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第十三部・イタリア 編

不吉な子守歌

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 海外の面白寿司を見ると、寿司職人は閉口するかもしれない。

 頑固タイプはそうかもしれないし、柔軟な人はどんな形であっても、寿司文化が広がって嬉しいと思うかもしれない。

 考え方はそれぞれだが、香澄は世界中の人に日本を知ってもらい、好きになってくれたらいいな、と思っている。

 何せ、日本をよく知らない人の中には、中国の領土の中にあると思っている人も本当にいるからだ。

「ねぇ、佑さん」

 ウトウトと目を瞬かせ、香澄は欠伸を噛み殺して話し掛ける。

「ん?」

「連れてきてくれてありがとう。私、自分では東南アジアしか行った事がないの。安くて比較的距離も近いからお手軽だし。ヨーロッパはずっと憧れていて、初めてブルーメンブラットヴィルに行けた時、本当に嬉しかった。佑さんは私に沢山『嬉しい』をくれるなぁ、って本当に思うよ」

 どんな気持ちも、言葉にしないと伝わらない。

 先ほどルカが言ったばかりだ。

 なので香澄は、溜め込んだ言葉を一気に解き放つのではなく、なるべく小出しにしていこうと努力した。

「愛してる」とか「好き」は、ふざけて言うなら問題ない。
 愛し合っている時は熱に浮かされたような感じで口にしてしまうが、素の時だと恥ずかしい。

 けれど「ありがとう」なら、どれだけでも言える気がした。

「どういたしまして。喜んでもらえて嬉しいよ。こうやって言ってもらえると助かるな。俺はいつも『香澄の喜ぶ事って何だろう?』って考えて、へたな鉄砲をバンバン撃ちまくっている自覚はあるから」

「んふふ」

 香澄は笑ってから、立ち上がって彼の膝の上に乗った。
 両手で頬を挟んでチュッとキスをし、はにかんで微笑んでみせる。

「何をしてくれても嬉しいよ。沢山買ってもらっているのに、『要らない』とか言ってごめんなさい。迷惑な訳じゃないの。素直に喜べないへそ曲がりでごめんなさい」

 佑に抱きつき、香澄はクンクンと彼の耳の裏を嗅ぐ。
 体臭に混じっていい香りがし、香澄はうっとりと目を細めて彼の肩に顔を埋める。

「……可愛いなぁ。何でもしてあげたくなる」

 体越しに、佑の愛しげな声が響く。

「……私も好きだよ……」

 体をくっつけて呟き、佑の体温が気持ちよくて本格的にウトウトしだす。

 母親にしがみつく子供のコアラみたいだと思いながら、香澄は安心しきって大好きな人に身を委ねた。

 佑は背中をトン、トンとゆっくり叩いてくれて、それが心地よくて堪らない。

 そのうち佑は、甘く掠れた声でどこかの国の歌を小さく歌いだす。

 初めて聞いた気がする佑の歌声を聴きながら、香澄はあっという間に眠りの淵に落ちてしまった。





 香澄の体からすっかり力が抜けたのを確認してから、佑は彼女の体を抱いて立ち上がった。

(モリモリ食べてるのに、やっぱり軽いな)

 香澄の健康を心配しだすと、きりがない。

 考えすぎだと頭の中で結論づけ、佑はベッドルームに向かった。

 ベッドに香澄を横たえ、スカートが皺にならないように整える。
 脱がせて下着姿にしても良かったが、同じ建物に護衛たちがいると思うと、少し憚られた。

 イングランド民謡の『グリーンスリーブス』を小さな声で歌いつつ、佑はしばらくベッドの上に座ってぼんやりしていた。

 その曲は英語の歌詞で、佑は勿論意味を理解して歌っている。
 無意識に歌っていて――ハッと口を噤んだ。

「……縁起でもない」

『グリーンスリーブス』のメロディーは、美しくて切なさがあって好きだ。

 しかし男性が自分のもとを去った女性に未練を持ち、悲嘆に暮れている歌詞だ。

 ポピュラーな曲なのでつい口ずさんでしまったが、なんとも縁起が悪い。

「な、香澄」

 彼女の髪を撫でて同意を求めても、スヤスヤ眠っている香澄は答えない。

 香澄は一時、睡眠薬を常用していた。

 ニセコでも薬を飲んでいたようだが、飲まずに眠れるようになったみたいで安堵した。

「本当に良かった……」

 目を細めて微笑し、佑は身を屈めて彼女の額にキスを落とす。

 しばらくそのまま香澄の寝顔を見ていたが、佑は表情を引き締めて静かにベッドを下りた。

 ベッドルームから出て軽くドアを押すと、迷路のように豪勢な部屋が続く空間を抜けて離れを出た。
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