあるけれど、着替えの事を考えると、自室のバスルームを使うのが手っ取り早い。
ボディスクラブは一昨日使ったばかりなので、今日はネクタリンのボディソープを使って体を洗う。
33
お気に入りに追加
2,546
あなたにおすすめの小説
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる