上 下
775 / 1,544
第十三部・イタリア 編

〝人は考える葦〟

しおりを挟む
『……後悔しても、どうにもなりませんね』

 様々な思いから、そんな言葉が漏れた。
 香澄に関わるあらゆる事、エミリアたちに下した沙汰、様々な後悔が佑の胸にのしかかっている。

『人生は前にしか進めない。した事を後悔するより、これから後悔しないように考え続けたまえ。〝人は考える葦〟だ。思考する事は尊く、ゆえに人間は、人生は面白い』

『はい』

 人生の大先輩から言われ、佑は微笑んで頷く。

『それより、今の君に必要なのは休憩ではないかね? 私ならいつでも話し相手になる。今は離れに戻って、夕食までゆっくり休みたまえ』

『ありがとうございます。そうします』

 佑は礼を言い、立ち上がった。
 マルコと軽くハグをし、リビングにいるルカたちに挨拶をして母屋を出ていく。

 外に出ると爽やかな秋風が心地いい。
 自分は今、太陽の恵み溢れるローマにいるのだと思い、深呼吸をした。

 離れに戻ると、足音を殺してベッドルームに入る。

 相変わらず香澄はくうくう寝ていて、佑は笑みを零した。

(もう少し、人を信じなければ)

 香澄にも「私を信じて」と言われた。

 なにより大切な彼女の言葉を受け入れず、突っ走ろうとした自分に苦い笑いが漏れる。

 立ち止まって休憩している時は、マルコの言葉をすんなり聞き、「あの時の自分はこうだった」と反省できる。

 しかしまた香澄が危機に陥るような事があれば、そんな心の余裕は決して生まれないのは分かっている。

(せめて平和な時ぐらいは、なるべく自分を甘やかすようにしよう)

 まじめで根っからの仕事人である佑は、自分に休憩を与えるのがとても下手だ。

 休日に家で過ごそうと思っても、つい端末を弄ってしまっている。
 だから出雲を誘って食事に行くとか、兄弟からの誘いがあれば応じて、何もなければドライブをして時間を過ごしていた。

(今後、香澄を側に置きながら、できるだけ二人ともゆっくり過ごすためには、どうすればいいのか考えていかなければ)

 考えながら香澄の無防備な寝姿を見ているが、愛しさが溢れて仕方がない。

「香澄、愛してるよ」

 気が付けば彼女に愛を囁き、そんな自分に笑みが零れる。

 自分にとって、香澄を愛する事は当たり前で、なくてはならないものだ。

 佑は彼女がそこにいる事を確認して安心し、ジャケットを脱ぐ。

 ジャケットをウォークインクローゼットのハンガーに掛けてから、スーツケースの中にある服も収納していく。

 香澄の服も掛けてあげたかったが、スーツケースの鍵はバッグに入っているのでやめておいた。

 半袖白Tシャツとスウェットに着替え、佑も少し横になる事にした。

「お邪魔します」

 もそりと羽根布団を捲って香澄の隣に寝転ぶと、彼女の体温で布団が温まっていて思わず笑みが漏れる。

「ぬくぬくうさぎだな」

 愛しくて堪らず、佑は香澄の肩を抱きその頭に唇を押しつける。

「んぅ……?」

 と、起こしてしまったのか、香澄がムニャムニャ言いながら目を開けた。

「ごめん、起こしたか?」

「んーん。……寝るの?」

「ああ、俺も疲れたから少し寝る」

「うん……。寝よ」

 眠たそうに、幸せそうに寝ぼけている香澄は、佑に抱きついてまた目を閉じた。

(ああ、可愛い……)

 すっかりリラックスした佑は、香澄の匂いを思いきり嗅いでから、息を吐くと同時に体から力を抜いていく。

(ここずっと、体に余計な力が入りっぱなしだった気がする。香澄にも気を遣わせてしまったかもしれない)

 一人反省会を始めるも、香澄の体温を感じていると、どんどん思考能力が落ちていく。

 それでも「ローマでの今後の予定を……」と思っていたが、そのうちストンと眠りの淵に落ちてしまった。



**




「…………ん……」

 ふ……と目が覚めると、知らない天井がある。

(どこだっけ……)

 ぼんやりとした頭では何も考えられない。

 とりあえず札幌の実家でもないし、札幌の賃貸マンションでもない。

 モソリと身じろぎすると、体の上に掛かっている腕が力なく香澄を抱いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

処理中です...