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第十三部・イタリア 編

斎藤の家庭事情

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「……お、お邪魔します」

 運転席のドアを開けると、新車の匂いがした。
 恐る恐る運転席に座ってみた香澄は、ハンドルを軽く握ってみる。

「……ぶ、ぶーん……」

 運転する真似をしてみると、意外と楽しくなってきた。

「はぁ……。免許取ろっかー」

 取ろう、取ろうと思い後回しにしていて、この年齢になってしまった。

「仕事で遅くなった佑さんを私が迎えに行ったり……。とか、ないか……」

 ありがちな妄想をしてみるが、運転手がいる佑に香澄の迎えは不要だ。
 そもそも、万が一の事があってはいけないので、プロに任せているのだ。

「でも、持っていて邪魔なものじゃないよね。お父さんとお母さんだっていつ運転できなくなるか分からないし。地元に戻った時、私が運転できると何か役に立つ事もあるかもだし。それに、麻衣を乗せてあげたいな」

 札幌にいる親友を思うと、笑顔になる。

 そして麻衣に『いつ東京来る?』と言おうか考え、年末のスケジュールを考えて「あ……」となる。

「ドイツからお二人も来るっていうし、皆で過ごしたら楽しくないかな?」

 うーん、と考え、ポケットからスマホを取り出すと麻衣にメッセージを送った。

『突然だけど、今年の年末(一か月後!)に東京来られない? 佑さんの従兄弟さんも来る予定らしいし、宿は佑さんがうちに泊まってもいいって言ってくれてるんだ。麻衣さえ良ければ……なんだけど。もし駄目だったら、別の機会を考えよう!』

 メッセージを送るだけ送って、香澄はガレージから家の中に戻った。

 リビングダイニングに戻ると、斎藤が尋ねてくる。

「宝探しは終わりました?」

 キッチンからはいい匂いがしていて、シフォンケーキやクッキーが並んでいる。

「何とか全部見つけたと思います。……三十歳とか節目でもない、ただの二十八歳なのに色々贈りすぎです。はぁああ…………、美味しそう」

 香澄は呆れ混じりに笑い、店で出されていそうなクオリティのお菓子を見てお腹をさする。

「御劔さんは、赤松さんが好きで堪らないんですよ。お金持っている男の人って、好きな女性にはついついお財布の紐が緩んでしまいますから。贈り物は笑顔で受け取っておけばいいんです」

「斎藤さんも覚えがあるんですか?」

 尋ねた香澄は、スツールに座って「つまみ食いしていいですか?」とクッキーを指差す。
 それに斎藤は「いいですよ」と頷いてくれた。

「私はフランスで修行していた時に夫に出会ったんです。彼はフランスの名のあるレストランのオーナーで、私と結婚すると決めたあとは、日本に店舗拡大をする事をまず決めたそうです。私が『いつまでもフランスにいるつもりはない』と伝えると、私がいつ日本に戻るか不安になり、そう考えたようですね」

「わぁ、ロマンチック」

 普段、斎藤の私的な話はあまり聞かないため、とても貴重に思える。

「私は最初、いつか別れるフランス人と結婚するつもりはありませんでした。夫が何かにつけてプレゼントしてくれても、『無駄なお金を使わないで』と叱ったものです。そうしたら高額なプレゼントはやめましたが、代わりに花束を渡されるようになりました」

 言われて、香澄は花に溢れたパリを思いだした。

 ホテルの部屋にも立派なアレンジメントがあったし、街角には雰囲気のいい花屋があった。
 老若男女問わず花束を抱え、アパルトマンの窓辺には必ず花があった。

 佑に聞いた話では、日本人でも花屋の研修生スタージュに憧れている人は多いらしい。

「フランスってお花の文化ですもんね。オランダにある、世界最大のお花のマーケットも近いですし」

「ですね。とても美しい所だと思います」

 同じ景色を知っている二人は、微笑み合った。
 そして斎藤は続きを話す。

「最終的に私が三年間の修行を終えて日本に帰る頃には、彼はもうすでに東京に一店舗目を展開していました。『これで一緒に日本に行けるね』と言われた時には、彼に情を移したあとでしたし……」

「旦那さんは、フランスを離れるのを惜しまなかったんですか?」

 香澄の問いに、斎藤は「んー」と首を傾げる。

「彼は経営者ですからね。舌は肥えていますが料理人ではありません。アジア圏に店舗拡大をするのに丁度いいと言っていますし、帰国する必要があれば飛行機に乗れば事足ります。日本での子育てが落ち着いた今、彼は忙しく世界中を飛び回っていますよ」

「なるほど……。ん? でも〝斎藤〟さん?」

「フルネームはオーブリー・斎藤貴恵です。ですが仕事をする時は、日本の名前を使ったほうがやりやすいんです」

「私、初めて斎藤さんのフルネームを知ったかもです。『斎藤貴恵です』というご挨拶は受けましたけど、ご家庭の事とか詳しく知らなかったので」

「ふふ、家政婦があまり主人と気やすくしても……と最初はあまり踏み込まないようにしていたんです。御劔さんとは何年も前から契約していますが、赤松さんがいらっしゃったのはつい最近ですからね」

 オーブンを覗き込むと、中でスコーンがいい色に焼けている。
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