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第十四部・東京日常 編

ケーキの味のキス ☆

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 彼の外見や家柄、会社を立ち上げてからの財力や知名度、様々なものが邪魔していたかと思うと、気の毒になる。

 結婚相手を決めるまでに、恋愛を自由に楽しむのは普通だ。

 しかし彼は普通の人以上に色々なものを持っていたゆえに、それすら許されなかった。
 結果的に面倒になって、恋愛を楽しむ事ができなかったのだろう。

 だから香澄は「自分が愛さないと、幸せにしないと」と強く思っている。

 不器用な彼の生き様を想像すると、胸の奥でキュッ……と母性がうずいた。

「紅茶、飲もうか」

「うん。夜のティータイムだね」

 スゥッと紅茶の香りを嗅ぎ、少しもったいないと思うがミルクを入れた。

 本来なら紅茶はストレートで楽しむものなのかもしれないが、やはり香澄はミルクを淹れないと美味しく飲めない。

「いただきます」

 香澄は一口ミルクティーを飲み、「うん、美味しい」と微笑んだ。

「良かった」

 安堵したように笑った佑も、紅茶を飲む。

 香澄はフォークを手にし、マスクメロンのショートケーキに向き直る。

 毎回、三角カットされたケーキを食べる時、先端をフォークで取るのが楽しみだ。
 苺のショートケーキの上にのっている、苺を食べる時の気持ちに似ている。

 香澄はフォークで一口分を取ると、幸せ一杯な顔で口に入れた。

「んーっ」

 口に入れた途端、フワッと芳醇なメロンの香りがする。

 加えてスポンジに使われている卵や、生クリームのコクのある牛乳の風味も感じられる。

「美味しい……」

 感動して呟くと、佑がニコニコして言う。

「良かった。ホテルニューオーヤスにある、パティスリーYAYOIのケーキだ。今度一緒にお茶しに行こうか」

「んふふ、ナンパ?」

 香澄は「美味しい、美味しい」と言いながら、次々にフォークを動かす。

「ナンパです。お姉さん綺麗ですね。デートしてくれませんか?」

 佑のような美形にそんなセリフを言われると、ドキドキする。

「ま、間違えても外でナンパしたら駄目だからね? 家の中ならし放題でいいから」

 慌てて言うと、佑がぶふっと噴きだした。

「しないよ。何回も言っただろ? 香澄以外の女性は必要ない」

 そう言われて安堵すると共に、ちょっと茶化したくなる。

「それはそれで、少しだけ寂しいね」

「ん? そんな事を言うのか?」

 ニヤッと笑った佑は、片手で香澄の脇腹をくすぐってくる。
 香澄は「きゃあっ」と悲鳴を上げて立ち上がった。

「も、もぉぉ……」

 うなる香澄を見て笑ったあと、佑は生クリームを指につけ「はい、あーん」と香澄の口元に近付けてきた。

「……もぉぉ……」

 香澄は困り顔になりつつも、佑の指を舐める。

「ん……っ」

 だが指で舌の上をなぞられ、ゾクゾクッとして力が抜けてしまうかと思った。

「歯を立てないで」

「んぅ」

 香澄は口内で歯を浮かせ、唇をすぼめて佑の指をしゃぶる。

「香澄は素直でいい子だな」

 佑は悠然と微笑み、香澄の唇にプチュプチュと指を挿し入れた。

「ん……、ん」

 指なのに気持ちが高まって、赤面してしまう。

 佑の指に舌を絡めると、舌をスリスリと撫でられ「ふぅ……っ」と変な声が漏れた。
 トロンとした目をする香澄に、彼は支配者の如く鷹揚に頷いた。

 やがて、ちゅぷ……と唇から指が抜け、香澄は少しジンジンした唇をペロリと舐める。

 佑もまた、香澄の唾液で濡れた指にケーキのクリームをつけ、美味しそうに自分の口に含んで「甘い」と呟いていた。

「……へ、変態……」

 抗議を含めた目で睨んだが、佑は意に介さず、自分の膝をポンポンと叩いて「おいで」と招く。

「むー……」

 香澄は唇を尖らせつつも、素直に彼の膝の上に乗った。

「誕生日おめでとう」

 微笑んだ佑は、香澄の前髪を上げて額にキスをしてきた。

「額へのキスって、『祝福』っていう意味があるんだって」

「……あ、ありがとう。じゃ、じゃあ私も」

 キスをしようと佑の前髪を掻き上げると、彼は頭を下げてくれる。

「佑さんが幸せでありますように」

 囁いて唇を押しつける。

 顔を離したあと、どちらからともなく視線が合った。

 自然と二人の唇が開き、顔を傾けると唇が重なる。
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