774 / 1,549
第十三部・イタリア 編
もう少し肩の力を抜きたまえ
しおりを挟む
『その通りだ。君を傷付ける事を言うが許してほしい。君は自分の理想のお姫様を守りたいがために、現実の彼女を無視して〝こうあって欲しい〟という姿を押しつけようとしている。女性は本来、とてもしたたかだ。妻を亡くした男たちがカフェに入り浸って慰め合っている間、夫を亡くした妻たちは友人同士で世界旅行に行っている』
最後は朗らかに笑い、マルコはティーカップの残りを飲み、おかわりを注ぐ。
『君の気持ちは、若い頃の私そっくりだからとても分かる。だが大事にすればするほど、彼女は成長できなくなると理解しているはずだ。好きな女性を囲い、自分だけ見てほしいと願うのは甘美な夢だ。私もカロリーヌに望んだ事がある。しかし……聡い君なら分かるな? それは対等な関係ではない。ドールハウスの人形で遊ぶのと同義だ』
マルコの言う事が正論すぎて、胸が痛い。
だが身内ではない、恩人で尊敬している彼から言われた言葉だからこそ、とても響いた。
『獅子は子を千尋の谷に落とす。……そこまでしなくてもいいが、香澄さんの自転車の補助輪を外し、後ろから見守る事はできないかね?』
『……難しいですが、努力します』
苦く笑った佑のティーカップに、マルコはおかわりを注ぐ。
『最初はとても難しいだろう。君たちは付き合ってまだ一年も経っていない。まだまだ互いを想い合い、愛しくて堪らない時期だ。だからこそ、鉄は熱いうちに打つんだ。初期の付き合いで形成された関係が、結婚後もずっと続いていく。君に必要なのは香澄さんを尊重して〝適度に〟甘やかす事だ。勿論、恋人の時間は大切にしたまえ』
『……はい』
佑は紅茶を口に含み、フルーティーな香りを味わって嚥下する。
『君も、もう少し肩の力を抜きたまえ。あの事件があって彼女が心配なのも分かるし、多忙なのも分かる。付き合い立ての喜びから、彼女のためにあれこれしてあげたくなるのも分かる。だが一番大切なのは君の心と体だ。私の目から見ても、君は摩耗している。少しスケジュールを抑え気味にして、のんびり過ごしてみてはどうかね?』
『そう……ですね』
今まで周囲から「働きすぎ」と言われていても、体力作りはしているし、よく食べて寝ているから大丈夫だと思っていた。
香澄を側に置くようになり、さらに彼女の事を考え、デートをしてセックスする体力も必要になった。
彼女と過ごす日々は楽しくて仕方がないし、「もっと、もっと」と望む自分がいる。
だが表には出さないものの、心の隅に「今のハイペースがガクンと落ちた時、どうなるのだろう?」という怖れもあった。
周囲の人には何を言われても「そうだな」と言って流していたが、マルコに言われてさすがに己を鑑みた。
そう思えたのは、何よりもマルコが佑より圧倒的な財を築き、世界的に有名な企業の経営者だからだ。
人は自分と同じ経験をし、似た環境に身を置いている、尊敬できる〝上〟の人なら、話を聞き入れる事が多い。
両親や親戚、部下から何を言われても、佑は「まだ頑張れる」と自身に鞭を入れていた。
しかし自分にまったく忖度しない、尊敬と恩がある彼の言葉を聞いて、ようやく目が覚めた気がした。
『香澄さんがイタリア観光したいと言うなら、私やルカが付き合おう。パオラも適任かもしれないが、あの子はいま目の離せない子がいるからな』
『ええ』
提案されて「気持ちはありがたいが、外国で香澄を一人にできない」と思いかけ、こういうところが駄目なのかと項垂れた。
佑の心情が手に取るように分かるのか、マルコは肩を揺らして笑った。
『ほら、また過保護になろうとしているな。君も生真面目だな。すべて自分で管理し、確認しないと気が済まないだろう。頼もしいリーダーではあるが、そのうち過労死するタイプでもあるぞ』
過労死と言われ、ドキッとした。
『若くて美しい香澄さんを未亡人にしたくなければ、適度に気を抜いて、休む時はすべてのスイッチを切りたまえ。ローマにいる間、離れで香澄さんを抱き締めて過ごしても構わない。食事は母屋に来てくれれば何でもだすし、気分を変えたかったら皆で食事をしに行こう。君にはそういう、心安らげる時間が必要だ』
『そう……ですね』
佑は椅子の背もたれに体を預け、ぼんやりとサンルームの中を見る。
そしてマルコの足元に座っている犬たちを見て、力ない笑みを浮かべた。
今の自分の心を分析すれば、香澄を心配する気持ち、仕事、エミリアとフランクへの憎しみ、そして自己嫌悪と後悔で一杯だ。
どこにも優しくて穏やかな余白がない。
『……お言葉に甘えたいと思います』
『ああ』
佑の答えを聞いて、マルコは本当の祖父のように優しく微笑んだ。
最後は朗らかに笑い、マルコはティーカップの残りを飲み、おかわりを注ぐ。
『君の気持ちは、若い頃の私そっくりだからとても分かる。だが大事にすればするほど、彼女は成長できなくなると理解しているはずだ。好きな女性を囲い、自分だけ見てほしいと願うのは甘美な夢だ。私もカロリーヌに望んだ事がある。しかし……聡い君なら分かるな? それは対等な関係ではない。ドールハウスの人形で遊ぶのと同義だ』
マルコの言う事が正論すぎて、胸が痛い。
だが身内ではない、恩人で尊敬している彼から言われた言葉だからこそ、とても響いた。
『獅子は子を千尋の谷に落とす。……そこまでしなくてもいいが、香澄さんの自転車の補助輪を外し、後ろから見守る事はできないかね?』
『……難しいですが、努力します』
苦く笑った佑のティーカップに、マルコはおかわりを注ぐ。
『最初はとても難しいだろう。君たちは付き合ってまだ一年も経っていない。まだまだ互いを想い合い、愛しくて堪らない時期だ。だからこそ、鉄は熱いうちに打つんだ。初期の付き合いで形成された関係が、結婚後もずっと続いていく。君に必要なのは香澄さんを尊重して〝適度に〟甘やかす事だ。勿論、恋人の時間は大切にしたまえ』
『……はい』
佑は紅茶を口に含み、フルーティーな香りを味わって嚥下する。
『君も、もう少し肩の力を抜きたまえ。あの事件があって彼女が心配なのも分かるし、多忙なのも分かる。付き合い立ての喜びから、彼女のためにあれこれしてあげたくなるのも分かる。だが一番大切なのは君の心と体だ。私の目から見ても、君は摩耗している。少しスケジュールを抑え気味にして、のんびり過ごしてみてはどうかね?』
『そう……ですね』
今まで周囲から「働きすぎ」と言われていても、体力作りはしているし、よく食べて寝ているから大丈夫だと思っていた。
香澄を側に置くようになり、さらに彼女の事を考え、デートをしてセックスする体力も必要になった。
彼女と過ごす日々は楽しくて仕方がないし、「もっと、もっと」と望む自分がいる。
だが表には出さないものの、心の隅に「今のハイペースがガクンと落ちた時、どうなるのだろう?」という怖れもあった。
周囲の人には何を言われても「そうだな」と言って流していたが、マルコに言われてさすがに己を鑑みた。
そう思えたのは、何よりもマルコが佑より圧倒的な財を築き、世界的に有名な企業の経営者だからだ。
人は自分と同じ経験をし、似た環境に身を置いている、尊敬できる〝上〟の人なら、話を聞き入れる事が多い。
両親や親戚、部下から何を言われても、佑は「まだ頑張れる」と自身に鞭を入れていた。
しかし自分にまったく忖度しない、尊敬と恩がある彼の言葉を聞いて、ようやく目が覚めた気がした。
『香澄さんがイタリア観光したいと言うなら、私やルカが付き合おう。パオラも適任かもしれないが、あの子はいま目の離せない子がいるからな』
『ええ』
提案されて「気持ちはありがたいが、外国で香澄を一人にできない」と思いかけ、こういうところが駄目なのかと項垂れた。
佑の心情が手に取るように分かるのか、マルコは肩を揺らして笑った。
『ほら、また過保護になろうとしているな。君も生真面目だな。すべて自分で管理し、確認しないと気が済まないだろう。頼もしいリーダーではあるが、そのうち過労死するタイプでもあるぞ』
過労死と言われ、ドキッとした。
『若くて美しい香澄さんを未亡人にしたくなければ、適度に気を抜いて、休む時はすべてのスイッチを切りたまえ。ローマにいる間、離れで香澄さんを抱き締めて過ごしても構わない。食事は母屋に来てくれれば何でもだすし、気分を変えたかったら皆で食事をしに行こう。君にはそういう、心安らげる時間が必要だ』
『そう……ですね』
佑は椅子の背もたれに体を預け、ぼんやりとサンルームの中を見る。
そしてマルコの足元に座っている犬たちを見て、力ない笑みを浮かべた。
今の自分の心を分析すれば、香澄を心配する気持ち、仕事、エミリアとフランクへの憎しみ、そして自己嫌悪と後悔で一杯だ。
どこにも優しくて穏やかな余白がない。
『……お言葉に甘えたいと思います』
『ああ』
佑の答えを聞いて、マルコは本当の祖父のように優しく微笑んだ。
33
お気に入りに追加
2,546
あなたにおすすめの小説
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる