【R-18】【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました

臣桜

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第十一部・スペイン 編

第十一部・終章 パリへ

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『もしもし、お世話になっています。御劔佑です』

『ああ、ムッシュか。明日、パリ入りする予定だって?』

『ええ。マドリードから飛行機でパリへ。それからランスまで向かうので、多少時間がかかります』

『構わないよ。私は自宅で仕事をしているようなものだし』

『何かとお忙しいですよね。そんな中お時間をありがとうございます』

『いいや。……けど君が話したいのは、そんな事じゃないだろう?』

『…………ええ』

 言い当てられ、佑は世間話をするのをやめた。

『〝あれ〟はどうしていますか?』

『ハハ! 〝あれ〟とは私の妻も嫌われたものだな』

 電話の相手が軽やかに笑う。

 佑はカーテンが開いた向こう、夜のマドリードを見る。

 その表情からはいっさいの感情が抜けていた。

『大人しくしていますか?』

 淡々とした佑の声を聞き、相手も彼の気持ちを慮ったのだろうか。
 相手は安心させるような声音で返事をする。

『しっかり〝監視〟しているとも。彼女が一人で外出する事はないから、安心してくれ』

『……なら良かったです』

 佑は微かに安堵する。

 だが胸の奥にザワザワとしたものがあるのは、ずっと変わっていない。
 香澄を取り戻したあの夜から、恐怖は根付き、今もその根を伸ばしている。

(マドリードからパリまで飛行機で約二時間。ホテルに香澄を送ってランチをとって、パリからランスまで車で約一時間半……。夕方前になるか)

『明日、夕方前にそちらに着きます』

『分かった。迎える用意をしておこう』

 少し沈黙が落ち、佑は相手に向かって何と言うべきか言葉を選ぶ。

〝彼〟はとても複雑な人で、複雑な立場にいる。

 佑はそれを利用して、〝彼〟の人生を変えてしまったかもしれない。

『……明日、色々お話したいと思います』

『分かった。待っているよ』

 すべてを言うでもなく察してくれた〝彼〟に感謝し、佑は『では明日』と言って電話を切った。

 佑はスマホをテーブルに置き、手で目元を覆う。

 スペインに来てから香澄をひどく求めているのは、一か月会えなかった反動もあるが、パリに向かう前に不安になっているのを宥めるためでもあった。

 愛しい人なのに、感情を宥めるために抱くなんていけない。

 そもそも、佑が望むセックスは、愛し合いお互いの快楽を求めるためのものだ。

 それが今はあの女の影に怯えて、すべてがおかしくなってしまっている。

「……ケリをつけて、……絶対に『日常』を取り戻すんだ」

 佑はソファの背もたれに身を預け、深く重たい溜息をついた。



**



 翌朝起きてもまだ腰がだるく、歩いてもフラフラしている。

 観光の予定があったなら行動を考えたかもしれないが、今日は移動日だ。

 座っていれば事足りるので、ありがたい。

 佑と一緒に朝食ビュッフェに行っても、バルセロナではないのでフェルナンドに怯える必要もない。

 ゆっくりと朝食をとったあと、荷物をまとめて車に乗り、そのまま空港に向かった。

 燃料を補給し整備も完璧に終えた佑のプライベートジェットに乗り、何となく〝いつもの席〟になっているシートに座ると、空の旅が始まった。

(こんなホテルみたいな飛行機に、自分がいつも座る席があるなんて、本当に夢みたいだなぁ……)

 客室乗務員にオレンジジュースをもらい、香澄はのんびり空の彼方を見る。

 向かいの席に座っている佑を見ると、珍しく目を閉じていた。
 いつもなら話題を振って飽きないようにしてくれるのに、スペインの仕事で疲れたのだろうか。

(そっとしておいてあげよう。……睫毛長いなぁ。格好いい……)

 いつまで見ても飽きない佑の顔を見たあと、香澄はスマホを取りだす。

 そしてシャッター音が鳴らないカメラアプリを立ち上げ、そっと佑の寝顔を写真に撮った。

 麗しく優しい、完璧な婚約者の寝顔を見てから、香澄は窓の外を見る。

 眼下に広がる土地はヨーロッパなのに、空だけはどこを飛んでも同じだ。

(遠い場所に来ちゃったな……)

 距離的にも、去年の十一月に佑と出会う前の心理的にも。
 これからどうなるんだろう、という不安はあれど、佑が側にいてくれるなら何だって乗り越えられる気がした。

(もう普通に歩けるし、この冬を乗り越えて春になったら脚のボトルを取って。それで六月に結婚できたらいいな……)

 まだ佑と付き合って一年も経っていないのに、色々ありすぎた。

 これからどうなるか分からないし、有名人である佑の隣にいれば、様々な人から色々な感情を抱かれるのだろう。

(覚悟しないと)

 佑への揺るぎない愛が心の底にある。

 それを守るためなら、何だって耐える覚悟もあるつもりだ。

 目を閉じて、自分の身に降りかかった様々な事を思いだし――、目を開けて溜め息をつくと同時にニコッと微笑んだ。

(ま、いっか。いま考えて不安になっても、どうにもならないもの)

 気持ちを切り替えた香澄は、映画を見る事にした。



 シャルル・ド・ゴール空港までは、あと一時間半――。



 第八部・完
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