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第十一部・スペイン 編

もう分かり合えないのかな?

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「…………もー」

 クシャッと笑った香澄は、仰向けになった佑の上に体を預ける。

「……苦しくない? 重いでしょ」

「大丈夫だよ。それよりマッサージ師さん、キスして」

 後頭部を撫でつつおねだりをされ、香澄は笑いながら言う事をきいた。

「調子の悪い所はございませんか?」

〝ごっこ〟を楽しみながら、香澄は佑の頬を両手で包み優しくキスをする。

 何度か触れるだけのキスをし、柔らかい唇を軽く噛んだ頃、下腹のあたりに佑の盛り上がりを感じた。

「…………」

 思わず瞠目して彼を見ても、佑は何も言わない。
 ただ微笑んで香澄の背中やお尻を撫でるだけだ。

「……駄目だよ」

 あまり伸びない佑の頬を軽く引っ張っても、彼は意味深に微笑むまま。

 口よりものを言う手が動き、香澄のワンピースの中に潜り込み、パンティのクロッチを撫でてくる。

「だ、駄目だったら!」

 ガバッと起き上がろうとしても、腰をしっかり押さえられていて逃げられない。

「……スペインに来てから毎日してるじゃない」

「俺はいつでも香澄が足りないよ」

 そんなセリフをとろけそうな顔で言うので、強くノーを言えない。

「……もう。今は休憩の時間なの」

 隣に寝転ぶと、ギュッと彼を抱き締めた。
 彼の香りを吸い込み温もりを感じていると、ニセコで一人で気を張っていた緊張感が嘘のようだ。

「あのね……、またブルーメンブラットヴィルに行きたい。アドラーさんと節子さんと、アロイスさんとクラウスさんと、他の皆さんにもお会いして、ちゃんとやり直したい。もし会えるなら、マティアスさんともちゃんと話したい」

「……分かった。香澄が言うならそうしよう。ただ、俺も立ち会う」
「うん」

「他は? 香澄の望みを何でも言ってみて」

 言われて、香澄は少し沈黙する。

 これを言うと佑は絶対にネガティブな反応をするのは分かっていた。
 それでも、どうしても引っかかっている事があった。

「……エミリアさんとは、もう分かり合えないのかな?」

「駄目だ」

 思った通りの反応があり、香澄は視線を下げて佑の喉仏を見た。

「香澄。世の中には分かり合えない人がいる。香澄がどれだけ正面から和解を求めても、向こうは歩み寄るとか、話し合うなんて考えていない。香澄とあいつは互いに違う方向を向いていて、進む方向も違う。そういう関係もあるんだ」

 佑の言いたい事は分かる。
 それでもエミリアに〝親切にしてもらった〟のは事実だ。

「ぼんやりとしか覚えてないけど、マティアスさんの事があって、エミリアさんに服を貸してもらったの。別のホテルに移って、すぐ飛行機を手配してくれた。ファーストクラスに乗せてくれて、その代金もいつかお返ししないとって思ってた。頭痛薬もくれたし……。親切にしてくれたように……思えたんだけど」

 佑の腕に力がこもったかと思うと、痛いほどの力で抱き締められていた。

 頭の上から、ひどく苦しそうな声が聞こえる。

「……世の中には目的のためなら、幾らでも偽りの優しさを振りまける人がいる。そのためなら金だって使う。自覚はないだろうけど、香澄はエミリアにとって、ダイヤモンドより価値のある存在だった。あいつは俺のもとから大切なダイヤを盗んで、隠して、傷付けようとした。……だから、俺は絶対にあいつを許せない。香澄も、もう考えなくていい。…………考えないでくれ。頼む、一生のお願いだ」

 絞り出すような声を聞き、香澄は自分が失言した事を知る。

 エミリアの話をしていて、ぼんやりとロンドンでの事を思いだした。

 香澄は彼女とロンドンの立派なホテルに入って、ディナーのために青いワンピースを着た気がする。

 ――そこから先を思い出そうとして、何もかもがぼやける。

 苦しいとか、何かを飲んだとか、移動して、甘いものを舌に感じたとか、断片的な記憶が蘇る事はある。
 けれど香澄の記憶はぼやけたまま、元に戻ってくれない。

 思い出すのを諦め、香澄は溜め息混じりに言う。

「……エミリアさん、私よりも前から佑さんの事が好きだったんだよね」

 佑の体が少し強張った。

「……嫉妬で、他の女性を犯させようとする気持ちって……。どんなものなんだろう」

 呟いて、考える。
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