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第十四部・東京日常 編

紅茶の準備

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 彼と一緒に全力で仕事を頑張りたい。

 一緒に暮らしていても、好きな所ばかり新たに見つかって困ってしまう。

 欠点かもしれないところすら「愛しい」と思うので、惚れた弱みだ。

(私を見つけてくれて、こんなに愛してくれてありがとう。こんな人、もう二度と出会えない。信じられないぐらいに幸せだなぁ)

 思わず目が潤んでしまい、サッと手の甲で拭う。
 気持ちを切り替え、テーブルの上に用意されてあった陶器の皿に手を伸ばした。

「ありがとう! 食べようか」

 お礼を言われて微笑んだ佑は、ダイニングテーブルの上にあったナイフを手に取った。

「香澄の分、大きく切ってあげようか?」

「んふふ、普通でいいよ。これでもダイエット中なんだから」

「それは残念。もうちょっとプクプクしてもいいのに」

「もー」

 そんな会話をしつつ、二人の前にカットされたケーキが二つ置かれる。

「紅茶淹れようか。本当ならルームサービスのほうが美味いかもしれないけど、遅くなっても興醒めだし」

「そうだね」

 ダイニングテーブルの脇にあるワゴンには、ティーセットが用意してあった。

 佑は電子ケトルのお湯で、ティーカップとティーポットを温める。
 ある程度温まったあとに茶葉を入れたガラスのティーポットにお湯を注ぎ、砂時計をクルリとひっくり返した。

「三分お待ちください」

「はい、執事さん」

 香澄はクスッと笑い、椅子に座ってブラブラと足を揺らす。

「砂時計っていいよね。ずーっと見てられる。デジタルは便利だけど、時計はアナログがいいなぁ」

「俺も同じ意見だ。……腕時計は気に入ってくれたか?」

「うん! なんかとっても上品で高級そうなの、ありがとう」

 思わず「高かった?」と尋ねかけたが、プレゼントをもらって値段を聞くのは御法度だ。
 それでも口元がムズムズしていたのがバレたのか、佑がそっと伺ってくる。

「やっぱりやりすぎたか?」

「う、うーん……」

 ここで肯定しても否定しても、あまり良い結果を生まない気がする。
 だから素直な気持ちを言う事にした。

「佑さんにもらえるなら何でも嬉しい。佑さんが私の事を思って、色々考えてくれたのが嬉しいなって思う」

 そう言うと、佑はパァッと顔を輝かせた。

「それなんだよ。俺、こんなふうに『何を贈ったら喜んでくれるかな?』って考えて買うのが初めてで、本当に楽しかった」

(うっ……)

 本当は「次回から予算は半額以下でも大丈夫だよ」と言おうと思ったのだが、完全に言うタイミングを逃してしまった。

 しかもこんなに幸せそうな顔を見せられ、「プレゼントを半分以下にしてほしい」と言う鬼畜になれない。

(う……うう……)

 香澄が言葉を迷わせている間、佑はそれぞれの贈り物について「あれはこういう理由で選んだ」と嬉しそうに話していく。

 やがて砂時計の砂が落ちきり、佑はティーカップに紅茶を注ぎ始めた。

「金に不自由しなくなったあと、時々『何のために金を稼いでいるんだろう』って思っていた。新しく事業を展開して、仕事を増やすため、更に雇用の窓口を増やすため……って言ったら、誰もが納得する理由になるだろう。その金を恵まれない人のため、子供たちのため、環境保護や動物保護に充てたい。そういう金はどれだけあっても足りない。……でも個人的に金を使ううちに、どんな高級料理を食べても、どんな高いホテルに泊まっても、世界中のどこに行っても、心を動かされなくなった」

「うん。前にも言ってたね」

 佑は「どうぞ」と香澄の前にティーカップを置き、ミルクポットを前に置いた。

「だから今、香澄のために金を使うのが楽しくて堪らないんだ。俺はほとんどの事をメールで済ませてしまうし、礼状も松井さんが代筆してくれる。でも先日久しぶりに文房具店に行って、『香澄がこの便箋を使って俺に手紙を書いてくれたら嬉しいな』と思った。自分がいいなと思った便箋や封筒を、次々に籠に入れていくのが楽しかった。『香澄が好きそうな柄』を考えるのも楽しかった」

 キラキラとした目で言われ、もう何も言えない。

「……ありがとう」

 経済力がありすぎてたまに呆れてしまうけれど、佑だって一人の人間で、その心の根底にあるのは純粋な好意だ。

(言葉通り、色々な事が〝初めて〟なんだろうな)

 佑は、香澄より交際人数は多いはずだ。
 なのにへたをすれば、恋をした経験だけで言えば、片手で数えるほどかもしれない。

 それは、今まで彼が本気で好きになれる人がいなかった証拠だ。
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