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第十二部・パリ 編

ドブネズミに劣る

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『モン・シェリー、君の幼馴染みを連れて来たよ。タスク・ミツルギだ』

 楽しそうなガブリエルの声を聞いて、エミリアの体がビクッと震えた。

 その後、くぐもった声で「ふごーっ! ふごーっ!」と何か叫んでいるが、何を言っているか分からない。

 恐らくマスクの裏にはディルドがあり、彼女の口内を犯しているのだろう。

(……堕ちたな)

 確信し、哀れみと嘲りの感情が浮かび上がる。

 しかし達成感も「これで恨みを晴らせた」という喜びも、何も浮かばなかった。

 エミリアを前にしても、憎しみがさらに膨れ上がる事はない。

 佑の怒りと憎しみは、すでにこれ以上ないほど成長しきっていた。

 それどころか、いま彼の心は凪いでいて、エミリアの姿を見ても何も感じなかった。

 エミリアの乳房が見えていようが、脚を開かれた無防備な姿だろうが、女として見る事はない。

 逆にとても醜悪なものを見せられた気分になり、吐き気すらもよおす。

 目の前に、磔にされたドブネズミがいる感覚だ。

 いや、ドブネズミに失礼だ。

『……醜いな』

 呟くと、怒ったエミリアが「ふごーっ!」と喚いた。

 身動きの取れない彼女を前に、佑は淡々と告げる。

『メイヤーズの株を大暴落させたのは俺だ。友人たちには、お前の不穏な噂を流しておいた。皆、自分の資産は大切だからな。暴落するだろうと思ったメイヤーズが損切りされて当然だ』

 静かな室内に、佑の声とエミリアの呻き声が響く。

 窓からは夕焼け前の光が差し込み、醜悪な女を照らしている。

『ネットではお前のポルノ動画が流れている。見た目で選ばれた、忠誠心のない取り巻きが憂さ晴らしに流したんだろう。みんな〝高貴な女〟の複数プレイの画像や動画に興奮してるぞ。お前の家族も、もちろんテオも知っているだろうな』

「むごーっ!!」

 テオの名前が出て、エミリアは一際激しく暴れる。

 隣に立っているガブリエルは、愉悦の籠もった目でエミリアの姿を見ていた。

『お前の周りを固めていた男たちは、自由になった途端俺についた。彼らは警察にすべて吐いたぞ。本来ならクスリをやっていた事で拘留されていただろうが、ガブに救われた。……良かったな?』

 淡々とした声でエミリアを責めても、やはりなんの感情も湧かない。

 こんなものでは、あの時味わった絶望と怒りは収まらない。

 もっと、香澄と自分が味わった苦悩を味わえばいい。

 そう思うが、一般的な感覚の持ち主の佑には、これ以上の〝何か〟は思いつかない。

 エミリアがガブリエルと結婚した以上、彼女の管理権は彼にある。

 今後は彼に任せ、好きなようにいびってもらう。

 それが一番いいのだろう。

 腐ってもエミリアはメイヤー家の娘で、アパレル会社の元社長だ。
 だからホームレスに抱かせたり、殺すのはまずい。

 佑は一度暗黒面に堕ち、ありとあらゆる報復を考えた。

 だが香澄と一緒にまた光の下で歩むには、あの呪われた八月を忘れなくてはいけない。

 そして、この女を思い出してはいけない。

 エミリアへの復讐ばかり考えていれば、彼女に支配されたままになる。

『フランク爺さんは、お前をガブリエルの妻にするならこれ以上の制裁はやめてやろうという俺の案に飛びついた。お前は自分を溺愛していたフランク爺さんに売られたんだよ。爺さんがあれなら、孫であるお前がここまで歪んでも当然だな』

 今度聞こえたエミリアのうなり声は、悲哀に満ちていた。

『今のお前は弱者だ。哀れな姿になり、俺に〝意地悪〟を言われている。〝助けて〟と誰かに言いたいだろう』

 その言葉を聞いて、「もしかしたら助けてもらえるのかもしれない」と思ったのか、エミリアは激しく頭を縦に振る。

 ――ああ。

 その姿を見て、佑は納得する。

 ――こいつは、何一つ変わっちゃいない。

『香澄が薬を飲まされて抵抗できなかった時、〝助けて〟と誰かに言えたか? 薬を連日飲まされた香澄はお前が狂ったようなセックスをしている横で、裸にされ罵声を浴びせられたそうだな? お前は彼女に水をかけ、ケーキを顔に押しつけて窒息させかけたそうだな? 全部、お前の側にいた者たちが吐いた! そんな目に遭って、何の抵抗もできない香澄が、誰かに〝助けて〟と言えたと思うか!? そんな意思を持てたと思うか!?』

 感情は何も動いていなかったはずなのに、佑の目に涙が浮かび、頬を伝っていく。

「ふごーっ! ふごごごっ! ごっ、むごーっ!」

 エミリアがまた何か激しく呻いている。

 恐らく、香澄を罵っているのだろう。

 自分なら香澄を貶め、邪魔な彼女を排除して当たり前だと言っているのだろう。
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