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第十三部・イタリア 編

連絡先の交換

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「普通の人は『何もしなくていいよ』って言われると戸惑うわよね。自分の荷物ぐらい自分で持ちたいもの。毎日ホテル住まいじゃあるまいし、なんでも人にやらせて当たり前っていう気持ちにはなれないわ。お姫様扱いされる〝特別〟は〝非日常〟だから楽しめるの。それが〝日常〟になれば生活リズムも金銭感覚も、何もかもおかしくなるわ」

 マリアは今までの鬱憤を晴らすように、ジェスチャー混じりにまくし立てる。

 彼女の言葉を聞いていると、まるで自分の気持ちを代弁してもらったようでスッキリする。

 そしてつくづく、自分は〝女性〟だと感じた。

「自分はどうしたいか」は心の中では決まっている。

 けれど不満や不安があると、誰かに〝共感〟してもらえるととても安心する。

 佑はいつも〝どうやって解決するか〟を提示してくれて、彼が言う言葉が正しいのも分かっている。

 けれどそうじゃない。

 香澄は同じ目線を持つ人に「分かるよ」と言われたかったのだ。

 知らずと香澄は微笑み、マリアの手を握り返す。

「マリアさんと出会えて良かったです。こういう風に同じ悩みを持つ人と、あれこれ言いたかっただけなんだって今分かりました」

「そう? 嬉しいわ! 私もルカが紹介してくれる〝女友達〟はいるんだけど、皆上品で、なかなか愚痴を言えなかったのよ。いい人だけど、一緒にバーで立ち飲みして愚痴を言えるとは思えないし」

「あはは! 分かります」

 香澄は佑に〝友達〟を紹介されていないが、仮に百合恵のような人を紹介されて仲良く……と言われてもしっくりこないだろう。

 たとえば「外食に行くと、毎回万単位の会計になって気後れする」と言っても、本当のお嬢様なら「そう?」と思うだろう。

 気持ちを共有して「そうだよね!」と言い合える存在は、とても大切だ。

「また不安が溜まったら、連絡してもいいですか?」

「勿論! そうだわ! 今さらだけど連絡先交換しましょう?」

 マリアがスマホを取りだし、香澄もバッグからスマホを出す。

 二人で連絡先を交換してスタンプをポンと送る。
 香澄が送ったスタンプを見て、マリアが「なにこれ可愛い!」と歓声を上げた。

 そこから、コネクターナウのスタンプの話題になった。





 香澄たちがブランコに落ち着いたあと、佑とルカは母屋に近いブロックの上に腰掛けていた。

『話し込んでるな』

『そうだね』

 ルカはクスクスと笑い、ポンと佑の背中を叩いてきた。

『ニセコで余裕がなかったように見えたけど、もう落ち着いたかい?』

『お陰様で。仕事ではタフにやれている自覚があるが、香澄が関わるとすぐナーバスになる。キャパシティが猪口ぐらいしかない』

『チョコ?』

『日本酒を飲むための、テキーラグラスみたいな小さな器だ』

『ああ、なるほど! 分かるよ。僕もマリアの事になると周りから〝人が変わったみたいにバカになる〟って言われてる』

 ルカはうんうんと頷き、邪気のない笑みを浮かべる。

『カスミの迷いは取れたっぽい? タスクの事は心底好きだけど、君についてくるオプションを重荷に感じるみたいな事は言っていた。あ、君の性格じゃなくて、社会的なものの事だよ』

『あぁ……それか』

「この話題は何度目だろう」と内心思い、佑は髪を掻き上げる。

 自分の中では「何があっても香澄を守る」と結論が出ている。

 しかし香澄の気持ちが、自分の気持ちに追いついていないのはよく分かっていた。

 佑は一般家庭出身のつもりだが、香澄からすれば〝普通〟ではないのだろう。

 今まで何度も「望んでこう生まれた訳じゃない」と思った。
 けれど生まれ持ってのものはどうにもならないと、近年ではすっかり諦めている。

 世間で言われている〝親ガチャ〟とかいう言葉は好きになれないが、生まれた家庭や環境である程度人生が決まってしまうのは否めない。
 良くも悪くも、彼は〝御劔佑〟となるべく生まれてきたのだ。

 クラウザー家の事で悩んだからといって、すべてを捨て去るほど問題視している訳でもない。

 母は公務員の父を愛して日本に留まったし、佑は自分を普通の日本人だと思っている。

 その上で自力でChief Everyを起業し、ここまで育て上げた。

 社長となった事も、事業を広げたのも、佑を形作るものの一つだ。
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