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第十二部・パリ 編
エールを飲みながら
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すぐにビールが運ばれ、アロイスとクラウスが「Prost!」とジョッキを掲げた。
(……付き合うか)
佑も四人と乾杯し、「ドイツでビールを飲むのも久しぶりだな」と思いつつ喉を鳴らして飲む。
「タスク、ここの餃子美味いから喰えよ?」
アロイスが肘で小突いてくるが、佑は首を左右に振って嫌がる。
「嫌だ。パリで香澄が待ってる。今晩は匂いの強い物はやめておく」
「だから勧めるんだろー? つまんねーの」
クラウスが嘆くように天井を仰ぐのを見て、佑は深々と溜め息をついた。
「……お前ら本当に男の前だと態度が違うな」
「当たり前だろ。女の子には可愛くじゃれてなんぼだよ」
「……どうでもいいけど香澄に構うな」
投げやりな溜め息をつき、佑は枝豆を一つ摘まむ。
「……佑。香澄さんは元気か?」
それまで黙ってエールを飲んでいたアドラーが口を開いた。
青い目の奥に後悔と気遣いが潜んでいるのを見て、佑は特に反発心も持たず答える。
「一応持ち直したようだ。今はパリのホテルにいる。その前はバルセロナやマドリードを案内したけど、楽しそうにしてくれた」
香澄の笑顔を思い出して目を細める佑の言葉の続きを、アドラーは促す。
「どのような経過があった? 私は一切知らされていないから、どうやって香澄さんが立ち直ったのか聞きたい。……お前が聞かせてくれるのなら、だが」
佑に怒りを叩きつけられたからか、節子にチクチク言われたからか分からないが、アドラーは随分と心を入れ替えたようだ。
さすがにここまできて、祖父たちが香澄を害する事はないだろうと思い、佑は溜め息混じりに説明する。
「……香澄は完全に立ち直った訳じゃない。さっきもフランク爺さんのところで言ったが、イギリスでの記憶が抜け落ちている。……八月の終わりに帰国したあと、しばらくは悪夢の中をさまよっているようだった。眠っていて起きたかと思えば、マティアスの夢を見たのか恐慌状態になった。夜だというのに衝動的に家を出て行こうとして……。可哀想なぐらい怯えていて、見ているだけで胸が張り裂けそうだった」
香澄の話をすると、さすがに双子も黙った。
「あの頃の香澄は、生存本能で俺に甘えていた。『人恋しい』なんて言っていたから、もし俺が側にいなければ、誰彼構わず温もりを求めたかもしれない。……それぐらい、香澄は心に傷を負ったんだ。怖くて堪らなくて叫びたいぐらいなのに、懸命に我慢して迷惑を掛けないようにしていた。俺に甘える事で、身を守ろうとしていたんだろう。それでも〝平気なふり〟が崩れてしまう時がある。普通に会話をしていたのに、急に言葉をなくして目の前にいる俺を認識しなくなる」
香澄がどれだけ不安定だったか話すと、つらさが押し寄せてくる。
「俺と愛し合っていても、心ここにあらずの時がある。……最中にマティアスを思いだした事もあった。……結果、拒まれたよ。……その後、香澄は俺から離れて一か月北海道で過ごした。孤独な一か月を過ごして、ようやく香澄に会えた。……あぁ、そうだ。ニセコでフィオーレ社のルカと友達になった。……色々、あったんだ。本当に色々」
溜め息をつき、佑はエールを呷る。
「マルコの孫とも……。それはまた……」
アドラーは、思いも寄らないところから友人の名前が出て絶句していた。
「恩人であるマルコと知り合ったのは俺だけど、ルカと引き合わせてくれたのは香澄だ。彼女はルカに世話になっていたようだから」
アロイスは追加でオーダーした焼き鳥を食べ、尋ねる。
「ルカって挨拶程度に知ってるけど、結構なイケメンだろ? 妬かなかったの?」
「……妬いたよ。香澄に迫っているように見えたから、ストレスが溜まっていたのもあって、勘違いして殴ってしまった。……それでも笑って許してくれた、器の広い奴だったよ」
佑の正直な告白に、双子がブククッと笑いを堪える。
「はー、手の早い奴ってやだねぇ」
「カスミが関わると、バーサーカーになるな、こいつ」
相変わらずの双子の反応に、佑は思わず舌打ちする。
「……香澄さんはエミリアの事を覚えていないんだな?」
エルマーが尋ね、話題が戻る。
「ああ。だがリッチ・カーティスに似た内装のスイートに泊まると、不安げな反応を見せた。……だから今後、泊まるホテルはモダンな部屋だけにする」
「でも女の子って、クラシックな部屋好きだろ? 『お姫様みたい~』って。泊まりたいって言われたらどうする?」
クラウスに尋ねられ、佑は首を横に振る。
「そこはうまくやるさ。香澄は俺が選んだホテルにまず文句をつけない。彼女の望む部屋にしたとしても、自ら高額な部屋に泊まりたがる女性じゃない」
「はぁ~。うまく手懐けてるなぁ」
クラウスの言葉を聞いて佑は少しムッとする。
「手懐けたんじゃない。彼女はもともと控えめな女性なんだ」
「分かってるけど、お前はカスミの性格を理解した上でうまく転がしてるだろ?」
溜め息をついた佑に、アドラーが苦笑して言った。
(……付き合うか)
佑も四人と乾杯し、「ドイツでビールを飲むのも久しぶりだな」と思いつつ喉を鳴らして飲む。
「タスク、ここの餃子美味いから喰えよ?」
アロイスが肘で小突いてくるが、佑は首を左右に振って嫌がる。
「嫌だ。パリで香澄が待ってる。今晩は匂いの強い物はやめておく」
「だから勧めるんだろー? つまんねーの」
クラウスが嘆くように天井を仰ぐのを見て、佑は深々と溜め息をついた。
「……お前ら本当に男の前だと態度が違うな」
「当たり前だろ。女の子には可愛くじゃれてなんぼだよ」
「……どうでもいいけど香澄に構うな」
投げやりな溜め息をつき、佑は枝豆を一つ摘まむ。
「……佑。香澄さんは元気か?」
それまで黙ってエールを飲んでいたアドラーが口を開いた。
青い目の奥に後悔と気遣いが潜んでいるのを見て、佑は特に反発心も持たず答える。
「一応持ち直したようだ。今はパリのホテルにいる。その前はバルセロナやマドリードを案内したけど、楽しそうにしてくれた」
香澄の笑顔を思い出して目を細める佑の言葉の続きを、アドラーは促す。
「どのような経過があった? 私は一切知らされていないから、どうやって香澄さんが立ち直ったのか聞きたい。……お前が聞かせてくれるのなら、だが」
佑に怒りを叩きつけられたからか、節子にチクチク言われたからか分からないが、アドラーは随分と心を入れ替えたようだ。
さすがにここまできて、祖父たちが香澄を害する事はないだろうと思い、佑は溜め息混じりに説明する。
「……香澄は完全に立ち直った訳じゃない。さっきもフランク爺さんのところで言ったが、イギリスでの記憶が抜け落ちている。……八月の終わりに帰国したあと、しばらくは悪夢の中をさまよっているようだった。眠っていて起きたかと思えば、マティアスの夢を見たのか恐慌状態になった。夜だというのに衝動的に家を出て行こうとして……。可哀想なぐらい怯えていて、見ているだけで胸が張り裂けそうだった」
香澄の話をすると、さすがに双子も黙った。
「あの頃の香澄は、生存本能で俺に甘えていた。『人恋しい』なんて言っていたから、もし俺が側にいなければ、誰彼構わず温もりを求めたかもしれない。……それぐらい、香澄は心に傷を負ったんだ。怖くて堪らなくて叫びたいぐらいなのに、懸命に我慢して迷惑を掛けないようにしていた。俺に甘える事で、身を守ろうとしていたんだろう。それでも〝平気なふり〟が崩れてしまう時がある。普通に会話をしていたのに、急に言葉をなくして目の前にいる俺を認識しなくなる」
香澄がどれだけ不安定だったか話すと、つらさが押し寄せてくる。
「俺と愛し合っていても、心ここにあらずの時がある。……最中にマティアスを思いだした事もあった。……結果、拒まれたよ。……その後、香澄は俺から離れて一か月北海道で過ごした。孤独な一か月を過ごして、ようやく香澄に会えた。……あぁ、そうだ。ニセコでフィオーレ社のルカと友達になった。……色々、あったんだ。本当に色々」
溜め息をつき、佑はエールを呷る。
「マルコの孫とも……。それはまた……」
アドラーは、思いも寄らないところから友人の名前が出て絶句していた。
「恩人であるマルコと知り合ったのは俺だけど、ルカと引き合わせてくれたのは香澄だ。彼女はルカに世話になっていたようだから」
アロイスは追加でオーダーした焼き鳥を食べ、尋ねる。
「ルカって挨拶程度に知ってるけど、結構なイケメンだろ? 妬かなかったの?」
「……妬いたよ。香澄に迫っているように見えたから、ストレスが溜まっていたのもあって、勘違いして殴ってしまった。……それでも笑って許してくれた、器の広い奴だったよ」
佑の正直な告白に、双子がブククッと笑いを堪える。
「はー、手の早い奴ってやだねぇ」
「カスミが関わると、バーサーカーになるな、こいつ」
相変わらずの双子の反応に、佑は思わず舌打ちする。
「……香澄さんはエミリアの事を覚えていないんだな?」
エルマーが尋ね、話題が戻る。
「ああ。だがリッチ・カーティスに似た内装のスイートに泊まると、不安げな反応を見せた。……だから今後、泊まるホテルはモダンな部屋だけにする」
「でも女の子って、クラシックな部屋好きだろ? 『お姫様みたい~』って。泊まりたいって言われたらどうする?」
クラウスに尋ねられ、佑は首を横に振る。
「そこはうまくやるさ。香澄は俺が選んだホテルにまず文句をつけない。彼女の望む部屋にしたとしても、自ら高額な部屋に泊まりたがる女性じゃない」
「はぁ~。うまく手懐けてるなぁ」
クラウスの言葉を聞いて佑は少しムッとする。
「手懐けたんじゃない。彼女はもともと控えめな女性なんだ」
「分かってるけど、お前はカスミの性格を理解した上でうまく転がしてるだろ?」
溜め息をついた佑に、アドラーが苦笑して言った。
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