697 / 1,549
第十一部・スペイン 編
タブラオの熱
しおりを挟む
ステージは思っていたより狭かった。
だが考えて見れば、バレエダンサーが助走つきで跳んだり跳ねたりするスペースと、フラメンコで必要とするスペースは違うだろう。
「佑さん、ステージにある椅子には誰が座るの?」
「歌い手とギタリストだよ」
「注意しなきゃいけない事はある? 静かにしているのは当たり前だけど、拍手するタイミングとか」
「んー、そうだな。フラメンコは独特で、パルマと呼ばれる手拍子やハレオと呼ばれるかけ声もある。有名な『オーレ』とか」
「ああ」
納得し、香澄は顔の横で小さく手をパパンと叩いてみせる。フラメンコでありがちなイメージだ。
佑はおかしそうに笑い「それそれ」と頷く。
「ステージで奏者たちがリズムを作るから、観客が勝手に手拍子をしてリズムを崩すのはNGだ。かけ声は地元の慣れた人なら呼吸が分かるかもしれない。けど慣れていない人が呼吸に合わないかけ声をすると……」
「滑る」
「そう。台無しになる。この辺りは歌舞伎の大向こうと同じかな」
「あ、『よっ、ナントカ屋!』ってやつ?」
「そう、それ」
微笑んだ佑は水を飲み、香澄もそれに倣う。
「だから、ダンサーが交代するタイミングで拍手をするのが無難だと思う」
「ダンサーは複数人?」
「フラメンコの種類が色々あるんだ。リズムや曲調で違っていて、ジプシーの嘆きや怒りを表した踊りや、明るくて陽気な踊り。トリに使われる事が多い、テンポの速い踊りもある」
「ふぅん、奥が深い。ジプシーの踊りっていうのは分かっていたけど、流浪している間にきっと色んな感情があったんだね」
話しているうちに、食事前のお楽しみのピンチョスが運ばれてきた。
シャンパンが運ばれてきたタイミングでナプキンを膝に掛け、香澄は「いただきます」を言ってピンチョスの串に手を伸ばした。
「あのね、私『ファルーカ』っていう単語だけ知ってるの」
「ふぅん? 『ファルーカ』もフラメンコの一種だよ。主に男性による踊りだ。誰かに教えてもらった?」
尋ねる佑の目の中に、微かな嫉妬を察知して香澄はブンブンと首を横に振る。
「ううん! あのね、少女マンガ。『赤のファルーカ』っていうマンガを読んだの。フラメンコ関係のマンガで、それがきっかけでフラメンコに憧れたなぁ。でも普通に生活していて馴染みがないから、すぐに抜けていったなぁ……って」
「そうか、今度俺もそのマンガを読んでみようかな」
佑がマンガに興味を示すのが意外で、香澄はクスクス笑う。
「フラメンコダンサーの女性が着てるドレス、とっても素敵だよね。こう……裾を持ってバサバサして、ステップの見せ所では裾を持って足を強調して。テレビで女優さんがチャレンジしてる番組を見て、カッコイイなぁって思った」
それからもフラメンコについて話し、食事を続けていたが、やがてステージに演者が現れ周囲も静かになっていく。
最初に女性が現れ、英語で挨拶をする。
女性は本日のプログラムを紹介し、拍手を受けて退場していった。
緊張感を増した場内で、カンテ・ソロ――踊り手なしのギターと歌い手のみの演奏から始まった。
もの悲しさを感じさせるギターの伴奏と共に、男性の歌い手が朗々と歌いだす。
魂の籠もった歌声に、香澄は鳥肌をたてて食事をする手を止めてしまった。
ここが異国である事は十分理解しているのに、ギター一本と歌だけでまるで違う世界に引き込まれたように感じる。
歌が終わると、男性の踊り手と女性の踊り手全員が参加する踊りが始まった。
ギターと歌声にのり、独特なリズムの手拍子とピト――指を鳴らす音が絶妙に混じり合う。
女性は思わずうっとりするような微笑みを浮かべ、両腕でしなやかに宙を撫でる。
足で刻まれるリズムに気を取られていると、しなやかな手の、誘うようなくねりに目が釘付けになる。
それがとても魅力的で、香澄は同性だというのに、フラフラと魅了されそうになってしまう。
女性はドレスの裾を大胆に上げ、ここが見せ場だと言わんばかりに足で激しいリズムを刻んだ。
彼女はめまぐるしいステップを踏みきったあと、ドレスを翻して何度も回り、最後に「じゃあね」と言わんばかりにとっておきの笑みを浮かべ、次の踊り手に中央を譲った。
せっかくの星付きレストランなのに、食事の味がまったく分からない。
次に出てきた男性の踊り手は、精悍で色気があり、また違う烈しさを見せつけてくる。
だが考えて見れば、バレエダンサーが助走つきで跳んだり跳ねたりするスペースと、フラメンコで必要とするスペースは違うだろう。
「佑さん、ステージにある椅子には誰が座るの?」
「歌い手とギタリストだよ」
「注意しなきゃいけない事はある? 静かにしているのは当たり前だけど、拍手するタイミングとか」
「んー、そうだな。フラメンコは独特で、パルマと呼ばれる手拍子やハレオと呼ばれるかけ声もある。有名な『オーレ』とか」
「ああ」
納得し、香澄は顔の横で小さく手をパパンと叩いてみせる。フラメンコでありがちなイメージだ。
佑はおかしそうに笑い「それそれ」と頷く。
「ステージで奏者たちがリズムを作るから、観客が勝手に手拍子をしてリズムを崩すのはNGだ。かけ声は地元の慣れた人なら呼吸が分かるかもしれない。けど慣れていない人が呼吸に合わないかけ声をすると……」
「滑る」
「そう。台無しになる。この辺りは歌舞伎の大向こうと同じかな」
「あ、『よっ、ナントカ屋!』ってやつ?」
「そう、それ」
微笑んだ佑は水を飲み、香澄もそれに倣う。
「だから、ダンサーが交代するタイミングで拍手をするのが無難だと思う」
「ダンサーは複数人?」
「フラメンコの種類が色々あるんだ。リズムや曲調で違っていて、ジプシーの嘆きや怒りを表した踊りや、明るくて陽気な踊り。トリに使われる事が多い、テンポの速い踊りもある」
「ふぅん、奥が深い。ジプシーの踊りっていうのは分かっていたけど、流浪している間にきっと色んな感情があったんだね」
話しているうちに、食事前のお楽しみのピンチョスが運ばれてきた。
シャンパンが運ばれてきたタイミングでナプキンを膝に掛け、香澄は「いただきます」を言ってピンチョスの串に手を伸ばした。
「あのね、私『ファルーカ』っていう単語だけ知ってるの」
「ふぅん? 『ファルーカ』もフラメンコの一種だよ。主に男性による踊りだ。誰かに教えてもらった?」
尋ねる佑の目の中に、微かな嫉妬を察知して香澄はブンブンと首を横に振る。
「ううん! あのね、少女マンガ。『赤のファルーカ』っていうマンガを読んだの。フラメンコ関係のマンガで、それがきっかけでフラメンコに憧れたなぁ。でも普通に生活していて馴染みがないから、すぐに抜けていったなぁ……って」
「そうか、今度俺もそのマンガを読んでみようかな」
佑がマンガに興味を示すのが意外で、香澄はクスクス笑う。
「フラメンコダンサーの女性が着てるドレス、とっても素敵だよね。こう……裾を持ってバサバサして、ステップの見せ所では裾を持って足を強調して。テレビで女優さんがチャレンジしてる番組を見て、カッコイイなぁって思った」
それからもフラメンコについて話し、食事を続けていたが、やがてステージに演者が現れ周囲も静かになっていく。
最初に女性が現れ、英語で挨拶をする。
女性は本日のプログラムを紹介し、拍手を受けて退場していった。
緊張感を増した場内で、カンテ・ソロ――踊り手なしのギターと歌い手のみの演奏から始まった。
もの悲しさを感じさせるギターの伴奏と共に、男性の歌い手が朗々と歌いだす。
魂の籠もった歌声に、香澄は鳥肌をたてて食事をする手を止めてしまった。
ここが異国である事は十分理解しているのに、ギター一本と歌だけでまるで違う世界に引き込まれたように感じる。
歌が終わると、男性の踊り手と女性の踊り手全員が参加する踊りが始まった。
ギターと歌声にのり、独特なリズムの手拍子とピト――指を鳴らす音が絶妙に混じり合う。
女性は思わずうっとりするような微笑みを浮かべ、両腕でしなやかに宙を撫でる。
足で刻まれるリズムに気を取られていると、しなやかな手の、誘うようなくねりに目が釘付けになる。
それがとても魅力的で、香澄は同性だというのに、フラフラと魅了されそうになってしまう。
女性はドレスの裾を大胆に上げ、ここが見せ場だと言わんばかりに足で激しいリズムを刻んだ。
彼女はめまぐるしいステップを踏みきったあと、ドレスを翻して何度も回り、最後に「じゃあね」と言わんばかりにとっておきの笑みを浮かべ、次の踊り手に中央を譲った。
せっかくの星付きレストランなのに、食事の味がまったく分からない。
次に出てきた男性の踊り手は、精悍で色気があり、また違う烈しさを見せつけてくる。
22
お気に入りに追加
2,546
あなたにおすすめの小説
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる