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第十二部・パリ 編

欲しいもの

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 それでも佑に無駄な金を使わせたくなく、ついそう言ってしまった。

 そう言われると佑も返す言葉がないようで、申し訳なさそうに黙ってしまう。

(しまった! 言い過ぎた)

 焦った香澄は、慌ててフォローする。

「ご、ごめんね? 余計な事だって言いたいんじゃないの。ただ、高級な物は沢山贈ってもらったし、今ある物を上手に合わせたいの。まだ使ってないコスメや着てない服、つけてないアクセサリーとか、沢山あるよ。その子たちが可哀想って思うから、とりあえず今持ってる物を十分楽しんでから、〝次〟にしよう?」

 そう言って、香澄はクロックムッシュに取り掛かった。
 ナイフで切ると、パンに挟まれたハムが現れ、ホワイトソースとベシャメルソースがトロッと溢れてくる。

 彼女が「美味しい」と微笑んでいるのを見て、佑は自嘲めいた笑みを浮かべる。

「……香澄への愛情表現を模索して、どうしても〝物〟に行き着いちゃうのは悪い癖だな。自分では歯止めが掛からないから、今みたいに言ってくれると嬉しい」

 香澄は彼が物を買い与えて、安心しようとする理由を知りたくて尋ねる。

「佑さんは私から何か求められると、安心する?」

「そうだな。香澄は放っておくと、何も『欲しい』って言わないから焦ってしまうんだ。『物欲がない子なのかな?』って思って、つい物で吊ろうとしてしまう」

「え? 私、普通に物欲あるよ?」

「なに?」

 香澄の言葉に、佑が食いついてくる。

「本を読むの好きだから、電子書籍とか結構買ってる。あとは文房具とか、音楽もサブスクよりはCDで買いたい派かな」

 そう言うと、佑が目を輝かせて提案してくる。

「じゃあ、今度一緒に書店に行こう」

「電子書籍は自分のアカウントで買ってるから、佑さんは手出し無用だよ? それに紙の本は、セーブしないと本棚に入らないし」

「じゃあ、家の空き部屋に香澄専用の図書室を作ればいいのかな?」

 真剣な表情で言う佑は何でもやりかねないので、とっさに拒否しておく。

「い、いいよ! キリがないもん」

 香澄は誤魔化すようにハムとチーズを重ねてフォークで刺し、口に入れる。

「文房具も買える余地があるよな……。銀座の『井藤屋』によく遊びに行くって、久住から報告があったっけ」

 大型文房具専門店の名前が出て、香澄は思わずニコニコする。

「あそこ、いるだけで楽しい! 麻衣や友達に沢山お手紙書きたくなるもの」

「……俺に手紙を書いてくれた事ってあったっけ」

 不意に寂しそうな声で言われ、香澄はギクッとする。

「う、うーん……。じゃあ、来年の佑さんの誕生日には、何かお手紙を書くね?」

「濃厚なラブレターを待ってるよ」

「うん。シェイクスピア並みの傑作を期待していたまえ」

 香澄の冗談に佑は噴きだす。

「じゃあ俺は、映画化するツテでも探しておくかな」

「もーっ」

 やはり佑を相手にすると、一つ上の返しがくる。

 お喋りをしている間に、香澄はデザートに取り掛かっていた。
 慎重にフォークを入れ、一口掬って口に入れる。

 周りのモンブランクリームをの中には、生クリームとメレンゲがある。
 濃厚な栗の味が美味しく、病みつきになりそうだ。

「んン、美味しい! コーヒー欲しくなるやつだ」

 その頃にはカフェ・クレームが用意されてあった。

 フランスでコーヒーと言えばエスプレッソが主流となっていて、日本人の感覚で言うコーヒーはカフェ・アロンジェと呼ばれている。
 さらにミルクを入れたカフェ・オ・レにも様々な種類があり、ミルクをスプーン一杯入れたカフェ・ノワゼット、クリーム状にしたミルクを多めに入れるイタリア式のカフェ・ラテなどがある。

 香澄が普段好むミルクの分量は、カフェ・クレームだ。

「香澄、午後は何をしたい?」

 佑はあまり甘い物を食べないので、彼の分のケーキはない。
 その代わりカフェ・アロンジェを飲んでいた。

「ここでイチャイチャしてよう? 佑さん疲れてるでしょ」

「香澄が側にいてくれるなら、いつでも元気なんだけどな」

「だーめ。私が言えた立場じゃないけど、ニセコでの第一印象が『すごい痩せてやつれたな』だった。それからスペインに来ての今でしょ? 元気っぽく振る舞ってるけど、万全じゃないのは分かるよ」

 デザートとコーヒーを終え、香澄は立ち上がると佑のもとに行く。
 彼の頬から顎を撫で、後ろから抱き締めて頬ずりをする。

「私は佑さんが大事なの。忙しい社長さんだからこそ、こういう時は休んでほしい。Chief Everyが幾らホワイト企業で受賞していても、佑さん自身が一人ブラック企業なら意味がないんだよ?」

 言われなくても、彼が体調を崩した原因は自分だ。

 何度謝っても謝りきれない。
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