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第十一部・スペイン 編
護衛の仕事
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出張中のプライベート時間とはいえ、護衛たちは帰国して非番になるまで常時仕事中だ。
全員ビシッとスーツで決め、サングラスこそ掛けていないものの、周囲を見る目は真剣そのものだ。
香澄は警備体制の彼らに慣れず、コソッと佑に尋ねた。
「ねぇ、こんなしっかりしなくてもいいんじゃないの?」
「海外では日本以上に何があるかわからない。少し物々しいぐらいが丁度いいんだよ」
「スーツはどうして?」
「単に周りに溶け込むためのスタイルだと思うけど。場所がもしビーチならカジュアルな服を着るよ」
「ふぅん……。じゃあ、SP? とかがしてるサングラスは?」
「あれは相手に視線を読ませないためとか、光るもの対策。セレブの来日とかで、空港でカメラのフラッシュが焚かれるだろ。ああいうのとか」
「今はしてないね?」
「サングラスをすると視界が狭くなる。彼らは視力もいいし、裸眼であちこち気を配れるようにするのが一番いいんだと思う」
普段何気なく会話をしている護衛たちだが、香澄は彼らの仕事をあまり知らなかった。
元警官や自衛隊が多いという話は聞いていたが、彼らが普段どんな事に気を配っているかまでは知らず、仕事中は邪魔をしたらいけないので話しかけられずにいた。
会話しながら歩いていると、通りには名だたるハイブランドショップが並んでいる。
何とはなしにショーウィンドウを覗き込むと、リュカ・ヴィドンヌのバッグが置かれてあった。
その時、通りを歩いていた女性が「タスク・ミツルギ」と口にしたのが聞こえた。
彼の隣にいるぼんやりとした日本人女性を、見る人が見れば〝御劔佑が連れている恋人で、重要人物〟と思うだろう。
そして良からぬ事を考える可能性もある。
(ここは日本じゃないんだ。ボーッとしてたらスリにだって遭うし、危険な事にも巻き込まれるかもしれない。そういう〝もしかして〟はあんまり考えたくないけど、備えあれば憂いなしって言うし……)
気合いを入れ直し、香澄はキュッと唇を引き結ぶ。
――と、佑に声を掛けられた。
「そのバッグ、気になる?」
欲しくてバッグを見ていると思ったらしく、ハッとした香澄は「違うのっ」とショーウィンドウから離れた。
飛びすさる動きを見て、佑がぶふっと噴きだした。
呉代の口元もほんの少し緩む。
彼が「背後にキュウリを置かれた猫みたい」と思ったのは、佑にも香澄にも秘密だ。
内心「すみません、すみません」と思いながら、香澄は当てもなく歩きだす。
「香澄、見るならきちんと見ないと」
「え? ええああうう」
だが横断歩道を渡ったところで、佑に手首を引っ張られた。
「こんな高級な所で、服なんて買えないよ」
弱り切った声で言う香澄に、佑は腕を組んで「ふむ」と考える。
「じゃあ、いつものように俺が見繕うから、マネキンやって」
「えっ、ええっ!?」
「大丈夫、大丈夫」
佑は軽い口調で言うと、また横断歩道を渡ってリュカ・ヴィドンヌへ入ってしまった。
「Hola.」
佑が女性店員に挨拶をし、香澄は「オラ?」と目を瞬かせる。
キョトンとしている香澄の手を握ったまま、佑はスペイン語で女性に何か言う。
(佑さん凄いなぁ)
彼が多国語を操れるのも、双子が発端だったらしい。
一時ドイツに身を寄せていた時、事あるごとに双子が多言語でからかってきて、それに腹が立って手当たり次第学んだらしい。
負けん気だけで何か国語も話せるようになったのは、ただ「凄い」に尽きる。
常々思うのだが、佑は地頭がいい。
普通の人が長年努力して身につける事を、感覚で掴んでしまう。
いわば天賦のセンスだ。
色彩を感じ取る能力、音や図形、空間を把握する能力に運動センス。そして圧倒的な記憶力。
その他多くの能力が合わさり、加えて遺伝による美貌と鍛え上げられた肉体が、〝御劔佑〟という有名人を作り上げる。
「香澄、こっちに」
どうやらVIPルームへ通されるらしく、エレベーターに乗る事になった。
洗練された部屋には応接セットがあり、広々としたフィッティングルームもあった。
『少々お待ちください』
英語で女性が告げて立ち去り、やがて責任者と思われる中年の男性が現れた。
全員ビシッとスーツで決め、サングラスこそ掛けていないものの、周囲を見る目は真剣そのものだ。
香澄は警備体制の彼らに慣れず、コソッと佑に尋ねた。
「ねぇ、こんなしっかりしなくてもいいんじゃないの?」
「海外では日本以上に何があるかわからない。少し物々しいぐらいが丁度いいんだよ」
「スーツはどうして?」
「単に周りに溶け込むためのスタイルだと思うけど。場所がもしビーチならカジュアルな服を着るよ」
「ふぅん……。じゃあ、SP? とかがしてるサングラスは?」
「あれは相手に視線を読ませないためとか、光るもの対策。セレブの来日とかで、空港でカメラのフラッシュが焚かれるだろ。ああいうのとか」
「今はしてないね?」
「サングラスをすると視界が狭くなる。彼らは視力もいいし、裸眼であちこち気を配れるようにするのが一番いいんだと思う」
普段何気なく会話をしている護衛たちだが、香澄は彼らの仕事をあまり知らなかった。
元警官や自衛隊が多いという話は聞いていたが、彼らが普段どんな事に気を配っているかまでは知らず、仕事中は邪魔をしたらいけないので話しかけられずにいた。
会話しながら歩いていると、通りには名だたるハイブランドショップが並んでいる。
何とはなしにショーウィンドウを覗き込むと、リュカ・ヴィドンヌのバッグが置かれてあった。
その時、通りを歩いていた女性が「タスク・ミツルギ」と口にしたのが聞こえた。
彼の隣にいるぼんやりとした日本人女性を、見る人が見れば〝御劔佑が連れている恋人で、重要人物〟と思うだろう。
そして良からぬ事を考える可能性もある。
(ここは日本じゃないんだ。ボーッとしてたらスリにだって遭うし、危険な事にも巻き込まれるかもしれない。そういう〝もしかして〟はあんまり考えたくないけど、備えあれば憂いなしって言うし……)
気合いを入れ直し、香澄はキュッと唇を引き結ぶ。
――と、佑に声を掛けられた。
「そのバッグ、気になる?」
欲しくてバッグを見ていると思ったらしく、ハッとした香澄は「違うのっ」とショーウィンドウから離れた。
飛びすさる動きを見て、佑がぶふっと噴きだした。
呉代の口元もほんの少し緩む。
彼が「背後にキュウリを置かれた猫みたい」と思ったのは、佑にも香澄にも秘密だ。
内心「すみません、すみません」と思いながら、香澄は当てもなく歩きだす。
「香澄、見るならきちんと見ないと」
「え? ええああうう」
だが横断歩道を渡ったところで、佑に手首を引っ張られた。
「こんな高級な所で、服なんて買えないよ」
弱り切った声で言う香澄に、佑は腕を組んで「ふむ」と考える。
「じゃあ、いつものように俺が見繕うから、マネキンやって」
「えっ、ええっ!?」
「大丈夫、大丈夫」
佑は軽い口調で言うと、また横断歩道を渡ってリュカ・ヴィドンヌへ入ってしまった。
「Hola.」
佑が女性店員に挨拶をし、香澄は「オラ?」と目を瞬かせる。
キョトンとしている香澄の手を握ったまま、佑はスペイン語で女性に何か言う。
(佑さん凄いなぁ)
彼が多国語を操れるのも、双子が発端だったらしい。
一時ドイツに身を寄せていた時、事あるごとに双子が多言語でからかってきて、それに腹が立って手当たり次第学んだらしい。
負けん気だけで何か国語も話せるようになったのは、ただ「凄い」に尽きる。
常々思うのだが、佑は地頭がいい。
普通の人が長年努力して身につける事を、感覚で掴んでしまう。
いわば天賦のセンスだ。
色彩を感じ取る能力、音や図形、空間を把握する能力に運動センス。そして圧倒的な記憶力。
その他多くの能力が合わさり、加えて遺伝による美貌と鍛え上げられた肉体が、〝御劔佑〟という有名人を作り上げる。
「香澄、こっちに」
どうやらVIPルームへ通されるらしく、エレベーターに乗る事になった。
洗練された部屋には応接セットがあり、広々としたフィッティングルームもあった。
『少々お待ちください』
英語で女性が告げて立ち去り、やがて責任者と思われる中年の男性が現れた。
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