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第十二部・パリ 編
フランクの〝事情〟
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『……私は、お前だけには負けたくなかった』
そう言ってフランクが見たのは、アドラーだ。
『幼い頃から近所に住み、学校も同じだった。若い頃から私とお前の人気は二分し、気がつけばライバルになっていた。親は私に〝負けてはいけない〟と言い、学業以外でもお前に負けないように心がけていた。だが、まじめに勉強するしか能がない私に比べ、お前はユーモアがあり頭脳明晰で、男女問わず人気があった』
長年の劣等感を告白するフランクを、アドラーは黙って見つめている。
『あと少し〝何か〟が違っていたら、私とお前は大親友になれていただろう。だが〝何か〟は重ならず、私は敵対する道を選んでしまった。それからはすべてが芋づる式になった。お前のもとに日本から節子が嫁いだ時、自分にないものに酷く嫉妬した。当時、周りに日本人女性はいなかった。だから慎ましやかな彼女を奪ってやりたかった』
あまりに安易な答えを引き出したフランクに、アドラーは目をつむる。
『側に日本人女性がいれば、お前のように幸せになれるかと思ったんだ。……だが力尽くで奪った節子から得たのは、血が凍ると思うほどの侮蔑だった。大人しくてたおやかな花のようでありながら、……節子の芯は驚くほど強い。あの事件があり、私は二度と後戻りできなくなった』
フランクの言葉を聞き、佑は静かに息をつく。
佑の周りにも、与するか敵対するか迷っている者が大勢いる。
その気持ちは想像できる。
佑にだって憧れの存在はいるし、仕事的に嫉妬する人はいるし、目標としている企業もある。
嫉妬して「自分もああなりたい」「羨ましい」と思う気持ちは、誰だって持つ。
だが憧れに近付くために努力するか、嫉妬した相手の足を引っ張ろうとするかで、天地の差が開く。
フランクは後者になってしまった。
嫉妬したなら「悔しい!」と叫んでいいし、「自分も幸せになりたい」と愚痴っても問題ない。
しかし実際に誰かを害するのは論外だ。
それをした時点で、憧れからはほど遠い犯罪者に成り果てる。
フランクはアドラーに嫉妬するあまり、節子に手を出した。
節子を得たなら、自分もアドラーのようになれると思い込んだのだ。
だがそんな事で、アドラーが努力して得てきたものを、得られるはずがない。
結果的にフランクは、本当に惹かれたのかすら分からない節子を孕ませてしまった。
『節子が身ごもったと知って、私は責任を取る覚悟をした。子供だけでも引き取って育てようと思った』
フランクの言葉にエルマーが顔をしかめる。
『だがお前は頑としてそれに頷かず、節子ともども子供を守り切った。私は息子の成長が気になり、人伝いにエルマーのクラウザー家での様子を聞いた。エルマーは私のせいで虐待されていると思いきや、他の兄弟と分け隔てなく育てられ、クラウザー家の一員として育っていた。……その時、私は初めてお前に〝敵わない〟と思った』
表情を見ただけで、全員が「やめてくれ」と思っているのが分かった。
佑たちはフランクを〝悪〟として断罪するためにここへやってきた。
彼のアドラーへの嫉妬や〝事情〟など聞かされたくなかった。
佑たちは自分たちが、〝被害者〟であると主張したかったのに、フランクは自分もまた心に傷を持つ一人の人間だと訴えてくる。
フランクの人生も過去も無視し、「お前たちのせいで傷ついた」と声高に言い、「許してくれ、悪かった」と懺悔してほしかった。
あるいはふてぶてしく居直る姿を見せたなら、まだ憎み続けられただろう。
――〝加害者となった理由〟など知りたくなかった。
――悪は悪でいてほしかった。
全員が苦虫を噛み潰したような顔をするなか、もう何も隠すものがなくなったフランクは、言葉を続ける。
『私はクラウザー家を羨んでいた。憧れて憎んでいた。その想いを子供や孫に託し、クラウザー家の者に負けないように育てた……つもりだった。クラウザー家の者より優秀になれと言い聞かせた』
アドラーが溜め息混じりに呟く。
『羨んで敵対しても、私たちの幸せは手には入らない。お前ぐらい賢い男なら、それぐらい分かっているだろう』
『……そうだな』
フランクは頷き、疲れたように気弱な笑みを浮かべる。
『私は父、祖父として子供や孫に幸せになってほしいと思っていた。私の教育は間違えていたかもしれないが、愛情まで間違っていたとは思わない。その愛し方が他の家庭や〝常識〟と比べてどうであるか、責められたくない』
静かに言い切ったフランクの言葉を聞き、双子たちが溜め息をつき脚を組む。
佑は膝の上で手を組んだまま、ジッとティーカップを見て自分の心と向き合っていた。
自分がいまフランクに何を感じるか。
――憐憫を抱いてしまっている。
目の前には、自分にないものに憧れた〝普通の男〟がいる。
化け物でもない、感情の表し方を間違えただけの〝普通の男〟だ。
彼もまた、親の教育で歪んだ育ち方をした〝犠牲者〟だ。
だがここでフランクを許してしまっては、ここに来た意味がなくなる。
そう言ってフランクが見たのは、アドラーだ。
『幼い頃から近所に住み、学校も同じだった。若い頃から私とお前の人気は二分し、気がつけばライバルになっていた。親は私に〝負けてはいけない〟と言い、学業以外でもお前に負けないように心がけていた。だが、まじめに勉強するしか能がない私に比べ、お前はユーモアがあり頭脳明晰で、男女問わず人気があった』
長年の劣等感を告白するフランクを、アドラーは黙って見つめている。
『あと少し〝何か〟が違っていたら、私とお前は大親友になれていただろう。だが〝何か〟は重ならず、私は敵対する道を選んでしまった。それからはすべてが芋づる式になった。お前のもとに日本から節子が嫁いだ時、自分にないものに酷く嫉妬した。当時、周りに日本人女性はいなかった。だから慎ましやかな彼女を奪ってやりたかった』
あまりに安易な答えを引き出したフランクに、アドラーは目をつむる。
『側に日本人女性がいれば、お前のように幸せになれるかと思ったんだ。……だが力尽くで奪った節子から得たのは、血が凍ると思うほどの侮蔑だった。大人しくてたおやかな花のようでありながら、……節子の芯は驚くほど強い。あの事件があり、私は二度と後戻りできなくなった』
フランクの言葉を聞き、佑は静かに息をつく。
佑の周りにも、与するか敵対するか迷っている者が大勢いる。
その気持ちは想像できる。
佑にだって憧れの存在はいるし、仕事的に嫉妬する人はいるし、目標としている企業もある。
嫉妬して「自分もああなりたい」「羨ましい」と思う気持ちは、誰だって持つ。
だが憧れに近付くために努力するか、嫉妬した相手の足を引っ張ろうとするかで、天地の差が開く。
フランクは後者になってしまった。
嫉妬したなら「悔しい!」と叫んでいいし、「自分も幸せになりたい」と愚痴っても問題ない。
しかし実際に誰かを害するのは論外だ。
それをした時点で、憧れからはほど遠い犯罪者に成り果てる。
フランクはアドラーに嫉妬するあまり、節子に手を出した。
節子を得たなら、自分もアドラーのようになれると思い込んだのだ。
だがそんな事で、アドラーが努力して得てきたものを、得られるはずがない。
結果的にフランクは、本当に惹かれたのかすら分からない節子を孕ませてしまった。
『節子が身ごもったと知って、私は責任を取る覚悟をした。子供だけでも引き取って育てようと思った』
フランクの言葉にエルマーが顔をしかめる。
『だがお前は頑としてそれに頷かず、節子ともども子供を守り切った。私は息子の成長が気になり、人伝いにエルマーのクラウザー家での様子を聞いた。エルマーは私のせいで虐待されていると思いきや、他の兄弟と分け隔てなく育てられ、クラウザー家の一員として育っていた。……その時、私は初めてお前に〝敵わない〟と思った』
表情を見ただけで、全員が「やめてくれ」と思っているのが分かった。
佑たちはフランクを〝悪〟として断罪するためにここへやってきた。
彼のアドラーへの嫉妬や〝事情〟など聞かされたくなかった。
佑たちは自分たちが、〝被害者〟であると主張したかったのに、フランクは自分もまた心に傷を持つ一人の人間だと訴えてくる。
フランクの人生も過去も無視し、「お前たちのせいで傷ついた」と声高に言い、「許してくれ、悪かった」と懺悔してほしかった。
あるいはふてぶてしく居直る姿を見せたなら、まだ憎み続けられただろう。
――〝加害者となった理由〟など知りたくなかった。
――悪は悪でいてほしかった。
全員が苦虫を噛み潰したような顔をするなか、もう何も隠すものがなくなったフランクは、言葉を続ける。
『私はクラウザー家を羨んでいた。憧れて憎んでいた。その想いを子供や孫に託し、クラウザー家の者に負けないように育てた……つもりだった。クラウザー家の者より優秀になれと言い聞かせた』
アドラーが溜め息混じりに呟く。
『羨んで敵対しても、私たちの幸せは手には入らない。お前ぐらい賢い男なら、それぐらい分かっているだろう』
『……そうだな』
フランクは頷き、疲れたように気弱な笑みを浮かべる。
『私は父、祖父として子供や孫に幸せになってほしいと思っていた。私の教育は間違えていたかもしれないが、愛情まで間違っていたとは思わない。その愛し方が他の家庭や〝常識〟と比べてどうであるか、責められたくない』
静かに言い切ったフランクの言葉を聞き、双子たちが溜め息をつき脚を組む。
佑は膝の上で手を組んだまま、ジッとティーカップを見て自分の心と向き合っていた。
自分がいまフランクに何を感じるか。
――憐憫を抱いてしまっている。
目の前には、自分にないものに憧れた〝普通の男〟がいる。
化け物でもない、感情の表し方を間違えただけの〝普通の男〟だ。
彼もまた、親の教育で歪んだ育ち方をした〝犠牲者〟だ。
だがここでフランクを許してしまっては、ここに来た意味がなくなる。
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