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第十二部・パリ 編

働くがゆえの休み

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「香澄は変わってるな。普通、皆『働きたくない』って言うけど」

 佑はソファにゆったり座り、楽しそうに香澄を見る。

「お休みが嬉しいのは、働いてこその喜びだよ。毎日お休みだったら、何をして時間を潰すか悩むと思う。打ち込める趣味があるなら別だけど、私は特に何もないもの。それに仕事は好きだし、働きがいがあるからしたいな」

 これは香澄が軸としている考えだ。

 休みは確かに嬉しい。

 それでも香澄は、自由時間がありすぎると困ってしまうタイプだった。
 時間さえあればずっとしていたい事がないため、多すぎる余暇は苦痛にもなる。

 なので北海道での一か月も、最初の一週間は遊び、すぐニセコに向かって働いた。

 八谷では早めに結果を出せたし、自分は労働に向いていると思っている。

 何もしていないのに佑から高価な物を贈られるのは慣れない。

 けれど労働の対価として給料をもらうのは嬉しい。
 貯蓄しつつ、コツコツ旅費を貯めて旅行したり、麻衣と食べ歩きするのはとても楽しい。

 そういう生活を送っていた時は、「もっとお金がほしいな」と思っていた。

 しかし佑と暮らすようになって〝ほしい物〟がなくなったのを思うと、何でもほどほどが一番だと思っている。

 働いて貯蓄しつつ、成瀬たちと飲む生活は楽しいので、Chief Everyの社長秘書としてぜひ働きたい。

 秘書の仕事は楽しいし、やはりやる事があるのはいい。

「……善良な働きアリだな。どこかにいるキリギリスに見習わせたい」

 佑はクスッと笑い、香澄を抱き寄せる。

「じゃあ佑さんは働きアリの親玉だね。あれ? アリの親玉って女王アリ……」

 性別に首を傾げた時、ギュッと抱き締められた。

 驚いて彼を見たが、香澄を抱いたまま遠くを見ている。
 声を掛けようとした時、先に彼が口を開いた。

「今日はこれから、ランチのあとに出掛ける。夜遅くまで帰らないかもしれないし、明日になるかもしれない。大人しく待っていてくれるな?」

「はい」

 バルセロナの時の二の舞は演じないと、香澄は頷く。

「何か食べたい物があったら、遠慮なくコンシェルジュに伝えて。パリ内のパンやB級グルメなら、ホテルで取り寄せてくれるはずだ」

「うん」

 スイートルームのリビングには、ウェルカムドリンクのシャンパンの他、チョコレートやマカロンまであった。

 あまりに立派なので、五つ星ホテルとはこんなサービスまでするのかと思うと同時に、もしかしたら事前に佑が注文してくれたのかもしれないと思っていた。

 彼がそこまで〝巣〟を整えてくれているのに、大人しくしない訳にいかない。

「ねぇ、佑さん」

「ん?」

「……その。なかなか聞けなかったけど、用事があるって……。その、女の人……じゃないよね? 私は嫉妬しなくてもいい案件だよね?」

 気になっていた事を尋ねると、佑がフハッと気の抜けた笑いを漏らした。

「当たり前だよ。仕事じゃないけど、緊張を伴う相手だ。色恋の話はまったくないから安心して」

 ポンポンと頭を撫でられ、香澄は「ならいいや」と再び佑に抱きつく。
 くっついているうちに、部屋のチャイムが鳴った。

「クレープだ!」

 嬉しくなった香澄はドアを開けに行き、ワゴンで運ばれてきたガレット、バスケットに入ったパン類を見て目を輝かせる。

「パリではクレープやガレットにはシードルがセットだから、それも一緒に頼んだよ」

「ありがとう!」

『バルコニーでのランチをお望みとの事ですので、すぐテーブルセットを致します』

 この部屋専属のバトラーなのか、落ち着いた物腰の男性がフロアコンシェルジュと一緒になって動く。
 
二人はあっという間にバルコニーの丸テーブルにテーブルクロスを掛け、中央に小さな花瓶まで置いてくれる。
 カトラリーも完璧にセットされ、街のカフェにでも来た気分だ。

「冷めないうちに食べよう」

 パリ流では、先にしょっぱい具が入ったガレットを食べ、その後に甘いクレープを食べるそうだ。
 ガレットにはベーコンや目玉焼きがのっていて、見た目から食欲を刺激される。

「お洒落だなぁ……」

「香澄、写真を撮りたかったら遠慮しなくていいよ」

「ありがとう!」

 ジャストフォト向けの写真を撮ったあと、香澄はガレットを食べ始める。

 ちなみにクレープは、ガレットを食べ終わるタイミングで温かい物を出してもらえるそうだ。
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