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第十二部・パリ 編
せめて好きな女性の前では
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エミリアを前にしただけでも、かなりの精神的負担がある。
加えて彼女が尋常ではない姿をしているのを見て、「こんな醜いものを見たくない」とうんざりしていた。
この部屋にあるSM道具や器具が発する異様さで、気疲れしているのもある。
『……すみません。少し化粧室を使わせてください』
『構わないとも。そろそろ出よう』
二人は部屋を出て廊下を歩く。
廊下には執事が控えていて、二人の姿を見て慇懃に頭を下げた。
『アラン、彼を化粧室に案内してくれ』
そう言って、ガブリエルは『私は先に戻っているよ』と歩いていった。
案内された化粧室は城内の一部なだけあり、壁には綺麗な壁紙があり、洗面台も精緻な装飾があって美しい。
だが佑には、もうそれらを美しいと思う心の余裕はなかった。
佑はレストスペースにあるソファに座り、背を丸めて両手で顔を覆った。
「……醜い……」
嘆いてしばらく放心し、緩慢な動作でポケットからスマホを取りだした。
そして必死にフォトアルバムを開き、香澄の写真を見る。
「香澄……。香澄……」
エミリアを断罪したつもりでいたのに、佑は彼女の姿を見ただけで心をえぐられていた。
周囲の空気が濁って息苦しさを覚え、必死に清浄なもの――香澄を求める。
つい先日撮影した動画を再生し、彼は微かに笑う。
スマホの中では、表情豊かな香澄が愛くるしい姿を見せている。
ベッドの上でふざけた幸せな時間を思いだし、彼は泣きそうな顔で微笑む。
十回以上香澄の動画を再生したあと、佑はようやく落ち着きを取り戻した。
「香澄を守るためだ。香澄は何も知らなくていい。ただ幸せに笑ってくれればいいんだ。……そのためなら……」
佑はグッ……と瞳の奥に力を込め、目の前の鏡を睨む。
鏡の中の男は、酷い顔色をしている。
血の気を引かせ、目元を荒ませている。
今にも嘔吐しそうに眉間に皺を寄せ、それでも目だけはギラギラと光らせている。
すべて、香澄と自分の幸せ、Chief Everyの未来のためだ。
「このまま爺にも会いに行ってやる」
立ち上がり、佑は両手で自分の頬をバンッと叩いた。
化粧室を出て廊下に控えていたアランに礼を告げると、ガブリエルが待つ客間に戻った。
**
『持ち直したか?』
タブレット端末を弄っていたガブリエルに問われ、佑は苦く微笑む。
『ご多忙なのに時間を取らせてしまってすみません』
『いや、いいさ。年々貫禄の出てきた君が動揺する姿を見られたのは、とても貴重だ』
彼らしい物言いに、佑は思わず笑う。
『彼女はもうこの城から出られない。そう考えていいですね?』
『そうだな。子を作るかは悩みどころだが、もし出産する時は必要なスタッフを城に呼ぶ事にしよう』
『いえ、その時は入院させてください。出産は命に関わります』
とっさに常識的な事を言った瞬間、復讐に駆られるもう一人の佑が、心の中で溜め息をつく。
『君はまだまだ甘ちゃんだな。復讐のために私を頼っておきながら、〝子供〟という言葉が出た途端、人のいい常識人に戻る』
心のズレを指摘され、佑は息をつく。
『……子供に罪はありません。関わりがあるからといって憎めば、負の連鎖が続いていきます。そんな感情に囚われれば、きっと婚約者に嫌われます』
『やはり君は光が当たる世界の人だな。どれだけ憎しみの炎に焼かれても、堕ちきらない』
〝いい子〟だと揶揄されても、反論する言葉はない。
エミリアには徹底的な罰を与えたいが、無垢な赤ん坊を巻き添えにするのは違う。
復讐のためなら何だってするつもりだが、一線を越せば二度と彼女に顔向けできなくなる。
彼女がどれだけ好いてくれても、非人道的な事をしたと知れば、見る目が変わるかもしれない。
『……せめて好きな女性の前では、胸を張れる自分でいたいです』
『そうだな。君は私とは違う。エミリアの事は忘れ、婚約者と幸せに歩むべきだ』
試されるような会話が終わり、佑は解放されたと感じて息をつく。
『……俺はどうやってあなたにお返しすればいいですか?』
『特に必要ない。金には困っていないし、変に物事をこじらせて、君との友情を壊したくない。私は周囲が求める〝伴侶〟を得られて丁度良かったと思っている。君のお陰だ。しかしこれを〝借り〟と思っているのなら、いつか何かを返してもらうためにお預けにしておこう』
『感謝します』
ありがたい言葉に、佑は素直に感謝を示す。
加えて彼女が尋常ではない姿をしているのを見て、「こんな醜いものを見たくない」とうんざりしていた。
この部屋にあるSM道具や器具が発する異様さで、気疲れしているのもある。
『……すみません。少し化粧室を使わせてください』
『構わないとも。そろそろ出よう』
二人は部屋を出て廊下を歩く。
廊下には執事が控えていて、二人の姿を見て慇懃に頭を下げた。
『アラン、彼を化粧室に案内してくれ』
そう言って、ガブリエルは『私は先に戻っているよ』と歩いていった。
案内された化粧室は城内の一部なだけあり、壁には綺麗な壁紙があり、洗面台も精緻な装飾があって美しい。
だが佑には、もうそれらを美しいと思う心の余裕はなかった。
佑はレストスペースにあるソファに座り、背を丸めて両手で顔を覆った。
「……醜い……」
嘆いてしばらく放心し、緩慢な動作でポケットからスマホを取りだした。
そして必死にフォトアルバムを開き、香澄の写真を見る。
「香澄……。香澄……」
エミリアを断罪したつもりでいたのに、佑は彼女の姿を見ただけで心をえぐられていた。
周囲の空気が濁って息苦しさを覚え、必死に清浄なもの――香澄を求める。
つい先日撮影した動画を再生し、彼は微かに笑う。
スマホの中では、表情豊かな香澄が愛くるしい姿を見せている。
ベッドの上でふざけた幸せな時間を思いだし、彼は泣きそうな顔で微笑む。
十回以上香澄の動画を再生したあと、佑はようやく落ち着きを取り戻した。
「香澄を守るためだ。香澄は何も知らなくていい。ただ幸せに笑ってくれればいいんだ。……そのためなら……」
佑はグッ……と瞳の奥に力を込め、目の前の鏡を睨む。
鏡の中の男は、酷い顔色をしている。
血の気を引かせ、目元を荒ませている。
今にも嘔吐しそうに眉間に皺を寄せ、それでも目だけはギラギラと光らせている。
すべて、香澄と自分の幸せ、Chief Everyの未来のためだ。
「このまま爺にも会いに行ってやる」
立ち上がり、佑は両手で自分の頬をバンッと叩いた。
化粧室を出て廊下に控えていたアランに礼を告げると、ガブリエルが待つ客間に戻った。
**
『持ち直したか?』
タブレット端末を弄っていたガブリエルに問われ、佑は苦く微笑む。
『ご多忙なのに時間を取らせてしまってすみません』
『いや、いいさ。年々貫禄の出てきた君が動揺する姿を見られたのは、とても貴重だ』
彼らしい物言いに、佑は思わず笑う。
『彼女はもうこの城から出られない。そう考えていいですね?』
『そうだな。子を作るかは悩みどころだが、もし出産する時は必要なスタッフを城に呼ぶ事にしよう』
『いえ、その時は入院させてください。出産は命に関わります』
とっさに常識的な事を言った瞬間、復讐に駆られるもう一人の佑が、心の中で溜め息をつく。
『君はまだまだ甘ちゃんだな。復讐のために私を頼っておきながら、〝子供〟という言葉が出た途端、人のいい常識人に戻る』
心のズレを指摘され、佑は息をつく。
『……子供に罪はありません。関わりがあるからといって憎めば、負の連鎖が続いていきます。そんな感情に囚われれば、きっと婚約者に嫌われます』
『やはり君は光が当たる世界の人だな。どれだけ憎しみの炎に焼かれても、堕ちきらない』
〝いい子〟だと揶揄されても、反論する言葉はない。
エミリアには徹底的な罰を与えたいが、無垢な赤ん坊を巻き添えにするのは違う。
復讐のためなら何だってするつもりだが、一線を越せば二度と彼女に顔向けできなくなる。
彼女がどれだけ好いてくれても、非人道的な事をしたと知れば、見る目が変わるかもしれない。
『……せめて好きな女性の前では、胸を張れる自分でいたいです』
『そうだな。君は私とは違う。エミリアの事は忘れ、婚約者と幸せに歩むべきだ』
試されるような会話が終わり、佑は解放されたと感じて息をつく。
『……俺はどうやってあなたにお返しすればいいですか?』
『特に必要ない。金には困っていないし、変に物事をこじらせて、君との友情を壊したくない。私は周囲が求める〝伴侶〟を得られて丁度良かったと思っている。君のお陰だ。しかしこれを〝借り〟と思っているのなら、いつか何かを返してもらうためにお預けにしておこう』
『感謝します』
ありがたい言葉に、佑は素直に感謝を示す。
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