772 / 1,544
第十三部・イタリア 編
サンルームの聖人
しおりを挟む
佑は広い庭を歩き、また母屋に向かう。
チャイムを押そうか悩んだが、こちらの人の気質やルカたちの性格も鑑みて、構わずドアを開いた。
日本なら不法侵入とか、礼儀のなっていない人と思われるだろう。
しかし気持ちを許したからこそ、他人行儀にされると傷付く国民性や性格の人もいる。
要はその土地、文化に合った行動をするのがベストだ。
「マルコ」
リビングに向かいつつ呼びかけると、奥からルカが「やあ!」と出てきて明るく挨拶をする。
『香澄は寝た?』
『ああ。中座させてくれてありがとう。彼女は長旅に慣れていないから、きっと疲れていたと思う』
『だよね。寛げる環境でも、旅慣れていない人なら一週間、十日が限界の気がするよ。旅行ツアーの平均もそんなもんだし』
ルカが肩をすくめる。
『連れ回して申し訳なく思っている。帰国したらゆっくり甘やかしてあげたい』
『そうしなよ。さあ、ノンノは奥にいるよ』
ルカについて歩いて行くと、マルコはリビングの奥にあるサンルームにいた。
その膝の上には黒猫がいて、他にも犬や鳥などがマルコを囲んでいる。
(まるで聖人だな)
秋の金色の日差しを受けて穏やかに微笑んでいる老紳士を見て思ったあと、『失礼』と声を掛けた。
その声と気配に、敏感な猫たちがピクッと顔を上げ、サッと離れていってしまった。
申し訳ないな、と思っているとマルコが声を掛けてくる。
『ああ、タスク。待っていた。向かいに座りたまえ』
白いテーブルクロスが掛けられたテーブルには、椅子が四脚ある。
きっとここでいつも寛いでいるのだろう。
『ありがとうございます。マルコ』
テーブルの上には紅茶があり、丁度いい色になっていた。
『ミルクと砂糖は使うかね?』
用意されてあったティーカップに紅茶を注ぎ、マルコが問いかけてくる。
『いいえ、ストレートで結構です』
注がれた紅茶を『いただきます』と受け取り、佑はスッと香りを嗅いだ。
『いい香りですね』
『ありがとう。知り合いの所の物なんだ』
軽くティーカップを掲げてウインクをしたマルコは、先に紅茶に口をつけた。
佑も同じようにティーカップを掲げ、フルーティーな味わいのある紅茶を口に含む。
『……少しは落ち着いたかね?』
ティーカップをソーサーに下ろし、マルコが問う。
ルカは去る時に、サンルームのドアを閉めていってくれた。
『色々ありましたが、今はなんとか』
『それは良かった。香澄さんはとても可愛らしくて、いい娘さんじゃないか』
『ありがとうございます。心から愛している自慢の婚約者です』
誇らしげに微笑んだ佑の顔を見て、マルコは『あの時と顔つきが違うな』と笑う。
『改めてイギリスではありがとうございました。心からの礼を申し上げます。あなたがいなければ、あの場は収まらなかったでしょう』
『いいや。君も君の従兄弟や友人、部下たちもよくやったとも。あれは全員がいたから、なしえた偉業だ。誰もが胸に痛みを抱え、香澄さんという一人の女性を救うために奔走した』
ぐっとこみ上げるものがあるが、懸命に押し殺す。
『……すみません。彼女が関わると、俺は感情的になってしまう。仕事はもっとクールにやれているのですが、プライベートだと、てんで駄目ですね』
表情が崩れかけたのを誤魔化して笑ったが、マルコは穏やかな表情でゆるりと首を横に振る。
『おかしな事はない。私だってカロリーヌや子供、孫たちが危機にさらされれば動揺し、怒り狂って慟哭するだろう。二度と手放さないように心配性になり、焼きもち妬きになる。時に残酷な記憶を思いだしては、不安定になるだろう。それが人間だ。佑、そこまで感情を動かされる女性に出会えたのは、本当の意味での財産だ。誇りに思いたまえ』
『……ありがとうございます』
目頭が熱くなりそうで、佑は泣き笑いのような表情で礼を言った。
『佑、一つ言っておこう。私たちのような所謂〝持てる者〟はその他大勢から勝手な色眼鏡で見られがちだ。〝あの人は金持ちだからすべてを持っている〟〝叶わない事などなく、挫折も経験した事がないのだろう〟〝一般人の苦しみなど分からないのだろう〟……実に色んな想像をされる。だが私たちは金を多少持っているだけの、ただの人間だ。イエス・キリストのように人を救える訳でもなく、綺麗なものだけで構成され、排泄しない〝人形〟でもない』
佑は小さく頷く。
チャイムを押そうか悩んだが、こちらの人の気質やルカたちの性格も鑑みて、構わずドアを開いた。
日本なら不法侵入とか、礼儀のなっていない人と思われるだろう。
しかし気持ちを許したからこそ、他人行儀にされると傷付く国民性や性格の人もいる。
要はその土地、文化に合った行動をするのがベストだ。
「マルコ」
リビングに向かいつつ呼びかけると、奥からルカが「やあ!」と出てきて明るく挨拶をする。
『香澄は寝た?』
『ああ。中座させてくれてありがとう。彼女は長旅に慣れていないから、きっと疲れていたと思う』
『だよね。寛げる環境でも、旅慣れていない人なら一週間、十日が限界の気がするよ。旅行ツアーの平均もそんなもんだし』
ルカが肩をすくめる。
『連れ回して申し訳なく思っている。帰国したらゆっくり甘やかしてあげたい』
『そうしなよ。さあ、ノンノは奥にいるよ』
ルカについて歩いて行くと、マルコはリビングの奥にあるサンルームにいた。
その膝の上には黒猫がいて、他にも犬や鳥などがマルコを囲んでいる。
(まるで聖人だな)
秋の金色の日差しを受けて穏やかに微笑んでいる老紳士を見て思ったあと、『失礼』と声を掛けた。
その声と気配に、敏感な猫たちがピクッと顔を上げ、サッと離れていってしまった。
申し訳ないな、と思っているとマルコが声を掛けてくる。
『ああ、タスク。待っていた。向かいに座りたまえ』
白いテーブルクロスが掛けられたテーブルには、椅子が四脚ある。
きっとここでいつも寛いでいるのだろう。
『ありがとうございます。マルコ』
テーブルの上には紅茶があり、丁度いい色になっていた。
『ミルクと砂糖は使うかね?』
用意されてあったティーカップに紅茶を注ぎ、マルコが問いかけてくる。
『いいえ、ストレートで結構です』
注がれた紅茶を『いただきます』と受け取り、佑はスッと香りを嗅いだ。
『いい香りですね』
『ありがとう。知り合いの所の物なんだ』
軽くティーカップを掲げてウインクをしたマルコは、先に紅茶に口をつけた。
佑も同じようにティーカップを掲げ、フルーティーな味わいのある紅茶を口に含む。
『……少しは落ち着いたかね?』
ティーカップをソーサーに下ろし、マルコが問う。
ルカは去る時に、サンルームのドアを閉めていってくれた。
『色々ありましたが、今はなんとか』
『それは良かった。香澄さんはとても可愛らしくて、いい娘さんじゃないか』
『ありがとうございます。心から愛している自慢の婚約者です』
誇らしげに微笑んだ佑の顔を見て、マルコは『あの時と顔つきが違うな』と笑う。
『改めてイギリスではありがとうございました。心からの礼を申し上げます。あなたがいなければ、あの場は収まらなかったでしょう』
『いいや。君も君の従兄弟や友人、部下たちもよくやったとも。あれは全員がいたから、なしえた偉業だ。誰もが胸に痛みを抱え、香澄さんという一人の女性を救うために奔走した』
ぐっとこみ上げるものがあるが、懸命に押し殺す。
『……すみません。彼女が関わると、俺は感情的になってしまう。仕事はもっとクールにやれているのですが、プライベートだと、てんで駄目ですね』
表情が崩れかけたのを誤魔化して笑ったが、マルコは穏やかな表情でゆるりと首を横に振る。
『おかしな事はない。私だってカロリーヌや子供、孫たちが危機にさらされれば動揺し、怒り狂って慟哭するだろう。二度と手放さないように心配性になり、焼きもち妬きになる。時に残酷な記憶を思いだしては、不安定になるだろう。それが人間だ。佑、そこまで感情を動かされる女性に出会えたのは、本当の意味での財産だ。誇りに思いたまえ』
『……ありがとうございます』
目頭が熱くなりそうで、佑は泣き笑いのような表情で礼を言った。
『佑、一つ言っておこう。私たちのような所謂〝持てる者〟はその他大勢から勝手な色眼鏡で見られがちだ。〝あの人は金持ちだからすべてを持っている〟〝叶わない事などなく、挫折も経験した事がないのだろう〟〝一般人の苦しみなど分からないのだろう〟……実に色んな想像をされる。だが私たちは金を多少持っているだけの、ただの人間だ。イエス・キリストのように人を救える訳でもなく、綺麗なものだけで構成され、排泄しない〝人形〟でもない』
佑は小さく頷く。
32
お気に入りに追加
2,511
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
なりゆきで、君の体を調教中
星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる