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第十一部・スペイン 編
心配する理由
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佑はまた少し黙り、口を開く。
「……心配なんだ。香澄は確かに英語を話せるし、街を歩いても観光程度ならできるだろう。でも、いきなりひったくりに遭ったらどうする? 車の中に引きずり込まれて誘拐されたら? 街中で誰かが銃を発砲するかもしれない。どこかが爆破されるかもしれない。スペインを特別治安の悪い国だと言っている訳じゃない。どこの国にいてもあり得る事だ。……けど少なくとも、日本以外の国にいるとリスクが高まるのは同じだ。……分かるな?」
「……はい」
自分が情けなくなり、香澄は泣きそうになるのをごまかすために、彼の胸元に顔を押しつけた。
「香澄が会った男性は、幸いにもバルセロナを案内してくれただけだった。バルセロナにもいい人は大勢いる。全員を悪人だと決めつけるのは違う。……それでも、俺が側にいない時、素性の知れない人と出かけるのはやめてほしい」
「……はい」
頷くしかできず、ますます情けない。
「観光したかったら、俺がいる時にしよう。……分かってほしいけど、子供扱いしている訳じゃないし、束縛してすべて支配下に置きたい訳でもない。香澄の自主性を大切にしたいし、一人で海外旅行をしている女性は大勢いる」
そこまで言って、佑はまた溜め息をついた。
「…………ごめん。……とても卑怯だと分かってる。……ただ、『失うかもしれない』という恐怖が、いつまで経っても消えないんだ」
言われて、ズグリと胸の奥が痛む。
「俺は香澄を失わないために必死だ。香澄を抱き締めたまま、周囲を警戒している。『これじゃいけない』と思って少し香澄を自由にしても、常に見守っていたい。何かがあったらすぐ助けて、『やっぱり俺と一緒に行こう』って手を差し伸べたくなる」
「……ごめんなさい。……大切に思ってくれてありがとう」
囁いて彼の顎にキスをすると、悲しげな目で見つめ返され、額にキスをされた。
「そう言わせてごめん。本当なら『束縛しすぎ、心配しすぎだ』って怒られてもおかしくない。俺が少し強めに言えば、香澄は『自分が悪かった』と言うのを分かった上で言っている。俺こそ卑怯者だ」
「ううん。そう言わないで」
香澄の緊張感がなかったのが原因なのに、佑が自分を悪く言う必要はない。
「『ホテルに閉じこもっていて』とは言わない。護衛を伴った上でなら観光してもいい。買い物もしたいだろうし、香澄の意思は尊重したい。ただ、知らない人にはついていかないでほしい」
「はい……。子供みたいでごめんなさい」
あまりに情けなくて、香澄は赤面する。
佑はそんな彼女を見て微笑み、和ませるために冗談を言った。
「お箸を持つ手は右手だよ」
「もうっ」
思わず頬を膨らませた香澄は、佑の胸板をトンッと叩いてから、彼と顔を見合わせて笑った。
佑は香澄と笑い合い、不安が解消されたのを感じた。
午前中の仕事が終わった頃、河野から香澄が知らない男と出かけたと知らされた。
「どうしてもっと早く知らせなかった」と言っても、彼は「護衛がついています」と言うだけだ。
河野いわく、中心街ならそう物騒な事も起こらないだろうとの事だ。
バルセロナは、世界中から観光客が訪れている街だ。
香澄はぼんやりしているが、「人気のないほうは危険」ぐらい分かっているし、危ない場所には近づかないだろう。
しかし佑にはどうしても、海外にいると安心しきれない理由があった。
Chief Everyの社長を務めていて、ずっと平穏無事で済んだ訳ではない。
会社の損益的な危機や、風評被害的な事ではない。
人命に関わる〝平穏無事〟だ。
香澄が雇われる前、佐伯裕也という若い男性が、第二秘書を務めていた。
彼はとても優秀な秘書だった。
河野並みの実力があり、性格は明るく一緒にいて楽しい人だった。
佑は佐伯を頼り、彼も佑を慕ってくれていた。
二人は年齢が近い事もあり、戦友のような関係で仕事をこなしていた。
そんな佐伯が佑のもとを去ったのは、とても悲しい出来事があったからだ。
「……心配なんだ。香澄は確かに英語を話せるし、街を歩いても観光程度ならできるだろう。でも、いきなりひったくりに遭ったらどうする? 車の中に引きずり込まれて誘拐されたら? 街中で誰かが銃を発砲するかもしれない。どこかが爆破されるかもしれない。スペインを特別治安の悪い国だと言っている訳じゃない。どこの国にいてもあり得る事だ。……けど少なくとも、日本以外の国にいるとリスクが高まるのは同じだ。……分かるな?」
「……はい」
自分が情けなくなり、香澄は泣きそうになるのをごまかすために、彼の胸元に顔を押しつけた。
「香澄が会った男性は、幸いにもバルセロナを案内してくれただけだった。バルセロナにもいい人は大勢いる。全員を悪人だと決めつけるのは違う。……それでも、俺が側にいない時、素性の知れない人と出かけるのはやめてほしい」
「……はい」
頷くしかできず、ますます情けない。
「観光したかったら、俺がいる時にしよう。……分かってほしいけど、子供扱いしている訳じゃないし、束縛してすべて支配下に置きたい訳でもない。香澄の自主性を大切にしたいし、一人で海外旅行をしている女性は大勢いる」
そこまで言って、佑はまた溜め息をついた。
「…………ごめん。……とても卑怯だと分かってる。……ただ、『失うかもしれない』という恐怖が、いつまで経っても消えないんだ」
言われて、ズグリと胸の奥が痛む。
「俺は香澄を失わないために必死だ。香澄を抱き締めたまま、周囲を警戒している。『これじゃいけない』と思って少し香澄を自由にしても、常に見守っていたい。何かがあったらすぐ助けて、『やっぱり俺と一緒に行こう』って手を差し伸べたくなる」
「……ごめんなさい。……大切に思ってくれてありがとう」
囁いて彼の顎にキスをすると、悲しげな目で見つめ返され、額にキスをされた。
「そう言わせてごめん。本当なら『束縛しすぎ、心配しすぎだ』って怒られてもおかしくない。俺が少し強めに言えば、香澄は『自分が悪かった』と言うのを分かった上で言っている。俺こそ卑怯者だ」
「ううん。そう言わないで」
香澄の緊張感がなかったのが原因なのに、佑が自分を悪く言う必要はない。
「『ホテルに閉じこもっていて』とは言わない。護衛を伴った上でなら観光してもいい。買い物もしたいだろうし、香澄の意思は尊重したい。ただ、知らない人にはついていかないでほしい」
「はい……。子供みたいでごめんなさい」
あまりに情けなくて、香澄は赤面する。
佑はそんな彼女を見て微笑み、和ませるために冗談を言った。
「お箸を持つ手は右手だよ」
「もうっ」
思わず頬を膨らませた香澄は、佑の胸板をトンッと叩いてから、彼と顔を見合わせて笑った。
佑は香澄と笑い合い、不安が解消されたのを感じた。
午前中の仕事が終わった頃、河野から香澄が知らない男と出かけたと知らされた。
「どうしてもっと早く知らせなかった」と言っても、彼は「護衛がついています」と言うだけだ。
河野いわく、中心街ならそう物騒な事も起こらないだろうとの事だ。
バルセロナは、世界中から観光客が訪れている街だ。
香澄はぼんやりしているが、「人気のないほうは危険」ぐらい分かっているし、危ない場所には近づかないだろう。
しかし佑にはどうしても、海外にいると安心しきれない理由があった。
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佑は佐伯を頼り、彼も佑を慕ってくれていた。
二人は年齢が近い事もあり、戦友のような関係で仕事をこなしていた。
そんな佐伯が佑のもとを去ったのは、とても悲しい出来事があったからだ。
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