上 下
757 / 1,548
第十二部・パリ 編

とても遠い彼

しおりを挟む
 が、油断していたところ、あっさりと押し倒されて噛みつくようなキスをされた。

「ん! …………ン」

 ちゅ……っと音をたててから唇を離した佑は、相変わらず傷ついた顔をしている。

 傷付いていながら、目に暗く強い光を宿していた。

「香澄は俺を明るくて平和な世界に導こうとしてくれる。そんな君だから俺は惚れた。……でも、俺にも戦わないといけない時がある。何より大事なもののために、自分の誇りのために、傷ついてでも戦うんだ」

 きっぱり言い切った彼は、迷いを捨て、決意しようとしている。

「香澄にそう言わせたい訳じゃない。俺が血迷ったから心配を掛けた。香澄は忘れてしまって当たり前な目に遭った。俺は香澄を守るためなら、何だって平気な顔でできるようにならなきゃいけない」

 自分に言い聞かせ、新たな呪いを掛ける彼を見て、香澄は首を横に振る。

「……だめ……」

 うずくまっていた兵士が指揮官の命令を聞いて立ち上がり、また傷つきに行くように思えた。

 佑の心は香澄には分からない戦場にある。

 傷ついて、ボロボロになって、香澄のもとに戻って弱音を吐き、癒える間もなくまた傷つきに行く。

 そんな姿を、婚約者として見過ごす訳にいかない。

「駄目だよ、佑さん。私、そんなの望んでない」

 必死に言うものの、佑は今にも泣きそうな顔で笑う。

「……俺は香澄に出会うまで、ろくな男じゃなかった。女性関係も誠実じゃなかった。今だって香澄以外の女性には、何の感情も持たずどんなに冷たい対応もできる」

 佑は彼女を見つめ、頬を撫でながら微笑んだ。

「今まで会社しか大事なものがなかった。そんな俺が、やっと人を愛せるようになったんだ。こんなに大事にしようと必死になっているのも、香澄が生まれて初めてだ。だから……、〝香澄を守る〟っていう俺の役目を奪わないでくれ」

 佑の目が――もとに戻っている。

 切羽詰まった、感情を迸らせた目は落ち着き、目標を立て、それに邁進する決意を固めた目になっている。

 ――あぁ。

 それを見ると、彼をとても遠く感じられた。
 届かない、と思ってしまった。

「――自分を見失ってごめん。香澄に当たって心配させた」

 穏やかに微笑むその顔は、いつもの佑だ。

(私が自分を責めたから、もとに戻った?)

 佑の心のスイッチを察した香澄は、目を閉じて両手で顔を覆い、深く長く息を吐く。

(……私、駄目だ。守りたいのに、いつも守られてる。何をどうしても、佑さんは守ってくれようとする)

 あまりに自分が情けなくて、悔しくて、香澄の唇が歪む。

「香澄、ありがとう。こんなに心配してくれるのは香澄しかいない。けど俺は、一生香澄の前でだけ格好をつけていたい。……男って、そういう仕方のない生き物なんだ」

 佑は頭を撫で、額にキスをして穏やかに笑う。

「……私にできる事はある?」

 せめて何かをしたいと思い、香澄は尋ねる。

「こう言うと、香澄は嫌がるかもしれない。……でも言わせてくれ。危ない事はせず、安全な場所でいつもニコニコしていてほしい。それだけで、俺は本当に頑張れるんだ」

 香澄は佑が示す〝道〟を考える。

 きっと香澄の自由はある程度なくなってしまうだろう。
 しかしChief Everyの社長夫人になるという事は、そういう事だ。

 護衛に守られ、家政婦に家事を任せ、世界の富裕層と繋がり、これから先もとんでもない人達と交流していくだろう。
 守られて、されて当たり前の世界になる。

(その時、私ができる事はなんだろう?)

 自分に問いかけ、返ってきた言葉は消極的で、それでいて仕方のない言葉だ。

(大人しく守られる事。佑さんに迷惑を掛けない事)

 答えを心の中で何度も繰り返し、自分に言い聞かせていく。

(動かない事で佑さんを守れるっていう道も、あるのかもしれない)

 心の中で頷いたあと、香澄は佑に向かって微笑んだ。

「分かった。佑さんを心配させないように生きてみる」

 そう言うと、佑はとても悲しそうに笑った。
 けれど、どこか安心したような表情にも思えて――。

「……愛してるよ」

 佑は香澄を抱き締め、耳元で囁く。

 彼の腕にすっぽりと包まれたまま、香澄は自分の非力さを痛感していた。

 佑と対等になりたいはずなのに、決してなれない。

 生まれも、稼ぎも、社会的立場も何もかも違う。

 恋人、婚約者という立場だからこそ、一方的に守られる。

 ――そんな自分が情けなく、とてもちっぽけに思えた。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

処理中です...