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第十一部・スペイン 編

パエリアとジンギスカン

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(き……聞こえてないのかな……)

 実はバッチリ聞こえていて、呉代は「俺たちに構わずもっとイチャついてください!」と思っている。
 それを知らない香澄は、恥ずかしくて泣きそうになりながらオレンジジュースを飲んだ。

 佑はそんな彼女を見て、話題を変えた。

「実はスペインでは、現地の人って毎日のようにはパエリアを食べないみたいだ」

「えっ? ホント!?」

 香澄は自分の知らない話題に食いつき、顔を上げる。

 その表情からは照れが消えていて、いつもの自然な顔つきになっている。
 佑は内心「いちゃつきたいのに……」と思っていたのだが、香澄を楽しませるのもまた自分の務めと思って続きを話す。

「BBQとか、皆で集まった時にワイワイ食べる物っぽいよ」

「へええ……」

「日本だとフライパンとか、コンロのキャセロールとかで手軽に作るだろ? こっちのパエリアは大きい専用の鍋で作るから、まず家庭用のコンロだとあの大きなパエリア鍋を使えないんだと思う」

「あ、なるほど……」

 他の席を見ると、テーブルの大半のスペースを埋めるパエリア鍋が見てとれる。
 確かにあれを家庭で保管し、コンロで扱うと言ったら難しい。

「私、ちょっと北海道のジンギスカンと比較してみようと思ったけど、まるっきり別物だね。ジンギスカンの鉄板は小さめだし、やろうと思ったら家の外でできる。円山公園にも持ってけるほどだし」

 北海道あるあるで笑いをとると、佑も笑ってくれる。

「はは、道民と言えばジンギスカンだもんな」

 佑は香澄が北海道の話をしたのが嬉しいようで、話を聞きたがる。

「香澄の家はジンギスカンやる? 今度また北海道に行ったら、ご両親や親戚の方とジンギスカンやりたいな」

 彼の提案に、香澄はパァッと表情を明るくする。

「それは名案! 皆喜ぶよ。うちは……、うーん、やるとしたら室内でガスコンロで……かな? でも、外でやるって言ったら、皆張り切ると思う」

「ぜひ。……道民って、北海道神宮のジンギスカンは知ってるけど、屋外でやるとしたらどこ?」

「そうだね、洞爺湖にキャンプしに行った時、皆でジンギスカンやったかなぁ」

「洞爺湖ね。温泉か……」

 佑は何かを企むような顔をして微笑み、「で、皆とは?」と面子を気にする。

「勿論家族と、幼馴染みの家族とか」

「幼馴染み……」

 スンッ、と佑の表情が微妙なものになる。

「その幼馴染みって、もしかして男?」

 微妙な顔のまま尋ねられ、香澄はキョトンとしたあと「やだなぁ!」と破顔した。

「そうだけど、佑さんが気にするような仲じゃないよ。幼馴染みだよ?」

「……年上? 年下? 同い年? 名前は? 今どこで何をしてる?」

「いや、怖い怖い怖い。大丈夫だから」

 香澄は苦笑してパタパタと手を振り、指先でちょんと佑の頬をつつき誤魔化す。
 だが佑はゆったりと頬杖をつき、「香澄?」と剣呑な目で見てくる。

「ホントに何でもないんだけどなぁ……。兄弟で、片っぽは年上、片っぽは年下。二人とも札幌で就職してるよ」

「二人……」

 佑は頬杖をついた手で額を押さえ、重たい溜め息をつく。

「……初耳だ」

「だって初めて言ったし、大人になった今はそう会う人じゃないよ? 向こうだって一人暮らししてるし」

 佑が感じている危機感を香澄はまったく理解していない。
 乱暴な仕草で頭を掻く佑を見ても、なぜそんなに気にするのか不思議でならない。

 その時、ウエイターが料理を運んできた。

「あ、なんか来た」

「ガスパチョだな」

 佑と香澄の目の前にスープが置かれる。
 スープはクリームがかったオレンジ色をしていて、少しトロリとしている。

「何のスープなの?」

「トマトだよ。いただきます」

 佑がスプーンを手にして一口すくったので、香澄も「いただきます」と言ってスプーンを動かす。
 ふうふうと吹いてぱく、と口に入れ「ん!?」と目を見開いた。

 それを見た佑が、向かいで悪戯っぽく笑った。

「よし、騙された!」

 小さくガッツポーズを取っている彼を見て、香澄は「んふふふ」と笑ってスープを嚥下する。
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