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第十二部・パリ 編
とても遠い彼
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が、油断していたところ、あっさりと押し倒されて噛みつくようなキスをされた。
「ん! …………ン」
ちゅ……っと音をたててから唇を離した佑は、相変わらず傷ついた顔をしている。
傷付いていながら、目に暗く強い光を宿していた。
「香澄は俺を明るくて平和な世界に導こうとしてくれる。そんな君だから俺は惚れた。……でも、俺にも戦わないといけない時がある。何より大事なもののために、自分の誇りのために、傷ついてでも戦うんだ」
きっぱり言い切った彼は、迷いを捨て、決意しようとしている。
「香澄にそう言わせたい訳じゃない。俺が血迷ったから心配を掛けた。香澄は忘れてしまって当たり前な目に遭った。俺は香澄を守るためなら、何だって平気な顔でできるようにならなきゃいけない」
自分に言い聞かせ、新たな呪いを掛ける彼を見て、香澄は首を横に振る。
「……だめ……」
うずくまっていた兵士が指揮官の命令を聞いて立ち上がり、また傷つきに行くように思えた。
佑の心は香澄には分からない戦場にある。
傷ついて、ボロボロになって、香澄のもとに戻って弱音を吐き、癒える間もなくまた傷つきに行く。
そんな姿を、婚約者として見過ごす訳にいかない。
「駄目だよ、佑さん。私、そんなの望んでない」
必死に言うものの、佑は今にも泣きそうな顔で笑う。
「……俺は香澄に出会うまで、ろくな男じゃなかった。女性関係も誠実じゃなかった。今だって香澄以外の女性には、何の感情も持たずどんなに冷たい対応もできる」
佑は彼女を見つめ、頬を撫でながら微笑んだ。
「今まで会社しか大事なものがなかった。そんな俺が、やっと人を愛せるようになったんだ。こんなに大事にしようと必死になっているのも、香澄が生まれて初めてだ。だから……、〝香澄を守る〟っていう俺の役目を奪わないでくれ」
佑の目が――もとに戻っている。
切羽詰まった、感情を迸らせた目は落ち着き、目標を立て、それに邁進する決意を固めた目になっている。
――あぁ。
それを見ると、彼をとても遠く感じられた。
届かない、と思ってしまった。
「――自分を見失ってごめん。香澄に当たって心配させた」
穏やかに微笑むその顔は、いつもの佑だ。
(私が自分を責めたから、もとに戻った?)
佑の心のスイッチを察した香澄は、目を閉じて両手で顔を覆い、深く長く息を吐く。
(……私、駄目だ。守りたいのに、いつも守られてる。何をどうしても、佑さんは守ってくれようとする)
あまりに自分が情けなくて、悔しくて、香澄の唇が歪む。
「香澄、ありがとう。こんなに心配してくれるのは香澄しかいない。けど俺は、一生香澄の前でだけ格好をつけていたい。……男って、そういう仕方のない生き物なんだ」
佑は頭を撫で、額にキスをして穏やかに笑う。
「……私にできる事はある?」
せめて何かをしたいと思い、香澄は尋ねる。
「こう言うと、香澄は嫌がるかもしれない。……でも言わせてくれ。危ない事はせず、安全な場所でいつもニコニコしていてほしい。それだけで、俺は本当に頑張れるんだ」
香澄は佑が示す〝道〟を考える。
きっと香澄の自由はある程度なくなってしまうだろう。
しかしChief Everyの社長夫人になるという事は、そういう事だ。
護衛に守られ、家政婦に家事を任せ、世界の富裕層と繋がり、これから先もとんでもない人達と交流していくだろう。
守られて、されて当たり前の世界になる。
(その時、私ができる事はなんだろう?)
自分に問いかけ、返ってきた言葉は消極的で、それでいて仕方のない言葉だ。
(大人しく守られる事。佑さんに迷惑を掛けない事)
答えを心の中で何度も繰り返し、自分に言い聞かせていく。
(動かない事で佑さんを守れるっていう道も、あるのかもしれない)
心の中で頷いたあと、香澄は佑に向かって微笑んだ。
「分かった。佑さんを心配させないように生きてみる」
そう言うと、佑はとても悲しそうに笑った。
けれど、どこか安心したような表情にも思えて――。
「……愛してるよ」
佑は香澄を抱き締め、耳元で囁く。
彼の腕にすっぽりと包まれたまま、香澄は自分の非力さを痛感していた。
佑と対等になりたいはずなのに、決してなれない。
生まれも、稼ぎも、社会的立場も何もかも違う。
恋人、婚約者という立場だからこそ、一方的に守られる。
――そんな自分が情けなく、とてもちっぽけに思えた。
「ん! …………ン」
ちゅ……っと音をたててから唇を離した佑は、相変わらず傷ついた顔をしている。
傷付いていながら、目に暗く強い光を宿していた。
「香澄は俺を明るくて平和な世界に導こうとしてくれる。そんな君だから俺は惚れた。……でも、俺にも戦わないといけない時がある。何より大事なもののために、自分の誇りのために、傷ついてでも戦うんだ」
きっぱり言い切った彼は、迷いを捨て、決意しようとしている。
「香澄にそう言わせたい訳じゃない。俺が血迷ったから心配を掛けた。香澄は忘れてしまって当たり前な目に遭った。俺は香澄を守るためなら、何だって平気な顔でできるようにならなきゃいけない」
自分に言い聞かせ、新たな呪いを掛ける彼を見て、香澄は首を横に振る。
「……だめ……」
うずくまっていた兵士が指揮官の命令を聞いて立ち上がり、また傷つきに行くように思えた。
佑の心は香澄には分からない戦場にある。
傷ついて、ボロボロになって、香澄のもとに戻って弱音を吐き、癒える間もなくまた傷つきに行く。
そんな姿を、婚約者として見過ごす訳にいかない。
「駄目だよ、佑さん。私、そんなの望んでない」
必死に言うものの、佑は今にも泣きそうな顔で笑う。
「……俺は香澄に出会うまで、ろくな男じゃなかった。女性関係も誠実じゃなかった。今だって香澄以外の女性には、何の感情も持たずどんなに冷たい対応もできる」
佑は彼女を見つめ、頬を撫でながら微笑んだ。
「今まで会社しか大事なものがなかった。そんな俺が、やっと人を愛せるようになったんだ。こんなに大事にしようと必死になっているのも、香澄が生まれて初めてだ。だから……、〝香澄を守る〟っていう俺の役目を奪わないでくれ」
佑の目が――もとに戻っている。
切羽詰まった、感情を迸らせた目は落ち着き、目標を立て、それに邁進する決意を固めた目になっている。
――あぁ。
それを見ると、彼をとても遠く感じられた。
届かない、と思ってしまった。
「――自分を見失ってごめん。香澄に当たって心配させた」
穏やかに微笑むその顔は、いつもの佑だ。
(私が自分を責めたから、もとに戻った?)
佑の心のスイッチを察した香澄は、目を閉じて両手で顔を覆い、深く長く息を吐く。
(……私、駄目だ。守りたいのに、いつも守られてる。何をどうしても、佑さんは守ってくれようとする)
あまりに自分が情けなくて、悔しくて、香澄の唇が歪む。
「香澄、ありがとう。こんなに心配してくれるのは香澄しかいない。けど俺は、一生香澄の前でだけ格好をつけていたい。……男って、そういう仕方のない生き物なんだ」
佑は頭を撫で、額にキスをして穏やかに笑う。
「……私にできる事はある?」
せめて何かをしたいと思い、香澄は尋ねる。
「こう言うと、香澄は嫌がるかもしれない。……でも言わせてくれ。危ない事はせず、安全な場所でいつもニコニコしていてほしい。それだけで、俺は本当に頑張れるんだ」
香澄は佑が示す〝道〟を考える。
きっと香澄の自由はある程度なくなってしまうだろう。
しかしChief Everyの社長夫人になるという事は、そういう事だ。
護衛に守られ、家政婦に家事を任せ、世界の富裕層と繋がり、これから先もとんでもない人達と交流していくだろう。
守られて、されて当たり前の世界になる。
(その時、私ができる事はなんだろう?)
自分に問いかけ、返ってきた言葉は消極的で、それでいて仕方のない言葉だ。
(大人しく守られる事。佑さんに迷惑を掛けない事)
答えを心の中で何度も繰り返し、自分に言い聞かせていく。
(動かない事で佑さんを守れるっていう道も、あるのかもしれない)
心の中で頷いたあと、香澄は佑に向かって微笑んだ。
「分かった。佑さんを心配させないように生きてみる」
そう言うと、佑はとても悲しそうに笑った。
けれど、どこか安心したような表情にも思えて――。
「……愛してるよ」
佑は香澄を抱き締め、耳元で囁く。
彼の腕にすっぽりと包まれたまま、香澄は自分の非力さを痛感していた。
佑と対等になりたいはずなのに、決してなれない。
生まれも、稼ぎも、社会的立場も何もかも違う。
恋人、婚約者という立場だからこそ、一方的に守られる。
――そんな自分が情けなく、とてもちっぽけに思えた。
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