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第十四部・東京日常 編
遺言書
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『もう、この歳になると性格や口調を直せないから、怖がらせていたら申し訳ないわ。私はお嬢様として過ごした事もあって、他人の顔色を窺うのがとても苦手だわ。思った事はストレートに言ってしまう。きつめの言葉に思えても、悪気はないのよ。夫は私の言う事に基本的に反対しないから、言い合いもしない。私は投資家だから、職場はないし気を遣う相手がいないの』
「分かっています。大丈夫ですよ」
そもそも誕生日を祝ってくれたのだから、嫌われていると思っていない。
ちょいちょい、澪や陽菜におちょくられている様子を見て、素直ではないだけのいい人なのだと分かっている。
『そう。……なら良かったわ』
アンネは和らいだ口調で言い、本題を慎重に切りだしてきた。
『佑は変わりない?』
「え? ……はい、変わりはないと思います」
きょとんとした香澄の返事を聞いて、アンネは苦く笑う。
『あの子、香澄さんに会うまでは、放っておいても大丈夫な子だと思っていたの。大人になったし、家政婦さんも護衛もいるし、タフに生きていけると思っていたわ』
「……はい」
自分と会うまではと言われ、何だか申し訳なくなる。
『女性関係については何も言わなかったけど、頭のいい子だから、失敗はしても繰り返さず、なんとかやっていると思っていた。スキャンダルがあった時はヒヤッとしたけど、売名が多いと思っていた。それに、佑が芸能人と結婚する事は想像できなかったのよね』
「……はい」
勝手なイメージで、著名人は『英雄色を好む』で芸能人の美女を選ぶものだと思っていた。
だからアンネが「芸能人は選ばない」と断言したのが少し意外だった。
『やっと〝結婚したい〟って紹介してくれたのが香澄さんよ。申し訳ないけど、最初は頼りなくてつい意地悪をしてしまったわ』
彼女の気持ちが分かった香澄は、小さく笑った。
「私だって上京して、〝世界の御劔〟さんと結婚させて頂きますなんて、かなり無茶だったなと思います」
香澄の本音を聞き、アンネも笑う。
『でも接していくうちに、〝普通〟ならではの強みが分かってきたわ。佑があなたを好きになった理由も分かった。陽菜さんもだけど、一緒にいると落ち着くのよね』
「……きょ、恐縮です」
思わず香澄は、ピッと背筋を伸ばして会釈する。
『バカにしている訳じゃないけど、北海道でのびのび育ったから、変に擦れた所がないんでしょうね』
「うーん、……と、とりあえず褒めていただけて嬉しいです」
北海道だから一概にどうこう……は分からないが、故郷を褒められたのは嬉しい。
『佑は、あなたの素朴で飾らないところに惹かれたのでしょうね。そして手放したくないと思った。……時々あの子の秘書や護衛に様子を聞くけど、一か月前はかなり荒れていたみたいね』
香澄はギクッとして固まる。
アンネが言っているのは、香澄が北海道に戻っていた時の事だ。
『あなたを責めたいんじゃないの。どちらかというと佑の問題だわ』
「は、はい」
アンネは電話の向こうで溜め息をつく。
『三十二年、あの子の母親をしているけど、佑がこんなに、誰かに執着したのは初めてなのよ。今まではそれほど物事にこだわらないタチだと思っていたわ。香澄さんを真剣に好きになって〝大切なものができて良かった〟と思っていた。でも蓋を開ければ、執着が度を超していて驚いているのよ』
「……す、すみません……」
思わず謝った香澄に、アンネは『あなたが謝る事じゃないわ』と言い、もう一度溜め息をついた。
『一人きりでも、恋人がいても、器用に生きていけると思っていたんだけどね……。私から見ても〝あ、これは駄目ね〟って思ったわ』
「そんなにですか?」
驚いて尋ねると、アンネはまた溜め息をつく。
『あなたには絶対言わないようにって言われたけど、律から〝佑が遺言書を書いたと言っていた〟と聞かされたわ』
「ええっ!?」
遺書など初耳で、香澄は目をまん丸に見開く。
『あなたが北海道に行っていた頃かしらね。弁護士に連絡をして、正式な遺言書を書いたらしいわ。まぁ、そのあと元気になって、『公証役場に行って撤回してきた』と言っていたけど。手数料まで掛けてバカみたいよね』
「…………えぇ…………?」
香澄は心の底から困惑し、ポカン……とする。
「分かっています。大丈夫ですよ」
そもそも誕生日を祝ってくれたのだから、嫌われていると思っていない。
ちょいちょい、澪や陽菜におちょくられている様子を見て、素直ではないだけのいい人なのだと分かっている。
『そう。……なら良かったわ』
アンネは和らいだ口調で言い、本題を慎重に切りだしてきた。
『佑は変わりない?』
「え? ……はい、変わりはないと思います」
きょとんとした香澄の返事を聞いて、アンネは苦く笑う。
『あの子、香澄さんに会うまでは、放っておいても大丈夫な子だと思っていたの。大人になったし、家政婦さんも護衛もいるし、タフに生きていけると思っていたわ』
「……はい」
自分と会うまではと言われ、何だか申し訳なくなる。
『女性関係については何も言わなかったけど、頭のいい子だから、失敗はしても繰り返さず、なんとかやっていると思っていた。スキャンダルがあった時はヒヤッとしたけど、売名が多いと思っていた。それに、佑が芸能人と結婚する事は想像できなかったのよね』
「……はい」
勝手なイメージで、著名人は『英雄色を好む』で芸能人の美女を選ぶものだと思っていた。
だからアンネが「芸能人は選ばない」と断言したのが少し意外だった。
『やっと〝結婚したい〟って紹介してくれたのが香澄さんよ。申し訳ないけど、最初は頼りなくてつい意地悪をしてしまったわ』
彼女の気持ちが分かった香澄は、小さく笑った。
「私だって上京して、〝世界の御劔〟さんと結婚させて頂きますなんて、かなり無茶だったなと思います」
香澄の本音を聞き、アンネも笑う。
『でも接していくうちに、〝普通〟ならではの強みが分かってきたわ。佑があなたを好きになった理由も分かった。陽菜さんもだけど、一緒にいると落ち着くのよね』
「……きょ、恐縮です」
思わず香澄は、ピッと背筋を伸ばして会釈する。
『バカにしている訳じゃないけど、北海道でのびのび育ったから、変に擦れた所がないんでしょうね』
「うーん、……と、とりあえず褒めていただけて嬉しいです」
北海道だから一概にどうこう……は分からないが、故郷を褒められたのは嬉しい。
『佑は、あなたの素朴で飾らないところに惹かれたのでしょうね。そして手放したくないと思った。……時々あの子の秘書や護衛に様子を聞くけど、一か月前はかなり荒れていたみたいね』
香澄はギクッとして固まる。
アンネが言っているのは、香澄が北海道に戻っていた時の事だ。
『あなたを責めたいんじゃないの。どちらかというと佑の問題だわ』
「は、はい」
アンネは電話の向こうで溜め息をつく。
『三十二年、あの子の母親をしているけど、佑がこんなに、誰かに執着したのは初めてなのよ。今まではそれほど物事にこだわらないタチだと思っていたわ。香澄さんを真剣に好きになって〝大切なものができて良かった〟と思っていた。でも蓋を開ければ、執着が度を超していて驚いているのよ』
「……す、すみません……」
思わず謝った香澄に、アンネは『あなたが謝る事じゃないわ』と言い、もう一度溜め息をついた。
『一人きりでも、恋人がいても、器用に生きていけると思っていたんだけどね……。私から見ても〝あ、これは駄目ね〟って思ったわ』
「そんなにですか?」
驚いて尋ねると、アンネはまた溜め息をつく。
『あなたには絶対言わないようにって言われたけど、律から〝佑が遺言書を書いたと言っていた〟と聞かされたわ』
「ええっ!?」
遺書など初耳で、香澄は目をまん丸に見開く。
『あなたが北海道に行っていた頃かしらね。弁護士に連絡をして、正式な遺言書を書いたらしいわ。まぁ、そのあと元気になって、『公証役場に行って撤回してきた』と言っていたけど。手数料まで掛けてバカみたいよね』
「…………えぇ…………?」
香澄は心の底から困惑し、ポカン……とする。
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