839 / 1,508
第十三部・イタリア 編
斎藤の家庭事情
しおりを挟む
「……お、お邪魔します」
運転席のドアを開けると、新車の匂いがした。
恐る恐る運転席に座ってみた香澄は、ハンドルを軽く握ってみる。
「……ぶ、ぶーん……」
運転する真似をしてみると、意外と楽しくなってきた。
「はぁ……。免許取ろっかー」
取ろう、取ろうと思い後回しにしていて、この年齢になってしまった。
「仕事で遅くなった佑さんを私が迎えに行ったり……。とか、ないか……」
ありがちな妄想をしてみるが、運転手がいる佑に香澄の迎えは不要だ。
そもそも、万が一の事があってはいけないので、プロに任せているのだ。
「でも、持っていて邪魔なものじゃないよね。お父さんとお母さんだっていつ運転できなくなるか分からないし。地元に戻った時、私が運転できると何か役に立つ事もあるかもだし。それに、麻衣を乗せてあげたいな」
札幌にいる親友を思うと、笑顔になる。
そして麻衣に『いつ東京来る?』と言おうか考え、年末のスケジュールを考えて「あ……」となる。
「ドイツからお二人も来るっていうし、皆で過ごしたら楽しくないかな?」
うーん、と考え、ポケットからスマホを取り出すと麻衣にメッセージを送った。
『突然だけど、今年の年末(一か月後!)に東京来られない? 佑さんの従兄弟さんも来る予定らしいし、宿は佑さんがうちに泊まってもいいって言ってくれてるんだ。麻衣さえ良ければ……なんだけど。もし駄目だったら、別の機会を考えよう!』
メッセージを送るだけ送って、香澄はガレージから家の中に戻った。
リビングダイニングに戻ると、斎藤が尋ねてくる。
「宝探しは終わりました?」
キッチンからはいい匂いがしていて、シフォンケーキやクッキーが並んでいる。
「何とか全部見つけたと思います。……三十歳とか節目でもない、ただの二十八歳なのに色々贈りすぎです。はぁああ…………、美味しそう」
香澄は呆れ混じりに笑い、店で出されていそうなクオリティのお菓子を見てお腹をさする。
「御劔さんは、赤松さんが好きで堪らないんですよ。お金持っている男の人って、好きな女性にはついついお財布の紐が緩んでしまいますから。贈り物は笑顔で受け取っておけばいいんです」
「斎藤さんも覚えがあるんですか?」
尋ねた香澄は、スツールに座って「つまみ食いしていいですか?」とクッキーを指差す。
それに斎藤は「いいですよ」と頷いてくれた。
「私はフランスで修行していた時に夫に出会ったんです。彼はフランスの名のあるレストランのオーナーで、私と結婚すると決めたあとは、日本に店舗拡大をする事をまず決めたそうです。私が『いつまでもフランスにいるつもりはない』と伝えると、私がいつ日本に戻るか不安になり、そう考えたようですね」
「わぁ、ロマンチック」
普段、斎藤の私的な話はあまり聞かないため、とても貴重に思える。
「私は最初、いつか別れるフランス人と結婚するつもりはありませんでした。夫が何かにつけてプレゼントしてくれても、『無駄なお金を使わないで』と叱ったものです。そうしたら高額なプレゼントはやめましたが、代わりに花束を渡されるようになりました」
言われて、香澄は花に溢れたパリを思いだした。
ホテルの部屋にも立派なアレンジメントがあったし、街角には雰囲気のいい花屋があった。
老若男女問わず花束を抱え、アパルトマンの窓辺には必ず花があった。
佑に聞いた話では、日本人でも花屋の研修生に憧れている人は多いらしい。
「フランスってお花の文化ですもんね。オランダにある、世界最大のお花のマーケットも近いですし」
「ですね。とても美しい所だと思います」
同じ景色を知っている二人は、微笑み合った。
そして斎藤は続きを話す。
「最終的に私が三年間の修行を終えて日本に帰る頃には、彼はもうすでに東京に一店舗目を展開していました。『これで一緒に日本に行けるね』と言われた時には、彼に情を移したあとでしたし……」
「旦那さんは、フランスを離れるのを惜しまなかったんですか?」
香澄の問いに、斎藤は「んー」と首を傾げる。
「彼は経営者ですからね。舌は肥えていますが料理人ではありません。アジア圏に店舗拡大をするのに丁度いいと言っていますし、帰国する必要があれば飛行機に乗れば事足ります。日本での子育てが落ち着いた今、彼は忙しく世界中を飛び回っていますよ」
「なるほど……。ん? でも〝斎藤〟さん?」
「フルネームはオーブリー・斎藤貴恵です。ですが仕事をする時は、日本の名前を使ったほうがやりやすいんです」
「私、初めて斎藤さんのフルネームを知ったかもです。『斎藤貴恵です』というご挨拶は受けましたけど、ご家庭の事とか詳しく知らなかったので」
「ふふ、家政婦があまり主人と気やすくしても……と最初はあまり踏み込まないようにしていたんです。御劔さんとは何年も前から契約していますが、赤松さんがいらっしゃったのはつい最近ですからね」
オーブンを覗き込むと、中でスコーンがいい色に焼けている。
運転席のドアを開けると、新車の匂いがした。
恐る恐る運転席に座ってみた香澄は、ハンドルを軽く握ってみる。
「……ぶ、ぶーん……」
運転する真似をしてみると、意外と楽しくなってきた。
「はぁ……。免許取ろっかー」
取ろう、取ろうと思い後回しにしていて、この年齢になってしまった。
「仕事で遅くなった佑さんを私が迎えに行ったり……。とか、ないか……」
ありがちな妄想をしてみるが、運転手がいる佑に香澄の迎えは不要だ。
そもそも、万が一の事があってはいけないので、プロに任せているのだ。
「でも、持っていて邪魔なものじゃないよね。お父さんとお母さんだっていつ運転できなくなるか分からないし。地元に戻った時、私が運転できると何か役に立つ事もあるかもだし。それに、麻衣を乗せてあげたいな」
札幌にいる親友を思うと、笑顔になる。
そして麻衣に『いつ東京来る?』と言おうか考え、年末のスケジュールを考えて「あ……」となる。
「ドイツからお二人も来るっていうし、皆で過ごしたら楽しくないかな?」
うーん、と考え、ポケットからスマホを取り出すと麻衣にメッセージを送った。
『突然だけど、今年の年末(一か月後!)に東京来られない? 佑さんの従兄弟さんも来る予定らしいし、宿は佑さんがうちに泊まってもいいって言ってくれてるんだ。麻衣さえ良ければ……なんだけど。もし駄目だったら、別の機会を考えよう!』
メッセージを送るだけ送って、香澄はガレージから家の中に戻った。
リビングダイニングに戻ると、斎藤が尋ねてくる。
「宝探しは終わりました?」
キッチンからはいい匂いがしていて、シフォンケーキやクッキーが並んでいる。
「何とか全部見つけたと思います。……三十歳とか節目でもない、ただの二十八歳なのに色々贈りすぎです。はぁああ…………、美味しそう」
香澄は呆れ混じりに笑い、店で出されていそうなクオリティのお菓子を見てお腹をさする。
「御劔さんは、赤松さんが好きで堪らないんですよ。お金持っている男の人って、好きな女性にはついついお財布の紐が緩んでしまいますから。贈り物は笑顔で受け取っておけばいいんです」
「斎藤さんも覚えがあるんですか?」
尋ねた香澄は、スツールに座って「つまみ食いしていいですか?」とクッキーを指差す。
それに斎藤は「いいですよ」と頷いてくれた。
「私はフランスで修行していた時に夫に出会ったんです。彼はフランスの名のあるレストランのオーナーで、私と結婚すると決めたあとは、日本に店舗拡大をする事をまず決めたそうです。私が『いつまでもフランスにいるつもりはない』と伝えると、私がいつ日本に戻るか不安になり、そう考えたようですね」
「わぁ、ロマンチック」
普段、斎藤の私的な話はあまり聞かないため、とても貴重に思える。
「私は最初、いつか別れるフランス人と結婚するつもりはありませんでした。夫が何かにつけてプレゼントしてくれても、『無駄なお金を使わないで』と叱ったものです。そうしたら高額なプレゼントはやめましたが、代わりに花束を渡されるようになりました」
言われて、香澄は花に溢れたパリを思いだした。
ホテルの部屋にも立派なアレンジメントがあったし、街角には雰囲気のいい花屋があった。
老若男女問わず花束を抱え、アパルトマンの窓辺には必ず花があった。
佑に聞いた話では、日本人でも花屋の研修生に憧れている人は多いらしい。
「フランスってお花の文化ですもんね。オランダにある、世界最大のお花のマーケットも近いですし」
「ですね。とても美しい所だと思います」
同じ景色を知っている二人は、微笑み合った。
そして斎藤は続きを話す。
「最終的に私が三年間の修行を終えて日本に帰る頃には、彼はもうすでに東京に一店舗目を展開していました。『これで一緒に日本に行けるね』と言われた時には、彼に情を移したあとでしたし……」
「旦那さんは、フランスを離れるのを惜しまなかったんですか?」
香澄の問いに、斎藤は「んー」と首を傾げる。
「彼は経営者ですからね。舌は肥えていますが料理人ではありません。アジア圏に店舗拡大をするのに丁度いいと言っていますし、帰国する必要があれば飛行機に乗れば事足ります。日本での子育てが落ち着いた今、彼は忙しく世界中を飛び回っていますよ」
「なるほど……。ん? でも〝斎藤〟さん?」
「フルネームはオーブリー・斎藤貴恵です。ですが仕事をする時は、日本の名前を使ったほうがやりやすいんです」
「私、初めて斎藤さんのフルネームを知ったかもです。『斎藤貴恵です』というご挨拶は受けましたけど、ご家庭の事とか詳しく知らなかったので」
「ふふ、家政婦があまり主人と気やすくしても……と最初はあまり踏み込まないようにしていたんです。御劔さんとは何年も前から契約していますが、赤松さんがいらっしゃったのはつい最近ですからね」
オーブンを覗き込むと、中でスコーンがいい色に焼けている。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
2,461
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる