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第十二部・パリ 編

幸せが濁ってしまう

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「気にするな。世間的にはそう見えても、実際は男が女の掌で転がされてるんだ。アロとクラも決まった相手ができれば分かる」

「あははっ! オーパが言うとすっごい説得力がある!」

 祖父の言葉を聞いて、クラウスが笑った。

「『フラウ・セツコは、クラウザーの獅子の一歩後ろを歩くヤマトナデシコだ』なんて言われてても、実際オーパはオーマに頭が上がらないもんね」

 双子がケタケタと笑い、「ファッティもそうだよなー」と自分の父と母もネタにする。

 メイヤー家にいた時とは打って変わって、明るくはしゃぐ彼らを見て佑は苦笑いした。

(俺が香澄の事でふてくされていても、すでに清算はついている。大事なのはこれからの香澄の心身の健康だ)

 早くパリに戻りたい佑は、やっつけ気味にジョッキを傾けてゴッゴッと飲んでいく。

 どんっと空になったジョッキをテーブルに置いて腕時計を確かめると、ここにいられる時間まであと三十分もない。

「佑。今度、香澄さんがいいと言ってくれたら、またブルーメンブラットヴィルに来てくれ。勿論、お前の意思も尊重する」

 アドラーに言われ、佑は苦笑した。

「オーマに何か言われたのか? 気持ち悪いぐらい改心したな」

 孫に言われ、アドラーは小さく首を横に振った。

「節子に離縁を盾にされたのもあるが、本当に自分の行いを悔いた。節子の事で一生心に残る傷を負ったのに、私は香澄さんを傷つけた。……私は復讐したい気持ちに負けてしまった。節子に厳しく言われ、軽蔑すると言われて、本当に自分が情けなくなった」

 アドラーは額に手を当て、力なく笑う。

 節子にそこまで言われ、愛妻家として相当堪えたのだろう。

 同情する気持ちはない。

 けれど清算がつきつつある今、祖父にも少しは優しい言葉を掛けてやろうかと思った。

「……もし誰かが香澄を犯して孕ませたなら、俺は気がおかしくなるほど怒り狂い、何があっても復讐するだろう。だからオーパのすべてを否定しようと思わない」

 肯定すると、アドラーは微妙な表情で頷いた。

「オーパたちは香澄に謝罪してくれたし、フランク爺さんとも清算がついた。被害者が受けた傷はそのままだけど、時間が少しずつ解決している。香澄やオーマは周りに支えられて立ち上がる力をつけた。そんなしなやかで強い彼女たちに対し、俺たち男がいつまでも誰かへの恨みを引きずっていてはいけない」

 その言葉は、半ば自分に向けられたものだ。

「俺たちが一番にすべきなのは、大事な女性ひとを支えて愛する事だ。仕事だってあるし、余計な場所にエネルギーを使っていられない。前向きに生きなきゃ。……香澄と過ごす時間に余計な事を考えれば、幸せが濁ってしまう」

 不意にエミリアへの憎しみが蘇り、フェレール城で見た化け物の末路を思いだす。

 香澄と一緒にバルセロナでデートした幸せを思い出そうとし、もっと鮮烈で幸せな記憶を……と思い、目を閉じてベッドの中にいる香澄に想いを馳せる。

(……香澄……)

 今頃パリのホテルで寝ているのだろうか。

 電子書籍でも読んでいるのだろうか。
 香澄と共通の話題がほしくて、彼女が読んでいる漫画を購入したはいいが、時間がなくてなかなか読めないでいる。

 ――香澄。

 目が遠くなっていたからか、アドラーに背中を叩かれた。

「!」

「パリに戻りなさい。疲れているだろう。付き合わせて悪かった」

「……そうする」

 疲れ切っているが、まず今は香澄を抱き締めたい。

「タスク、またな」

「ちょっと自粛してたけど、また日本行くねー」

「来なくていい」

 立ち上がって双子を睨み、双子とは対照的に無口なエルマーに手を振る。

「……じゃあ、また」

 会計はこの面々が相手なうえ、彼らはまだ飲みそうなので、そのまま出る事にした。

 電子マネーでビール一杯分を清算しようとすれば、双子に「貧乏ったらしい事すんなよ」と笑われるだろう。

 コートを着てマフラーを巻き、外に出ると護衛たちが立ったまま待っている。
 小山内と呉代のみ店内に入っていたが、残りは店の邪魔になるので外で待機してもらっていた。

「待たせたな。寒いのにすまない」

 佑たちの会話を聞いて呉代がすでに連絡をしていたのか、店の前には車が寄せられていた。

 車に乗った佑は「頼む」と瀬尾に告げ、夜のミュンヘンをぼんやり見る。
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