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第十三部・イタリア 編

寝起きドッキリ

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 ――あぁ。

 自分のすぐ側で眠っている人を見て、香澄はうっとりと微笑む。

 あまりにめまぐるしく場所を変えて旅をしていたので、自分がどこで寝起きしていたのか、一瞬分からなくなっていた。

 それでもこの美しい人を見れば、自分のいるべき場所がすぐに分かる。

 彼の寝顔を見て、香澄は笑みを深めた。

(ずっと見てたい)

 まだぼんやりとした頭の中で、香澄は想いを募らせる。

(すき……)

 香澄は彼の胸板にすりすりと額を押しつけ、匂いを嗅ぐ。

 何度も嗅いでいるが、佑の匂いが本当に好きだ。

 この世でただ一人、香澄に対してフェロモンを放っているオスの匂いだ。
 たとえジョン・アルクールの同じコロンを別の人が使っていても、佑とは違うと嗅ぎ分けられる自信がある。

(幸せだなぁ……)

「目が覚めると大変な現実が待っている」と分かっているが、まどろんでいる今は何も思いだせないので、幸せを十二分に満喫できる。

 のんびりした時間を楽しんでいると、少しずつ意識が覚醒してここがどこなのか理解した。

(……ああ、そっか。今イタリアにいるんだっけ)

 随分、日本での暮らしから遠ざかっている気がする。

 スタートは佑のスペイン出張だ。
 そのあとは彼の所用でパリに寄り、二人の恩人がいるローマに来ている。

 憧れのヨーロッパで、佑と沢山時間を過ごせていてにやけてしまう。

(幸せ……)

「ん……」

 佑の胸板にぐりぐりと顔を押しつけていたからか、佑が身じろぎする。

(あっ、と。……大人しくしてないと)

 そう思ってしばらく佑の体温を感じたまま、ぼんやりとしていた。
 けれどそのうち、悲しいかな生理現象で手洗いに行きたくなってきた。

(ごめんね)

 そっと佑の腕の中から抜け出すと、彼の手が何かを求めてモソモソ動く。

「どうぞ」

 とりあえず、香澄は自分の枕を佑に抱かせておいた。
 ルームシューズを履いて手洗いに向かい、用を済ました時に気づいた。

(あー、そっか。そろそろ出血の時期だった)

 ピルを飲んでいる間、厳密には生理とは違う出血がある。
 だがそれもごく少量で、あらかじめ二十八日周期に訪れると分かっているので、普通の生理と比べるととても楽だ。

 以前は生理痛が重たい時もありPMSにも悩まされていたが、ピルを飲み始めてからグンと体調が良くなった。

 札幌にいた頃はストレスで生理が来なかった月もあり、いつ来るかビクビクして、忘れた頃になってベッドが大惨事になった時もある。

(ありがたいなぁ)

 念のためサニタリーショーツに変え、穿いていた下着を洗濯物の袋に入れたあと、リビングのソファに座る。

 室内は暖房で暖まっていて、ポカポカと気持ちいい。

 こちらの暖房はテルモシフォーネと呼ばれ、壁にある水道管からお湯が注がれ室内が暖まるシステムだ。

 お姫様が座っていそうな長椅子に寝そべり、香澄はふあぁ……と欠伸をした。

(非日常にばかりいて、頭がバカになりそう。帰国して復帰して、前みたいにすぐきちんと仕事できればいいけど。……ああ、帰国したら時差ボケの問題もあるか。こっちにいる期間が長いから、一週間ぐらいは違和感が続くって覚悟しないと。その点、佑さんはあちこち飛び回ってるのに凄いなぁ)

 考えながらベッドルームのほうを見て、先ほど見たばかりなのにまた佑の顔が見たくなった。

 思い立ったら即行動で、香澄は足音を殺してコソコソとベッドルームに戻る。

 ベッドを揺らさないように静かにのったあと、ヘッドボードに枕を置いてもたれかかる。

(せっかくだから動画撮っておこう)

 香澄はスマホを構え、動画モードにすると佑の寝姿を撮影しだす。

(格好いいなぁ。寝ていてもイケメンとかもう……。世界で一人だけ、佑さんの寝顔を配信できる動画配信者カスミ。なんちゃって)

 香澄は心の中で意味不明な設定を作り、にやける。

 動画を撮影する時にレコードボタンをタップしたらピコンと音がしたからか、佑が目をしばしばさせたあと、目を擦って香澄を見た。

「……何してるんだ」

「おはようございます。寝起きドッキリです」

 テレビ番組のレポーターの口まねをすると、彼が笑った。

 香澄もクスクス笑い、動画の停止ボタンをタップする。
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