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第十一部・スペイン 編

自由奔放なお姫様

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『猫舌なの?』

『そうなんです……』

 ここが日本なら水を飲むところだが、なにせ水も有料だ。

『スペイン人も猫舌だよ。レストランの料理とか、割とそのまま食べられたでしょ』

『あ、そういえば……』

 言われて、香澄はうんうんと頷いた。

『その割に、スペイン人ってコーヒーだけは熱々で飲みたがるんだよね。面白いだろ』

『そうなんですね、面白い』

 相槌を打ったあと、香澄はアイスクリームに取り掛かる。
 フェルナンドもチュロスを食べ始め、和やかなカフェタイムとなる。

 香澄は、たわいのない話をしながら考える。

(そもそも、どうして声を掛けてきたんだろう? ナンパっていうには異性として意識されてない。佑さんについて深く聞こうとするでもない。……シンプルに興味があったから、暇つぶしに……とかなのかな。……お金持ちの人って考えている事が分かんないや)

 フェルナンドの顔を見て「彫りが深いなぁ……」と思いながら、香澄はスペインの甘味を楽しんだ。





 アイスクリームを食べ終わったあと、お土産のチョコレートを買い、ホテルに戻った。

 それまでフェルナンドは怪しい事をしなかったし、言わなかった。

 香澄がホテルに戻った時刻は昼過ぎで、スマホを確認すると佑から連絡が入っていた。
 コネクターナウに『シエスタには一度戻る』とあったので気持ちが上向く。

『俺はしばらくこのホテルにいるから、もしまた会ったら宜しくね』

 ホテルのロビーでフェルナンドと別れると、後ろから久住の溜め息が聞こえる。

「……急にすみませんでした」

 香澄は反省して謝る。

「何もなくて良かったです。ですが河野さんには報告しましたので、筒抜けだとお思いください」

「……ですよね」

 これから佑に説明しなければならない事を思い、香澄は生ぬるい笑みを浮かべる。

 シエスタはたっぷり二時間あるので、また腰が立たなくなるかもしれない。

(覚悟しなきゃ)

「部屋に戻ります」

「承知しました」

(ランチは佑さんと相談しよう)

 決めたあと、香澄は部屋に戻りチョコレートを荷物に詰めた。





 ドアのロックを外す音が聞こえ、香澄はパタパタと佑を迎えに行く。

「お帰りなさい」

 スーツ姿の佑は香澄を見てフワッと微笑み、両手を広げて彼女を抱き締めた。
 そしてチュッチュッチュッと両頬と唇にキスをした。

(やっぱり愛情表現が日本にいる時より派手になってる……)

 照れながら一歩下がると、また抱き締められる。

「……どうしたもんかな。この自由奔放なお姫様は」

 佑は香澄を抱き締めたまま、右、左と足を前に出してリビングに向かう。

 香澄もそれに合わせて後退する。
 まるで何かのお遊びのようで、思わずクスクス笑った。

「えっと……、河野さんから聞いた?」

 自己申告しようと思って顔を上げると、不機嫌そうな目と視線がかち合う。

「俺が仕事で出かけたあと、香澄はスペインイケメンと意気投合してデートをしたという報告なら聞いた。言い分があるならどうぞ?」

「……大まかな流れは間違えてないけど、そういう言い方はちょっと語弊があるかも」

「ふぅん?」

 佑は少し屈んだあと、勢いよく香澄を横抱きした。
 そのまま大股にベッドルームに向かう。

「ちょ……っ、ちょ、ラ、ランチは?」

「香澄をランチにするからいいけど」

「わっ、私はお腹空いた!」

「なら、口に咥えるものでもあげようか?」

 口淫を暗示され、香澄の顔がゆでだこのように赤くなる。

「もぉっ!」

 怒った途端、ボスッとベッドに放り投げられて、体がマットレスの上で弾む。

 彼はベートーヴェン『第九』の第四楽章『歓喜の歌』を口ずさみ、ジャケットを脱いでいる。
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