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第十二部・パリ 編
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しばらく香澄は言葉を選び、打ち消しては考える。
やがて、これしかないと諦めて口を開いた。
「……覚えていなくてごめんね」
ビク、と腕の中の体が震えた。
「私は、佑さんが誰に会いに行ったのか分からない。アドラーさん達に会って、こんなに疲弊するはずがない。確かにクラウザー家の方々とは揉めたけど、親族にならストレートに言えるし我慢しないでしょ? だから、クラウザー家の方々とは違う、〝誰か〟に会ったんだと思ってた。エミリアさんかもしれないし、別の誰かかもしれない」
「……香澄」
佑が咎めるような声で名を呼んだけれど、香澄は構わず続ける。
「自信過剰な事を言うけど、佑さんがここまでボロボロになるって、必死に私を庇ってくれての事だと思うの。私が忘れてしまっている八月のイギリスでの事に関係しているんでしょう?」
「違う、別の事だ」
苛立ったような声の奥に、佑の優しさを感じる。
彼をよく知らない人なら、この怒ったような声に怯えるだろう。
だが香澄は佑をよく知っていると自負しているから、こんな事で誤魔化されない。
「ごめんね。……私が一番苦しまないといけないのに、代わりに佑さんが苦しんでくれている」
情けなさ、もあるのだと思う。
同時にこんなに傷ついてまで自分を守ってくれる佑への感謝が、とめどなく涙となって溢れてくる。
「違う」
腕の中の彼を、ぎゅう、と抱き締めた。
まるで手負いの獣を抱き締めているようだ。
目を閉じて、大きな守護獣を想像する。
大きな尻尾でいつも包み込むように守ってくれて、香澄には見えない場所に沢山の傷を負っている。
綺麗な色の毛皮には、香澄を害そうとした剣や槍、矢が突き刺さっている。
血にまみれた場所もあるだろうに、この守護獣は決して香澄に自分が怪我をしていると言わない。
「一人で戦えるように強くなるとか、そういう事は言わない。佑さんはこれからも私を守り続けてくれると思うから。……これから生まれるかもしれない子供も一緒に」
香澄はいい匂いのする髪の毛に頬を埋め、彼の頭を撫でた。
「でもね、いつまでも完璧であろうとしなくていいんだよ」
完璧。――それは、香澄自身を縛っている呪いの言葉だ。
いつも「御劔社長の完璧な秘書・婚約者でいなければ」という呪いを、香澄は自分にかけてしまっている。
それと同じものを佑にも感じた。
「Chief Everyの社長だから、しっかりしないとっていうのは分かる。お仕事だもの。佑さんはメディアに出ている人で、一歩外に出ると大勢の人から見られる。でもね、家族になる私の前でまで強がらなくていいんだよ。男の人でも泣いていいの。傷ついたなら、『つらい』って言っていいの。……弱さを見せてくれていいんだよ」
最後の一言と共に、香澄の声が涙で崩れた。
傷ついた佑が愛しくて、次から次に、とめどなく涙が溢れてくる。
「お願い、私を信じて。私にあなたの弱さも、汚い所も、ずるさも、すべて見せて」
――あぁ、なんて傲慢なんだろう。
――私は彼にそんな姿を見せたくないと思っているのに、自分では望んでしまう。
――好きな人だからこそ、あます事なく見たいと欲張ってしまう。
自分の強欲さにあきれ果てながらも、香澄は佑に希う。
「私はなんだって受け入れる。佑さんと結婚するって決めた時から、覚悟はできてるの。だから、……お願いだから、自分を傷付ける事を言わないで」
佑は何も言わない。
先ほどのように反発しないところを見ると、少しは気持ちが伝わっているのでは、と思った。
「私は純粋培養のお嬢様じゃないし、ごく普通に汚れてる。佑さんが思っているような聖女じゃないの。それを決めるのは佑さんじゃない。私だよ」
佑の手がもそりと動き、香澄の背中を探りお尻を撫でてくる。
彼は香澄の乳首を口に含み、やわやわと吸ってきた。
(……もう)
誰よりも頼りがいのある格好いい人なのに、自分の前でだけ、人間らしい弱い面を見せてくれるのが、可愛くて堪らない。
香澄はにっこりと微笑み、佑を優しく抱き締めた。
「……佑さん、何があったのか教えて」
けれどそう尋ねると、佑の手や舌がピタリと止まる。
やがて、これしかないと諦めて口を開いた。
「……覚えていなくてごめんね」
ビク、と腕の中の体が震えた。
「私は、佑さんが誰に会いに行ったのか分からない。アドラーさん達に会って、こんなに疲弊するはずがない。確かにクラウザー家の方々とは揉めたけど、親族にならストレートに言えるし我慢しないでしょ? だから、クラウザー家の方々とは違う、〝誰か〟に会ったんだと思ってた。エミリアさんかもしれないし、別の誰かかもしれない」
「……香澄」
佑が咎めるような声で名を呼んだけれど、香澄は構わず続ける。
「自信過剰な事を言うけど、佑さんがここまでボロボロになるって、必死に私を庇ってくれての事だと思うの。私が忘れてしまっている八月のイギリスでの事に関係しているんでしょう?」
「違う、別の事だ」
苛立ったような声の奥に、佑の優しさを感じる。
彼をよく知らない人なら、この怒ったような声に怯えるだろう。
だが香澄は佑をよく知っていると自負しているから、こんな事で誤魔化されない。
「ごめんね。……私が一番苦しまないといけないのに、代わりに佑さんが苦しんでくれている」
情けなさ、もあるのだと思う。
同時にこんなに傷ついてまで自分を守ってくれる佑への感謝が、とめどなく涙となって溢れてくる。
「違う」
腕の中の彼を、ぎゅう、と抱き締めた。
まるで手負いの獣を抱き締めているようだ。
目を閉じて、大きな守護獣を想像する。
大きな尻尾でいつも包み込むように守ってくれて、香澄には見えない場所に沢山の傷を負っている。
綺麗な色の毛皮には、香澄を害そうとした剣や槍、矢が突き刺さっている。
血にまみれた場所もあるだろうに、この守護獣は決して香澄に自分が怪我をしていると言わない。
「一人で戦えるように強くなるとか、そういう事は言わない。佑さんはこれからも私を守り続けてくれると思うから。……これから生まれるかもしれない子供も一緒に」
香澄はいい匂いのする髪の毛に頬を埋め、彼の頭を撫でた。
「でもね、いつまでも完璧であろうとしなくていいんだよ」
完璧。――それは、香澄自身を縛っている呪いの言葉だ。
いつも「御劔社長の完璧な秘書・婚約者でいなければ」という呪いを、香澄は自分にかけてしまっている。
それと同じものを佑にも感じた。
「Chief Everyの社長だから、しっかりしないとっていうのは分かる。お仕事だもの。佑さんはメディアに出ている人で、一歩外に出ると大勢の人から見られる。でもね、家族になる私の前でまで強がらなくていいんだよ。男の人でも泣いていいの。傷ついたなら、『つらい』って言っていいの。……弱さを見せてくれていいんだよ」
最後の一言と共に、香澄の声が涙で崩れた。
傷ついた佑が愛しくて、次から次に、とめどなく涙が溢れてくる。
「お願い、私を信じて。私にあなたの弱さも、汚い所も、ずるさも、すべて見せて」
――あぁ、なんて傲慢なんだろう。
――私は彼にそんな姿を見せたくないと思っているのに、自分では望んでしまう。
――好きな人だからこそ、あます事なく見たいと欲張ってしまう。
自分の強欲さにあきれ果てながらも、香澄は佑に希う。
「私はなんだって受け入れる。佑さんと結婚するって決めた時から、覚悟はできてるの。だから、……お願いだから、自分を傷付ける事を言わないで」
佑は何も言わない。
先ほどのように反発しないところを見ると、少しは気持ちが伝わっているのでは、と思った。
「私は純粋培養のお嬢様じゃないし、ごく普通に汚れてる。佑さんが思っているような聖女じゃないの。それを決めるのは佑さんじゃない。私だよ」
佑の手がもそりと動き、香澄の背中を探りお尻を撫でてくる。
彼は香澄の乳首を口に含み、やわやわと吸ってきた。
(……もう)
誰よりも頼りがいのある格好いい人なのに、自分の前でだけ、人間らしい弱い面を見せてくれるのが、可愛くて堪らない。
香澄はにっこりと微笑み、佑を優しく抱き締めた。
「……佑さん、何があったのか教えて」
けれどそう尋ねると、佑の手や舌がピタリと止まる。
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