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第十三部・イタリア 編

三十歳を越えたら世界が変わる?

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「そうだね。他のブランドのお店も、壁際に木製の棚にバッグがずらーっと並んでいて、黒っていうより木と温かみのある照明の色? ブラウン、オレンジ、イエローっていう感じ」

「そう……か」

 CEPの店舗だって、すべて同じ内装ではない。

 その土地の雰囲気や入っているビル、街並みに合わせた店構えをしている。

「それにあんまり真っ黒だと、ギャルの店っぽくなっちゃうかも」

 あはは、と香澄が軽やかに笑うと、「それもそうだな」と佑が頷いた。

「私の体感だけど、お店のカラーがあんまり暗いと入りづらいかも。床も壁も天井も真っ黒だと、なんか怖くて通りすがりに見るのも避けてた気がする。……だからCEPは今のままでいいんじゃないかな? 木製の棚に小物がディスプレイされていて、壁とかも白っぽい大理石とかで、十分ラグジュアリーな雰囲気は出てるよ?」

「……ん」

 佑は国内海外にある店舗の内装を思い浮かべ――、「いや、そうじゃないだろ」と思わず声にだした。

「え?」

「ごめん。そんな事じゃない。香澄の誕生日を祝いたかったんだ」

「あ、あー! なるほど、そうだった」

 罪悪感たっぷりで謝ったのに、香澄はケロッとして笑っている。

「それで当日だけど、いつもと違う日にしようっていう事で、ホテルも予約しておいた」

「東京にいるのに?」

 目をまん丸にして驚かれ、そんなにおかしい事かな? と少し自信がなくなる。

「特別な日だろう?」

 香澄の肩を抱き寄せて耳元で囁くと、彼女はピクッと肩を跳ねさせた。
 耳が弱い事を知っている佑は、ムクムクと悪戯心を育ててさらに囁き続ける。

「ホテルだから、どんな事をしても後始末の事は考えなくていい」

「ぅーっ……、そういうの良くないと思います」

「ふふ、そういう言い方をされると余計に燃えるな」

 佑は香澄をすっぽりと腕の中に抱き、カウチソファにもたれて脚を投げだす。
 香澄も佑の膝の上で横向きに座り、胸板に頭を預けてくっついてくる。

「……二十八歳になるよ。あっという間だなぁ」

「二十代だし、若いだろう。何をそんなに悲観する事があるんだ」

 ここで「俺は三十路だぞ」とは言わない。

 香澄が「同年代が好き」と言ったなら落ち込むが、佑は自分の年齢に不自由を感じていない。
 むしろ仕事ではまだまだ若造扱いされるので、もっと威厳がほしいと思っているぐらいだ。

「……三十歳を越えたら世界が変わる?」

 香澄は不安そうに佑を見上げる。
 その言葉を聞いて、いつかの自分も似た事を考えていたのを思いだした。

「何も変わらないよ。二十九歳の最後の日をまたいで三十歳になっても、何も変わらない。すべて続いている」

「……私、別に三十歳になったらおばさんとか思ってる訳じゃないの。……ただ、佑さんのファンの子から、そう思われるのが嫌だなってちょっと思っちゃった」

 ファンと言われ、佑の頭の中が「?」で満たされる。

「ファンってたとえば?」

「んー……。一杯いるじゃない。パオラさんは別だけど、佑さんを見るために本社の近くをうろついていたりとか、ビル内の一般開放されている施設に入り浸る〝チーフエブラー〟とか」

 その言葉は、Chief Everyが急成長してから増えてきた単語だ。

 佑という広告塔に憧れ、Chief Everyの服を身につけてジャフォットなどに写真を投稿し、ファッション誌から特集される若者が多くいる。

 数回、佑は一般客の意見を取り入れるために、抽選で当たった人数十人と食事会をし、今後のChief Everyに取り入れてほしいアイテムなどを教えてもらう事もした。

 だがその応募数が尋常ではなく、アイデア目的の食事会もただのファンの集いのようになってしまったので、このやり方はまずいと思ってやめたのだ。

 世間では多少揶揄された言い方の〝チーフエブラー〟もいれば、ただChief Everyのアイテムを愛用している〝チーフエブラー〟もいる。
 後者の場合、子供から高齢まで幅広いので、佑はポジティブに受け止めていた。

「香澄はそういう存在を気にしなくていいんじゃないかな? 俺たちのプライベートに関係ないじゃないか」

「んー」

 香澄はハッキリしない返事をし、ぐり……と顔を佑の胸板に押しつける。
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