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第十四部・東京日常 編

チャーシュー麺

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「東京ってやっぱり並びますよね」

「札幌は並ばないんですか?」

「うーん、行列があるお店はありますが、東京ほど、どこに行っても並ぶ……というのはない気がします。割とストレスフリーでお店に入って食べられるので、急いでいる時も予定を立てやすいというか」

「それはいいですね。サラリーマンはランチ時に並ぶのは死活問題ですからね」

「私、映画が好きで、映画のハシゴとかもしてたんです。札幌駅直結のビルの七階に、シネコンがあるんですよね。で、ハシゴする映画と映画の間が三十分しかない時、六階にあるレストラン街でスイッとランチを食べて、また次の映画に望むんです」

「へぇ、職人技ですね」

「今は今で幸せですけど、札幌で好きなだけ映画を見られたのも幸せでした」

「映画館に行かないんですか? 東京は設備が充実していると思いますし、楽しめると思いますが」

「うーん……。ほら、私一人で楽しむの悪いでしょう? 彼は目立ちますし」

 香澄は佑の名前をぼかし、〝彼〟と表現する。

「そうですね」

 久住の中で報告案件が一つ増えた事に、香澄は気づいていない。

「忙しい人だから、なるべく休日は家で休んでほしいんです。私が一緒にいるだけで気が休まるって言うなら、一緒に家でのんびりしたいです。私が言うと説得力がありませんが、何より体が資本です。大切な体だからこそ、健康第一でいてもらわないと」

「そうですね」

「それに、地下にあんな立派なシアタルームがあるんです。ちょっと待てば最新作も見られますし、特に不自由はしていません」

「ですが、実際見に行くのとでは、やはり違いませんか?」

 やけに食い下がる久住に、香澄は「うーん」とデメリットを考える。

「んー、推し監督さんや俳優さん、アニメスタジオさんに、お金払えないのは心苦しい……かもしれません」

「あ、そこですか」

 そんな会話をしているうちに列はジリジリと進み、メニューが目に入る。

「何食べます? 私、チャーシュー全部のせ煮卵トッピングにします。絶対に内緒ですからね」

「じゃあ、俺も同じの大盛りで食べます。絶対に言いませんから、安心してください」

「俺もそうします」

 店は厳選したチャーシューが売りで、チャーシュー全部のせというのは、色んな部位をそれぞれのせた一杯だ。
 チャーシュー好きの香澄としては、絶対に避けられないメニューであった。

「うう……。また太る……。ちゃんとトレーニングしないと」

 四キロ増えたのは、さすがに堪えた。
 年末になるまでに何とか戻し、麻衣や双子たちに会っても大丈夫なようにしたい。

「赤松さんは筋肉がついていますから、多少体重が増えてもあまり体型は変わっていませんよ」

「……お腹が出てきたんです……」

 久住が慰めてくれたが、香澄はがっくりと項垂れて白状する。
 そしてコートの上からポンポンとお腹を叩き、溜息をつく。

「彼は触り心地がいいって喜ぶんですが、私は恥ずかしくて堪らなくて……」

「確かに、女性は多少触り心地がいいほうがいいですね」

 久住がボソッと呟く。

 失言もので、この場に佑がいたら物凄い顔をされる案件だが、本当にうっかり出た言葉だ。

 いっぽうで佐野は店内や周囲を見回し、護衛の仕事をきちんとしている。
 久住も話しながら周囲を警戒しているが、雑談担当は、寡黙な佐野より彼のほうが適任なのだろう。

「やっぱり男女で価値観の相違はありますよねぇ」

「そうですね」

 やがて券売機に辿り着き、香澄は自分の財布から金を出して食券を買った。
 久住と佐野も同様に食券を買い、それほど待たず二人で席に着いた。

 香澄はバッグからレトロな柄のシュシュを取りだし、髪を纏める。

「こうすると、元彼に『大食いが本気出した』ってよく茶化されていたんです。だから、男性に見られるのがあんまり好きじゃないんです」

「ラーメン屋からすれば、髪を掻き上げながら食べるより、ずっといいと思いますけどね」

「本当は食べる事を気にするのも嫌なんです。食べる事が大好きだから、気にしたくないです。……でもお肉を食べようとしたり、セットで品数のある物を頼んだら、必ず元彼に茶化されました。お腹が空いた時に大盛りを頼んだら『恥ずかしい』って言われて……。なので大学卒業の頃はガリガリでしたね。摂食障害になっていたかもしれません」

「え……」

 久住がギョッとした顔をしたので、香澄は慌ててごまかす。
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