上 下
659 / 1,549
第十一部・スペイン 編

河野の意外な情報

しおりを挟む
 河野はいつものように、淡々と〝仕事〟をしていたのだろうが、女性が大勢いる売り場でコスメを買わせたと思うと申し訳ない。

 けれど佑は「これが秘書の正しい使い方だ」と言うし、河野も「仕事ですのでお気になさらず」と言うので、逆にいたたまれなくなる。

 彼に平謝りすると、こんな事を言っていた。

『買い物をするぐらい、どうって事はないんです。前の職場でも結構な物を買いに走った事がありますし。ですが店員さんに〝こんなに買ってくれるなんて、彼女さんは幸せですね〟って言われたのがダメージでしたね。私は独り身なんですが……』

 BAに盛大な勘違いをされたのが効いたようで、香澄も何とフォローしていいのか分からないが、とにかく申し訳ない。

 メイクをしたあと、香澄はドルマンニットはそのままに、ボトムだけスカートに穿き替えた。
 佑と一緒にいるとどんな店に入るか分からず、もしかしたらドレスコードのあるレストランに入る可能性もある。

 リビングに戻ると佑も着替えていて、ベージュパンツにストライプシャツ、その上にグレーのVネックセーターに、ネイビーチェックの洒落たジャケット姿になっていた。

 部屋から出て廊下を歩きながら、香澄は河野の事を話題に出す。

「河野さんって結構素敵なのに彼女いないんだね。性格は少しとっつきにくいかもだけど、身長高いし顔もいいし、仕事もできるし、忙しいけど高給取りでしょ? 彼女がいないのが不思議」

「彼は自由時間を趣味に費やしているそうだから、どっちも取ろうとしたらうまくいかないんだろう。街コンや婚活パーティーに行こうか悩んでいるようだ」

 河野が婚活……と言われて興味を持つが、その前に気になる事があった。

「河野さん、夢中になってる趣味があるの?」

 何事にも淡泊な性格と思っていたので、新鮮な情報だ。

「ああ、いや。……口が滑ったな。いずれ話してくれる時がきたら、教えてもらうといいよ。個人の事だから俺からは黙っておく」

「うん、そうする」

 気になると言えば気になるが、確かに個人的な事なので無理に聞いて佑を困らせてもいけない。

「気にさせる言い方をしてごめん」

「ううん。気になって堪らないってほどじゃないもの。今は佑さんとバルセロナデートする方が重要事項です」

「そうだな」

 目の前でエレベーターのドアが開き、二人でゴンドラに乗り込む。

(朝からエッチしてしまった……。日本での生活でならあり得ないのに、海外マジック凄い)

 ほんの少し反省して、香澄はバルセロナ観光を楽しもうと思った。





 瀬尾が運転をし、車はバルセロナの街を走る。

「どこへ向かってるの?」

「昨日言った、グラシア通り。ハイブランドが並んでいるストリートで、アンドレス・サルセドのショップもある」

「それって……」

 ホテルで愛撫されながら言われたブランド名に、香澄の頬がヒクッとなる。

「し、下着買うの?」

 瀬尾と呉代が、ふぐっと息を詰まらせた。
 動揺したのを気取られないように、彼らが必死に隠したのは懸命な判断だ。

「買うよ? せっかく本拠地に来たんだから、ショッピングを楽しまないと。前にも言ったけど、俺はいずれ下着のラインナップも確立させたいと思っている。今は手探りで様々な下着を見ている段階だ。香澄にはそのマネキンになってほしい」

「あ……ああ。言ってたね」

 仕事の話をされると、「協力しなければ」と思ってしまう。

 それを、運転席と助手席にいた二人が「ちょろいな」と思っていたなど、香澄は知らない。

「質感とかデザインによる胸の形の変化とか、女性の香澄だからこそ気付く点があると思う。もちろんいずれ大々的に調査したいと思っているが、その前に身近な場所から感想がほしいんだ」

「うん、分かった。そういう事なら協力します」

 コクンと頷きやる気を見せた香澄の言葉を聞き、瀬尾と呉代が生ぬるい表情になる

 佑は無言でバックミラーを見て、目で瀬尾に「想像するなよ」と伝えた。
 そんな事、二人の濃厚な関係を知っている運転手と護衛たちからすれば、「言わずもがな」である。
 彼らとて「沈黙は金なり」は理解している。

 やがて十五分ほどで車はグラシア通りに着いた。

 車から降りた佑は、瀬尾に「あとで連絡する」と言って香澄、呉代とともに降車した。

 後続の車からは現地で雇った銃を所持したボディガードと河野、小山内、久住、佐野が降り、物々しい買い物が始まる。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...