790 / 1,559
第十三部・イタリア 編
理解し合う二人
しおりを挟む
「そうね。それはフィオーレ家の皆も同じだわ。フィオーレ家の場合、高級車を扱っているから僻みで叩く人もいるの。それに車は一つ間違えたら殺人の道具になる。だからこの家の人は、常に〝命〟を相手に気を張っているのよ」
「……そうですね」
「でもね、私はルカの隣にいるってもう決めたわ」
マリアはキッパリと言い切り、誇らしげに笑う。
「靴職人はやめないけど、今までより靴に向き合う時間が減ると思う。でも私はルカの隣で、彼を支える人生を歩むと決めた。何かを得るには、何かを失う覚悟が必要だわ。今までの私は人生の六割以上を靴に向けてきた。残りが恋愛や家族に友達と、それ以外の趣味や旅行かしら」
「仕事は違いますが、私も似たような感じです」
返事をした香澄に、マリアは笑いかける。
「でも考えてみて? それで自分のキャパシティは満たされていたでしょう? これからはそれに加えて夫になる人とその家族、彼の家や家業、生まれてくる子供も加わってくるわ。普通に考えたらキャパオーバーよ。……だから、今までの自分の生き方を少し削る必要がある。……私はそれが結婚する覚悟と思っているわ」
「あ……」
とん、と心の中に何かが落ち、マリアの言葉が心に響く。
(そっか……。私、今までの自分を変えずに、さらに佑さんっていう、化け物並みの存在を抱え込もうとしてたんだ。そんなの、うまくいくはずがない。覚悟が足りないとかじゃなくて、根本的な勘違いをしてたんだ)
ずっと心の奥にあったモヤモヤが、パッと晴れた気がした。
「……私、自分を変えないで佑さんと結婚しようと思っていました」
呆然としたまま呟くと、マリアがにっこり笑う。
「それ、ちょっと前の私と同じよ。どんなに環境が変わってもルカは『僕が守る』って言ってくれたし、信じていた。それでも『うまくいきっこない』と思っていた。私は青いタイルの上を歩いていて、ルカと結婚すればその道に赤いタイルが加わり紫になる。なのに私は、必死に紫の中から青いタイルを探そうとしていたの」
「色が変わると戸惑いますけど、……きっと、もっと華やかに豊かになりますね」
「そうよ」
明るく笑ったマリアは、香澄の肩を揉む。
「私は香澄さんの事を詳しく知らないけど、きっと大事なものや譲れないものがあると思うの。私の譲れないものは、週に一回はバーに行きたいとか、朝は絶対チャイを飲みたいとか。チャイについては、ルカと大喧嘩したわね。『君はそれでもイタリア人か!』って言われたわ」
イタリア人らしい喧嘩に、香澄は思わず笑う。
「ふふふ、確かに! 私は、んー……。護衛に守られる生活とか、家事を誰かにしてもらう事を〝当たり前〟と思う生活に戸惑っています。頭では理解しているんですが、『私にこんな事をしてもらう価値があるんだろうか?』って思ってしまうんです。譲れないものというより、一般人の感覚を捨てきれない感じ……です」
苦笑いすると、マリアは目と口を大きく開いてコクコクと頷く。
「ああ! それよーく分かるわ! いつも工房の前でボディガードが、新聞読んだりエスプレッソ飲んだりして見張ってるのよ。フィオーレ社の重役の婚約者だから、誘拐されれば大変な事になるって分かってるの。でも落ち着かないわよね! すっごい分かる!」
マリアは香澄の両手をギューッと握り、何度も頷いて理解を示す。
両足をトタトタと踏みならし、異様なほどに同感している。
「でもね! 慣れよ、慣れ! だってそれが彼らの仕事だもの。私を見張ってお金をもらっているの。それに、他人の仕事に第三者が余計な感情を持つのは良くないわ。『邪魔よ』って言っても、彼らは仕事として私を見張るし、有事の時には私を庇う。彼らが選択した職業が護衛よ。だから私は、本当に邪魔だけど、敬意を持って彼らを〝いない者〟として無視するわ」
遠慮なく言うマリアの言葉を聞き、香澄はしばしポカンとする。
けれど次第に、じわりとその意味を理解していく。
(護衛は警察や自衛隊、海外の軍隊を経験した人が多いって聞いた。それが、何らかの事情を経て民間の護衛会社にいる。彼らは自分の仕事に誇りを持っている。それを『申し訳ない』って思うのは失礼なんだ。むしろお給料をもらうために、〝私は守られないといけない〟)
守られる事への罪悪感は、すぐには消えないものの、納得はできた。
(斎藤さんも同じだ。『ご家庭があるから仕事を増やしたらいけない』って思ってたけど、変な遠慮で仕事を奪ったら駄目なんだ。作ってないと私の料理の腕が落ちるから、できる時はしたい。でも疲れた日まで頑張ろうとしなくていい。そういう時は頼っていいんだ)
意地を張っていたとも言える感情が、ゆっくり解けていく。
『香澄は真面目だな』
何度も佑に言われた言葉が、胸に蘇る。
「……私、ずっと親に『自分の事は自分で』って言われていたんです。だから忙しくてもなるべく自炊しようとしたし、人に迷惑を掛けないように生きてきました。……けど、その考え方が甘えづらい性格を作ったのかもしれません。佑さんに『頼っていいよ』って言われても、頼り慣れてない私は戸惑ってばかりで……。護衛の方にも、家政婦さんにも、同じ感情を抱いていました」
胸の内を吐露した香澄の頭を、マリアが撫でる。
本日、香澄のリアル誕生日です(笑)
なんという事はないんですが、世界のどこかで盛大なお祝いがされていると思うと愉快です(笑)
「……そうですね」
「でもね、私はルカの隣にいるってもう決めたわ」
マリアはキッパリと言い切り、誇らしげに笑う。
「靴職人はやめないけど、今までより靴に向き合う時間が減ると思う。でも私はルカの隣で、彼を支える人生を歩むと決めた。何かを得るには、何かを失う覚悟が必要だわ。今までの私は人生の六割以上を靴に向けてきた。残りが恋愛や家族に友達と、それ以外の趣味や旅行かしら」
「仕事は違いますが、私も似たような感じです」
返事をした香澄に、マリアは笑いかける。
「でも考えてみて? それで自分のキャパシティは満たされていたでしょう? これからはそれに加えて夫になる人とその家族、彼の家や家業、生まれてくる子供も加わってくるわ。普通に考えたらキャパオーバーよ。……だから、今までの自分の生き方を少し削る必要がある。……私はそれが結婚する覚悟と思っているわ」
「あ……」
とん、と心の中に何かが落ち、マリアの言葉が心に響く。
(そっか……。私、今までの自分を変えずに、さらに佑さんっていう、化け物並みの存在を抱え込もうとしてたんだ。そんなの、うまくいくはずがない。覚悟が足りないとかじゃなくて、根本的な勘違いをしてたんだ)
ずっと心の奥にあったモヤモヤが、パッと晴れた気がした。
「……私、自分を変えないで佑さんと結婚しようと思っていました」
呆然としたまま呟くと、マリアがにっこり笑う。
「それ、ちょっと前の私と同じよ。どんなに環境が変わってもルカは『僕が守る』って言ってくれたし、信じていた。それでも『うまくいきっこない』と思っていた。私は青いタイルの上を歩いていて、ルカと結婚すればその道に赤いタイルが加わり紫になる。なのに私は、必死に紫の中から青いタイルを探そうとしていたの」
「色が変わると戸惑いますけど、……きっと、もっと華やかに豊かになりますね」
「そうよ」
明るく笑ったマリアは、香澄の肩を揉む。
「私は香澄さんの事を詳しく知らないけど、きっと大事なものや譲れないものがあると思うの。私の譲れないものは、週に一回はバーに行きたいとか、朝は絶対チャイを飲みたいとか。チャイについては、ルカと大喧嘩したわね。『君はそれでもイタリア人か!』って言われたわ」
イタリア人らしい喧嘩に、香澄は思わず笑う。
「ふふふ、確かに! 私は、んー……。護衛に守られる生活とか、家事を誰かにしてもらう事を〝当たり前〟と思う生活に戸惑っています。頭では理解しているんですが、『私にこんな事をしてもらう価値があるんだろうか?』って思ってしまうんです。譲れないものというより、一般人の感覚を捨てきれない感じ……です」
苦笑いすると、マリアは目と口を大きく開いてコクコクと頷く。
「ああ! それよーく分かるわ! いつも工房の前でボディガードが、新聞読んだりエスプレッソ飲んだりして見張ってるのよ。フィオーレ社の重役の婚約者だから、誘拐されれば大変な事になるって分かってるの。でも落ち着かないわよね! すっごい分かる!」
マリアは香澄の両手をギューッと握り、何度も頷いて理解を示す。
両足をトタトタと踏みならし、異様なほどに同感している。
「でもね! 慣れよ、慣れ! だってそれが彼らの仕事だもの。私を見張ってお金をもらっているの。それに、他人の仕事に第三者が余計な感情を持つのは良くないわ。『邪魔よ』って言っても、彼らは仕事として私を見張るし、有事の時には私を庇う。彼らが選択した職業が護衛よ。だから私は、本当に邪魔だけど、敬意を持って彼らを〝いない者〟として無視するわ」
遠慮なく言うマリアの言葉を聞き、香澄はしばしポカンとする。
けれど次第に、じわりとその意味を理解していく。
(護衛は警察や自衛隊、海外の軍隊を経験した人が多いって聞いた。それが、何らかの事情を経て民間の護衛会社にいる。彼らは自分の仕事に誇りを持っている。それを『申し訳ない』って思うのは失礼なんだ。むしろお給料をもらうために、〝私は守られないといけない〟)
守られる事への罪悪感は、すぐには消えないものの、納得はできた。
(斎藤さんも同じだ。『ご家庭があるから仕事を増やしたらいけない』って思ってたけど、変な遠慮で仕事を奪ったら駄目なんだ。作ってないと私の料理の腕が落ちるから、できる時はしたい。でも疲れた日まで頑張ろうとしなくていい。そういう時は頼っていいんだ)
意地を張っていたとも言える感情が、ゆっくり解けていく。
『香澄は真面目だな』
何度も佑に言われた言葉が、胸に蘇る。
「……私、ずっと親に『自分の事は自分で』って言われていたんです。だから忙しくてもなるべく自炊しようとしたし、人に迷惑を掛けないように生きてきました。……けど、その考え方が甘えづらい性格を作ったのかもしれません。佑さんに『頼っていいよ』って言われても、頼り慣れてない私は戸惑ってばかりで……。護衛の方にも、家政婦さんにも、同じ感情を抱いていました」
胸の内を吐露した香澄の頭を、マリアが撫でる。
本日、香澄のリアル誕生日です(笑)
なんという事はないんですが、世界のどこかで盛大なお祝いがされていると思うと愉快です(笑)
22
お気に入りに追加
2,572
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
青花美来
恋愛
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」
三年前のあの一夜のことは、もう過去のことのはずなのに。
一夜の過ちとして、もう忘れたはずなのに。
「忘れたとは言わせねぇぞ?」
偶然再会したら、心も身体も翻弄されてしまって。
「……今度こそ、逃がすつもりも離すつもりもねぇから」
その溺愛からは、もう逃れられない。
*第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞しました*
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる