上 下
735 / 1,544
第十二部・パリ 編

凱旋門

しおりを挟む
 ホテルを出たあと、徒歩で凱旋門、エッフェル塔を見て、またホテルに戻る事にした。

 目的地を通過するだけでも二時間はかかるので、合間にランチをし、店を覗けばうまく一日が経つだろう。

 なお例のオーバードの本店は、ホテルの目と鼻の先にあっていつでも行ける。
 とはいえ、佑の事なのでぬかりなく来店すると告げているのだろう。

 そして歩きながら、遠くに凱旋門が見える所まで来ている。

「でっかい! なんか巨人のお風呂椅子みたいだね」

 ありがたみのない感想に、佑がぶふっと噴きだす。

 凱旋門の周囲はラウンドアバウトになっていて、車が円を描くように走っているのが見えた。

「あそこ、すっごい車がビュンビュン走ってるけど、近くまで行けるの? まさかベトナムとかみたいに、車が走っている間を突っ切っていかないよね?」

 昔、麻衣と一緒にベトナムに行った。

 信号がほぼない車道をバイクや車がびっちりと走っていて、轢かれそうなスリルを味わいながら、ゆっくり横断した記憶がある。

 ベトナムでの交通量の多さは佑も分かっていて、思わず彼は笑った。

「さすがに違うよ。少し離れた場所に地下への階段があって、入場チケットを買ってまた地上に上がるスタイルなんだ」

「なるほど」

 遠くに見える凱旋門を撮影し、香澄は「納得の造り」と呟く。

 そのあと、件の階段まで向かうのだが、佑はまるでホームタウンのように歩き、地図アプリを確認する姿もない。

「佑さん凄いね。どこの都市に行っても現地の人みたい。私なんて東京でもまだまだ迷うのに」

「パリは何回も来ているし、この辺も慣れているんだ」

「うーん。それがまた凄い……」

 佑は「凄くないよ」と笑う。
 しかしパリに溶け込んでいる佑は、間違いなく〝こなれた人〟だ。

(私はおっかなびっくりしてて、観光客丸出しだもんなぁ)

 その後、地下に潜ってチケットを買い、再び階段を上ると目の前に凱旋門がそびえるのを目にする。

「すごぉい……」

 サグラダファミリアを見た時も凄い建築物だと思ったが、こちらも負けていない。

「凱旋門って……戦いに勝ったっていう事だよね?」
「そう。フランス軍が、オーストリアとロシアの連合軍に勝利した記念に作られた門だよ」

「でもこんな立派な門、凱旋してすぐにくぐれた訳じゃないんでしょ?」

「ああ、建設するのに三十年かかったと言われているよ。戦いに勝った〝記念〟の門なんだ」

「そっか。記念ね……」

「これはエトワール凱旋門っていう名前だ。エトワール……〝星〟の広場は、名前の通りにストリートが放射状に広がっている。最初は五本だったけど、今は通りの本数が増えたし、広場の名前もシャルル・ド・ゴール広場となっている」

「シャルル・ド・ゴールって空港と同じ名前だよね? それも誰かの名前?」

「フランス陸軍の軍人の名前だよ。大統領も務めた事のある人で、パリをナチス・ドイツから解放した事で讃えられている」

「ふぅん……」

 見上げた門は壮大で、ナポレオンの夢が詰まっている気がする。

「で、ナポレオンはこの門ができあがってくぐれたの?」
「いや。完成する前に流刑になって、セント・ヘレナ島で亡くなってる」

「あらー」

 香澄は思わずマダムのような相槌を打ってしまう。

「向かって左の彫刻は、勝利の女神に月桂樹を与えられているナポレオンだ」

「ローリエね」

「そう、それ。香澄が作る煮込みは美味しい」

 佑はクスッと笑ってから、説明を続ける。

「右上の彫刻は、『マルソー将軍の葬儀』。マルソー将軍はオーストリア軍を破った英雄だけど、戦死してしまった人だ。右下は『ラ・マルセイエーズ』」

「あれ? それ聞いた事ある」

「フランス国歌だよ」

「ああーっ! なるほど!」

 大きく納得したあと、香澄はケラケラ笑いだす。

「私、響きが似てるから、つい『浜梨亭』のマルセイバターサンド思い出しちゃった」

 北海道の菓子ブランドの話題になり、佑も相好を崩す。

「確かに似てるな。あれはどういう意味なんだろう?」

「あれは会社の名前みたい。十勝発祥の会社なんだけど、『大器晩成社』の晩成の『成』をマルで囲んでマルセイ」

「ふぅん。一つ賢くなった」

 顔を見合わせて笑い、今度は裏側から見ると、『抵抗』と『平和』の彫刻があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

処理中です...