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第十一部・スペイン 編

タブラオの熱

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 ステージは思っていたより狭かった。

 だが考えて見れば、バレエダンサーが助走つきで跳んだり跳ねたりするスペースと、フラメンコで必要とするスペースは違うだろう。

「佑さん、ステージにある椅子には誰が座るの?」

「歌い手とギタリストだよ」

「注意しなきゃいけない事はある? 静かにしているのは当たり前だけど、拍手するタイミングとか」

「んー、そうだな。フラメンコは独特で、パルマと呼ばれる手拍子やハレオと呼ばれるかけ声もある。有名な『オーレ』とか」

「ああ」

 納得し、香澄は顔の横で小さく手をパパンと叩いてみせる。フラメンコでありがちなイメージだ。
 佑はおかしそうに笑い「それそれ」と頷く。

「ステージで奏者たちがリズムを作るから、観客が勝手に手拍子をしてリズムを崩すのはNGだ。かけ声は地元の慣れた人なら呼吸が分かるかもしれない。けど慣れていない人が呼吸に合わないかけ声をすると……」

「滑る」

「そう。台無しになる。この辺りは歌舞伎の大向こうと同じかな」

「あ、『よっ、ナントカ屋!』ってやつ?」

「そう、それ」

 微笑んだ佑は水を飲み、香澄もそれに倣う。

「だから、ダンサーが交代するタイミングで拍手をするのが無難だと思う」

「ダンサーは複数人?」

「フラメンコの種類が色々あるんだ。リズムや曲調で違っていて、ジプシーの嘆きや怒りを表した踊りや、明るくて陽気な踊り。トリに使われる事が多い、テンポの速い踊りもある」

「ふぅん、奥が深い。ジプシーの踊りっていうのは分かっていたけど、流浪している間にきっと色んな感情があったんだね」

 話しているうちに、食事前のお楽しみのピンチョスが運ばれてきた。

 シャンパンが運ばれてきたタイミングでナプキンを膝に掛け、香澄は「いただきます」を言ってピンチョスの串に手を伸ばした。

「あのね、私『ファルーカ』っていう単語だけ知ってるの」

「ふぅん? 『ファルーカ』もフラメンコの一種だよ。主に男性による踊りだ。誰かに教えてもらった?」

 尋ねる佑の目の中に、微かな嫉妬を察知して香澄はブンブンと首を横に振る。

「ううん! あのね、少女マンガ。『赤のファルーカ』っていうマンガを読んだの。フラメンコ関係のマンガで、それがきっかけでフラメンコに憧れたなぁ。でも普通に生活していて馴染みがないから、すぐに抜けていったなぁ……って」

「そうか、今度俺もそのマンガを読んでみようかな」

 佑がマンガに興味を示すのが意外で、香澄はクスクス笑う。

「フラメンコダンサーの女性が着てるドレス、とっても素敵だよね。こう……裾を持ってバサバサして、ステップの見せ所では裾を持って足を強調して。テレビで女優さんがチャレンジしてる番組を見て、カッコイイなぁって思った」

 それからもフラメンコについて話し、食事を続けていたが、やがてステージに演者が現れ周囲も静かになっていく。

 最初に女性が現れ、英語で挨拶をする。

 女性は本日のプログラムを紹介し、拍手を受けて退場していった。

 緊張感を増した場内で、カンテ・ソロ――踊り手なしのギターと歌い手のみの演奏から始まった。

 もの悲しさを感じさせるギターの伴奏と共に、男性の歌い手カンタオールが朗々と歌いだす。

 魂の籠もった歌声に、香澄は鳥肌をたてて食事をする手を止めてしまった。

 ここが異国である事は十分理解しているのに、ギター一本と歌だけでまるで違う世界に引き込まれたように感じる。

 歌が終わると、男性の踊り手バイラオール女性の踊り手バイラオーラ全員が参加する踊りが始まった。

 ギターと歌声にのり、独特なリズムの手拍子とピト――指を鳴らす音が絶妙に混じり合う。

 女性は思わずうっとりするような微笑みを浮かべ、両腕でしなやかに宙を撫でる。

 足で刻まれるリズムに気を取られていると、しなやかな手の、誘うようなくねりに目が釘付けになる。

 それがとても魅力的で、香澄は同性だというのに、フラフラと魅了されそうになってしまう。

 女性はドレスの裾を大胆に上げ、ここが見せ場だと言わんばかりに足で激しいリズムを刻んだ。

 彼女はめまぐるしいステップを踏みきったあと、ドレスを翻して何度も回り、最後に「じゃあね」と言わんばかりにとっておきの笑みを浮かべ、次の踊り手に中央を譲った。

 せっかくの星付きレストランなのに、食事の味がまったく分からない。

 次に出てきた男性の踊り手は、精悍で色気があり、また違う烈しさを見せつけてくる。
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