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第十三部・イタリア 編

ピーニャ

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(ゴールデンレトリバー飼ってたって言ってたもんな)

 香澄は彼が飼っていたアレックスという名前の犬が、どうして若いうちに死んでしまったのか聞かされていない。
 だが彼が犬好きなのは知っているので、今の佑の気持ちも手に取るように分かる気がした。

「佑さん、あとで沢山触らせてもらおうね」

「ああ、きっとドッグカフェみたいになってるのかな」

 佑は本当に嬉しそうで、そんな彼の顔を見られるのが嬉しくて堪らない。

『何の話してるの?』

 日本語で話していると、気になったルカがストレートに尋ねてくる。
 遠慮せずに聞いてくるところが彼らしい。

『ごめんなさい。あとで他のワンちゃんも含めて、たっくさんモフモフさせてもらいたいねって言ってたんです』

『勿論! うちは動物園みたいだよ。犬が五匹に猫が四匹。オウム一羽にインコが三羽でしょ。トカゲも一匹飼ってるね』

『すごぉい! ぜひ! 拝見したいです!』

 香澄も動物大好きなので、俄然わくわくしてきた。
「ねっ」と佑を見ると、彼もやはり嬉しそうだ。

『動物アレルギーとかは大丈夫?』

『私は大丈夫です!』

『俺も平気だ』

『良かった!』

 空港を出てしばらく高速道路を走る途中、周りは畑らしい。
 やがてルカは高速道路を下り、のどかな道を走っていく。

『右手にあるでっかい建物は、スーパーマーケットとホームセンター、インテリアショップだよ』

 そこには香澄がよく知る日本の大手食品グループのような、大きな建物がある。

『周りに生えている木は、日本の松と似てますね?』

『そうだよ! イタリアは松の木がよく生えてるんだ。名前はイタリアカサマツ』

 松と言っても日本の物と比べると、ずいぶん背が高い。
 建物の十階まではいかなくても、大きいものなら五階から八階ぐらいはありそうだ。

『大きいですね』

松ぼっくりピーニャがさ、赤ちゃんの頭ぐらいあるんだ。日本に行った時、ピーニャがちっちゃくてカワイイ! って思ったよ。その大きいピーニャから松の実を取って、ジェノベーゼやケーキ、クッキーとかに使うよ』

『へええ……。美味しそう。ピーニャ……ピニャータとは関係ないのかな?』

 ふと音の響きで似て非なるものを思いだす。

 ピニャータとは、メキシコや中南米発祥の風習だ。

 誕生日などのお祝いの日を迎えると、星形のくす玉のような物を下げる。
 それを目隠しをした子供が、スイカ割りのように棒で叩くものだ。

 ピニャータの中にはお菓子が入っていて、子供に大人気だと聞いている。

 香澄はただ「似ているな」と思って口にしただけなのだが、ルカが嬉しそうに声を上げた。

『おっ、いいところに目をつけたね! 松ぼっくりピーニャとは関係ないけど、ピニャータはもともとイタリアの土鍋ピニャッタから来てるとも言われているんだ。昔のイタリアでは、使用人に日頃の感謝を込めて土鍋に果物などを詰めてプレゼントした……っていう習慣があってね。それが伝わったんじゃないかなー、っていう説があるよ』

『なるほど!』

 話している間にルカの車は家々やマンションが並ぶ通りを抜け、庭の広い豪邸に入っていった。

『ローマの真ん中まではいかないんですね?』

『そうだよ。オフィスや僕の家は中心部にあるけど、実家はここ。普段働いてる本社は別の都市にあるんだけど、なるべく実家が近くてマリアもいるローマに滞在してるよ』

 大きな門を通り、ルカは車を停める。
 ドアを開けると、カデンツァが元気に建物のほうへ走っていった。

『カデンツァは、本当はきちんと大人しくできる子なんだ。でもカスミを見て飛びついたのは、だだ漏れる犬好きが分かったのかな』

『あはは。そういうのありますよね。犬を飼っていると犬にも犬好きだって分かるって』

 香澄が子供の頃に、家で犬を飼っていた事があった。

 大往生といえる年齢まで生きて老衰で亡くなった幸せな犬で、本当はそのあとも新しい犬を迎えたかった。

 しかし両親はペットロスが大きく、「飼いたいなら、自分で責任を持って迎えられるようになったら飼いなさい」と言われたまま、一人暮らしになってしまった。

 ペット可の物件に住む事もできただろうが、昼間は仕事で留守にして寂しい思いをさせるのが可哀想で、ずっと我慢していた。

(佑さんはアレックスのペットロスを引きずってそうだから、犬は飼いたいけど要相談だな……)

 考え事をしながら、香澄は後続の車に歩み寄る。

「河野さん、自分の荷物は自分で持ちます!」

 慌てて走っていく香澄のあとを、佑がゆったりついて行った。
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