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第十一部・スペイン 編

昔の秘書

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 世界中に店舗を持つChief Everyの社長として、佑はアジア、欧米、オーストラリアだけでなく、南米やアフリカまで出張に行く。

 情勢が不穏な時は、なるべく出張を控えた。

 それでも向かった国の中には、空港の警備が物々しかったり、泊まるホテルのセキュリティが大げさすぎると感じるところもあった。

 松井は勿論、佐伯も佑について世界中をまわった。
 バイヤー、デザイナーなら担当者がいるが、どうしても佑が向かわなければならない時がある。

 治安の悪い国で、誘拐目的の者から襲撃を受けた事もある。

 小山内や呉代たち民間護衛は、日本の法律のもとでのプロフェッショナルだ。
 拳銃で撃たれた場合、武器で応戦できないため、佑の盾になり逃がすしかできない。

 だから海外では、武器を持てる現地の護衛を雇っている。

 佑は体を鍛え格闘技を身につけているが、飛び道具の前でそんなものは役に立たない。

 あるとき海外出張中に襲撃を受け、とっさに佑を守った佐伯が、後遺症の残る大怪我を負った。

 佐伯は歩くのが困難になり、結果的に車椅子の生活になってしまった。

 彼が復職したあと、佑はデスクワーク中心に秘書を続けてほしいと思っていた。

 だが佐伯は退職願を出してきた。

『今の俺ではお役に立てません。尊敬するあなたを全力で支えられない自分に、嫌気が差してしまうんです。……だから離れさせてください』

 そう言われ、彼の願いを聞き入れるしかなかった。

 香澄は知らない社長秘書室に、そのような過去があった。

 その出来事は、元カノの美智瑠と別れたあとに起こった。
 彼女は佑のオーバーワークを心配し、「付き合っていられない」と離れていった。

 挫折を味わうほどの失恋のあと、大切な佐伯も失った。

 一方でChief Everyはどんどん業績を上げ、世界中から注目されていた。

 佑は深く悩んだ。そして考えた。

 忙しく危険もある生活をして、伴侶を求めるなど到底無理ではないか、と。
 だからこそ彼は一時、女性関係において自暴自棄になったのだ。

 けれど香澄に出会ってしまった。

 側に置くために秘書になってもらったが、危険が考えられる場所には連れて行くつもりはなかった。

 今まで多くのものを失いすぎたがゆえに、佑は香澄を本当に大切にしていた。

 フカフカの羽毛や綿を敷き詰めた場所に、小さくて繊細な小動物を飼っているような気持ちだ。

 そこにいるとだけで嬉しくて、幸せそうに笑っているとこちらまで笑顔になり、彼女が喜ぶなら何でもしてあげたいと願う。

 札幌で自分だけの大切なうさぎを拾ったのだ。

 大事にしているからこそ、狭いケージに閉じ込めておくのは可哀想だと思った。

 狭さを感じない綺麗な箱庭で、世界の汚い部分など見せず、一生幸せに飼うつもりだった。

 ただ、分かっていたようで分かっていなかったのは、うさぎにもちゃんと意思があるという事だ。

 自分の行きたい所に足を向け、食べたい物を食べたいと意思表示する。
 意外に頑固で食いしん坊で、すぐ泣く癖に物怖じせず何でも頭を突っ込みたがる。

 ――決して目を離してはいけないと、分かっていたのに。

 意識を今に引き戻し、佑は香澄のぬくもりを感じながら静かに息をつく。

(どんな男だったか、あとで久住から聞かなくては)

 河野は口にしなかったが「過保護なのでは」という目で見てきた。

 佑が彼を叱った本当の理由を、まだ新任の第三秘書は分かっていない。

 いや、エミリアの事件で彼が活躍してくれたからこそ、勝手に失望してしまったのだ。

(勝手に期待して、勝手に失望か)

 そんな自分に笑いが漏れる。

 河野は仕事に対して、とてもフラットな男だ。

 上司である佑にも違うと思った時は冷静に突っ込みを入れ、誰に肩入れをするでもなく、淡々と仕事をする。
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