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第十三部・イタリア 編
誕生日デートのコーディネート
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「あの、貴恵さんって呼んだら駄目ですか?」
尋ねると、斎藤がパッと表情を輝かせた。
「大歓迎です! 嬉しいです」
「じゃあ、私の事も『赤松さん』じゃなくて名前で呼んでくださいね」
「じゃあ、香澄さん」
名前で呼び合い、二人は顔を見合わせてにっこり微笑んた。
「私は修行して帰国したあと、本当はレストランを開きたいと思っていたんです。ですが子供ができて『自分の腕が発揮できるなら、どんな仕事でもいい』と思い直しました。まず仕事より先に子育てに専念しましたが、夫は『僕は家にいても仕事ができるから』と言って、家事の半分以上を請け負ってくれました。私も出産してから二、三か月後くらいには、腕がなまらないように都内のレストランで働き始める事ができました」
「素敵ですね」
まさに理想の夫と言えるのでは、と香澄は憧れた。
「ですが日本のレストランにいると、やはり男性上位だったり、人間関係で疲れてしまう事もあって……。その時に、夫から『個人契約で家政婦をするつもりはないか?』と尋ねられたんです。聞いた話では、御劔さんは夫の経営するフレンチレストランの常連だったそうです。世間話をした時、『家を建てたのはいいけれど、家事が大変で家政婦を雇おうと思っている。いい人を知らないか?』と聞かれたのだそうです」
「あぁ……」
そう言われて、以前に佑から教えてもらった事を思いだす。
「斎藤さんと契約する前、佑さんは家政婦派遣会社と契約して、何人かに働いてもらっていたみたいです。でも若い人とかが、相手が誰なのか分かると良くない事をしてしまったりで……。『食べる物も信頼できなくなった』って言っていました」
香澄の言葉に、斎藤は残念そうに頷く。
「ごく一部ですけれどね。信頼第一で著名人のお宅を担当しているのに、契約相手のプライベートに踏み込もうとする人はいるんです。まじめにやっている人はいい迷惑です。連絡先やラブレターを押しつけるのは可愛いほうで、家庭ゴミを持ち帰ったり……という解雇例を聞いた事もありました」
「ひえぇ……」
彼がそんな目に遭っていたかと思うと、背筋がうすら寒くなる。
「夫が相談を受けたご縁から、私が家政婦をする事になりました。正直、お給料がとてもいいです。加えて万が一の時、差し迫った仕事がなければ家庭を優先してもいいなど、主婦にとってありがたい条件もありまして。この四年、楽しく仕事ができています」
微笑んだ斎藤は、含んだ笑みを浮かべる。
「料理人の中には、やはり有名レストランで働きたいとか、自分の店を持ちたいという野心を抱く人が多いです。私ももれなくそのタイプでしたが、家庭を持って考えを変えた事で、仕事と家族の両方を大切にできているので、この選択は間違えではなかったと思えています」
そこまで言うと、斎藤はオーブンのタイマーを確認して「そろそろですね」と、鍋敷きやグリップニッパーなどをだす。
「私、貴恵さんが家政婦さんで、本当に良かったと思っています」
「ふふ、ありがとうございます」
オーブンからチーンと音がし、スコーンが焼き上がった。
トレイが引き出されると、ふっくらきつね色に焼けたスコーンが並んでいるのが見えた。
「わあ、いい匂い……!」
「クロテッドクリームやジャム、チョコレートやヨーグルトソースも作っておきましたから、粗熱が取れた頃にお茶会をしましょうね」
「はい!」
そのあと、斎藤と二人で昼食代わりのアフターヌーンティーをした。
スコーンやシフォンケーキ、クッキーの他にも、取り寄せたチョコレートや斎藤が作ったサンドウィッチなどで、本格的なお茶会が楽しめた。
女同士の話に花を咲かせ、夕方になると、いよいよお泊まりデートだ。
香澄は着ていく服を吟味するため、夕方からウォークインクローゼットに籠もった。
「うーん、今日もらった手袋とかマフラーはつけていったほうがいいよね。でもマックス・ミューラーのスーツはどっちかというと仕事用だから……。家にある服でいいのかな?」
なるべくプレゼントのブーツを生かしたコーディネートにしようと思い、香澄はうんうんと悩む。
「ミニスカートとかあんまり穿かないから……、穿いたら喜んでくれるかな? いや、ドレスコードのあるお店でミニは駄目だ。この膝丈のワンピースなら大丈夫かな? ……でもあのブーツとは長さ的に合わないかな……。待って? というかブーツはドレスコード的にNGでしょ」
ブツブツと一人会議をしたあと、あのブーツを履くのは先送りにした。
結局、佑が好きそうな黒いタートルネックのニットワンピースを着て、靴はジョルダンを履く事にする。
そしてマックスミューラーのキャメルのコートと、こういう日になら……と白いアルメスのバッグを出動させる事にした。
耳、首、指にはロードライトガーネットをつけ、華やかに見えるまとめ髪にする。
尋ねると、斎藤がパッと表情を輝かせた。
「大歓迎です! 嬉しいです」
「じゃあ、私の事も『赤松さん』じゃなくて名前で呼んでくださいね」
「じゃあ、香澄さん」
名前で呼び合い、二人は顔を見合わせてにっこり微笑んた。
「私は修行して帰国したあと、本当はレストランを開きたいと思っていたんです。ですが子供ができて『自分の腕が発揮できるなら、どんな仕事でもいい』と思い直しました。まず仕事より先に子育てに専念しましたが、夫は『僕は家にいても仕事ができるから』と言って、家事の半分以上を請け負ってくれました。私も出産してから二、三か月後くらいには、腕がなまらないように都内のレストランで働き始める事ができました」
「素敵ですね」
まさに理想の夫と言えるのでは、と香澄は憧れた。
「ですが日本のレストランにいると、やはり男性上位だったり、人間関係で疲れてしまう事もあって……。その時に、夫から『個人契約で家政婦をするつもりはないか?』と尋ねられたんです。聞いた話では、御劔さんは夫の経営するフレンチレストランの常連だったそうです。世間話をした時、『家を建てたのはいいけれど、家事が大変で家政婦を雇おうと思っている。いい人を知らないか?』と聞かれたのだそうです」
「あぁ……」
そう言われて、以前に佑から教えてもらった事を思いだす。
「斎藤さんと契約する前、佑さんは家政婦派遣会社と契約して、何人かに働いてもらっていたみたいです。でも若い人とかが、相手が誰なのか分かると良くない事をしてしまったりで……。『食べる物も信頼できなくなった』って言っていました」
香澄の言葉に、斎藤は残念そうに頷く。
「ごく一部ですけれどね。信頼第一で著名人のお宅を担当しているのに、契約相手のプライベートに踏み込もうとする人はいるんです。まじめにやっている人はいい迷惑です。連絡先やラブレターを押しつけるのは可愛いほうで、家庭ゴミを持ち帰ったり……という解雇例を聞いた事もありました」
「ひえぇ……」
彼がそんな目に遭っていたかと思うと、背筋がうすら寒くなる。
「夫が相談を受けたご縁から、私が家政婦をする事になりました。正直、お給料がとてもいいです。加えて万が一の時、差し迫った仕事がなければ家庭を優先してもいいなど、主婦にとってありがたい条件もありまして。この四年、楽しく仕事ができています」
微笑んだ斎藤は、含んだ笑みを浮かべる。
「料理人の中には、やはり有名レストランで働きたいとか、自分の店を持ちたいという野心を抱く人が多いです。私ももれなくそのタイプでしたが、家庭を持って考えを変えた事で、仕事と家族の両方を大切にできているので、この選択は間違えではなかったと思えています」
そこまで言うと、斎藤はオーブンのタイマーを確認して「そろそろですね」と、鍋敷きやグリップニッパーなどをだす。
「私、貴恵さんが家政婦さんで、本当に良かったと思っています」
「ふふ、ありがとうございます」
オーブンからチーンと音がし、スコーンが焼き上がった。
トレイが引き出されると、ふっくらきつね色に焼けたスコーンが並んでいるのが見えた。
「わあ、いい匂い……!」
「クロテッドクリームやジャム、チョコレートやヨーグルトソースも作っておきましたから、粗熱が取れた頃にお茶会をしましょうね」
「はい!」
そのあと、斎藤と二人で昼食代わりのアフターヌーンティーをした。
スコーンやシフォンケーキ、クッキーの他にも、取り寄せたチョコレートや斎藤が作ったサンドウィッチなどで、本格的なお茶会が楽しめた。
女同士の話に花を咲かせ、夕方になると、いよいよお泊まりデートだ。
香澄は着ていく服を吟味するため、夕方からウォークインクローゼットに籠もった。
「うーん、今日もらった手袋とかマフラーはつけていったほうがいいよね。でもマックス・ミューラーのスーツはどっちかというと仕事用だから……。家にある服でいいのかな?」
なるべくプレゼントのブーツを生かしたコーディネートにしようと思い、香澄はうんうんと悩む。
「ミニスカートとかあんまり穿かないから……、穿いたら喜んでくれるかな? いや、ドレスコードのあるお店でミニは駄目だ。この膝丈のワンピースなら大丈夫かな? ……でもあのブーツとは長さ的に合わないかな……。待って? というかブーツはドレスコード的にNGでしょ」
ブツブツと一人会議をしたあと、あのブーツを履くのは先送りにした。
結局、佑が好きそうな黒いタートルネックのニットワンピースを着て、靴はジョルダンを履く事にする。
そしてマックスミューラーのキャメルのコートと、こういう日になら……と白いアルメスのバッグを出動させる事にした。
耳、首、指にはロードライトガーネットをつけ、華やかに見えるまとめ髪にする。
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