646 / 1,544
第十一部・スペイン 編
どんな障害だって乗り越えてみせる
しおりを挟む
だが素晴らしい反射神経で抱きすくめられ、あっという間に抱き締められていた。
そして耳元で意地悪な声がする。
「謝らないよ。だって図星だから怒ったんだろ?」
そう言って、ムニムニと乳房を揉まれた。
「ん……、ん。……いじわる……」
そのまま佑は香澄を抱いたまま、ベッドのヘッドボードにもたれかかった。
肌越しに二人の体温が混じり合い、香澄は安堵の息をつく。
「……あのね」
「ん?」
少しためらってから、香澄はずっと思っていた事を話す。
「さっきの既視感って、多分八月にイギリスに行った時のじゃないかって思うの」
言った途端、佑の手に力がこもる。
それだけで、何かあったとのだと分かった。
(良くない事があった。そして佑さんは思い出さない事を望んでいる
彼が自分を守ろうとしてくれているのは分かる。
だがこればかりは自分の問題だ。
「空白の八月……だよね。イギリスの」
佑が静かに息を吸い、身を強張らせる。
「エミリアさんと飛行機に乗って、ファーストクラスでヒースローに向かったのは覚えているの。お金返さないとって思って、でも幾ら掛かったのか分からなくて、……そのまま踏み倒してしまった」
佑は何も言わない。
もしかしたら、言うべき言葉を懸命に探していたのかもしれない。
「あの時の事を思い出そうとすると、頭が真っ白になって、胸がドキドキしてとても不安になるの。……でも沢山逃げたし、そろそろ向き合ってもいいんじゃないかなって」
「……無理に思い出そうとしなくていい」
佑の声が微かに震えている。
自分のせいで彼が怯えている。
申し訳ないのに、嬉しくて愛しい。
そしてとても心強く思った。
何があっても自分は一人ではないと感じられるからだ。
(だから、いつか思い出したとしても怖くない)
「記憶にない事だから、無理に思いだそうとしても無駄だって分かってる。けど、いつか〝その時〟がきたら、佑さんの手を握って立ち向かいたい」
強く、しなやかでいたいと願う。
佑は高望みしなくていいと言うが、自分の誇りは大切にしたい。
良い人間でありたいし、佑の隣に立つに相応しい女性でありたい。
身の丈に余る願いかもしれないが、志を高く持つと背筋がスッと伸びる。
堕落するたやすさを知っているからこそ、気持ちを引き締めていたい。
だから……。
香澄は微笑み、自分を抱く佑の腕を優しく撫でた。
「とっくのとうに、情けない姿を晒してしまった私が言える言葉じゃないけど」
最後に冗談めかして明るく言い、笑い飛ばす。
けれどやはり、佑は何も言わない。
「私ね、イギリスって憧れの国の一つなの。イギリス貴族って素敵だし、アフターヌーンティーとか楽しんでみたい。バッキンガム宮殿やビッグベンやテムズ川……。佑さんと、行ってみたいな」
希望に満ちた声で言うと、しばらくして佑が肩口で溜め息をついた。
「……香澄はずるいな。そう言ったら俺が断らないって分かってるだろ」
「……嫌いになった?」
ふふ、と笑って振り向くと、何か言いたげな瞳と目が合う。
「なる訳ないじゃないか。ただ……。可愛くてずるい。あざといよ、香澄は」
そして上から噛みつくようにキスをされ、ちゅっちゅっと音をたててついばまれる。
「んふふっ」
いつか地獄の蓋を開ける時が来るかもしれない。
その時はきっと、マティアスにレイプされたと勘違いした時より、つらい思いをするかもしれない。
それでも――。
「もう逃げないって決めたの。佑さんと一緒に幸せになるためなら、どんな障害だって乗り越えてみせる」
揺るぎない香澄の目を見て、佑は小さく息をついた。
「俺は何があっても香澄を手放さない。それだけは覚えておいて」
「……うん」
「香澄がどんなに絶望しても、俺は側にいるし香澄のすべてを愛する。嫌だと言ってもキスをするし、抱く。別れたいと言っても絶対同意しない。それでも逃げようとしたら、最悪どこかに閉じ込めるかもしれない」
並々ならぬ執着と束縛に、香澄は甘く心を震わせる。
そして耳元で意地悪な声がする。
「謝らないよ。だって図星だから怒ったんだろ?」
そう言って、ムニムニと乳房を揉まれた。
「ん……、ん。……いじわる……」
そのまま佑は香澄を抱いたまま、ベッドのヘッドボードにもたれかかった。
肌越しに二人の体温が混じり合い、香澄は安堵の息をつく。
「……あのね」
「ん?」
少しためらってから、香澄はずっと思っていた事を話す。
「さっきの既視感って、多分八月にイギリスに行った時のじゃないかって思うの」
言った途端、佑の手に力がこもる。
それだけで、何かあったとのだと分かった。
(良くない事があった。そして佑さんは思い出さない事を望んでいる
彼が自分を守ろうとしてくれているのは分かる。
だがこればかりは自分の問題だ。
「空白の八月……だよね。イギリスの」
佑が静かに息を吸い、身を強張らせる。
「エミリアさんと飛行機に乗って、ファーストクラスでヒースローに向かったのは覚えているの。お金返さないとって思って、でも幾ら掛かったのか分からなくて、……そのまま踏み倒してしまった」
佑は何も言わない。
もしかしたら、言うべき言葉を懸命に探していたのかもしれない。
「あの時の事を思い出そうとすると、頭が真っ白になって、胸がドキドキしてとても不安になるの。……でも沢山逃げたし、そろそろ向き合ってもいいんじゃないかなって」
「……無理に思い出そうとしなくていい」
佑の声が微かに震えている。
自分のせいで彼が怯えている。
申し訳ないのに、嬉しくて愛しい。
そしてとても心強く思った。
何があっても自分は一人ではないと感じられるからだ。
(だから、いつか思い出したとしても怖くない)
「記憶にない事だから、無理に思いだそうとしても無駄だって分かってる。けど、いつか〝その時〟がきたら、佑さんの手を握って立ち向かいたい」
強く、しなやかでいたいと願う。
佑は高望みしなくていいと言うが、自分の誇りは大切にしたい。
良い人間でありたいし、佑の隣に立つに相応しい女性でありたい。
身の丈に余る願いかもしれないが、志を高く持つと背筋がスッと伸びる。
堕落するたやすさを知っているからこそ、気持ちを引き締めていたい。
だから……。
香澄は微笑み、自分を抱く佑の腕を優しく撫でた。
「とっくのとうに、情けない姿を晒してしまった私が言える言葉じゃないけど」
最後に冗談めかして明るく言い、笑い飛ばす。
けれどやはり、佑は何も言わない。
「私ね、イギリスって憧れの国の一つなの。イギリス貴族って素敵だし、アフターヌーンティーとか楽しんでみたい。バッキンガム宮殿やビッグベンやテムズ川……。佑さんと、行ってみたいな」
希望に満ちた声で言うと、しばらくして佑が肩口で溜め息をついた。
「……香澄はずるいな。そう言ったら俺が断らないって分かってるだろ」
「……嫌いになった?」
ふふ、と笑って振り向くと、何か言いたげな瞳と目が合う。
「なる訳ないじゃないか。ただ……。可愛くてずるい。あざといよ、香澄は」
そして上から噛みつくようにキスをされ、ちゅっちゅっと音をたててついばまれる。
「んふふっ」
いつか地獄の蓋を開ける時が来るかもしれない。
その時はきっと、マティアスにレイプされたと勘違いした時より、つらい思いをするかもしれない。
それでも――。
「もう逃げないって決めたの。佑さんと一緒に幸せになるためなら、どんな障害だって乗り越えてみせる」
揺るぎない香澄の目を見て、佑は小さく息をついた。
「俺は何があっても香澄を手放さない。それだけは覚えておいて」
「……うん」
「香澄がどんなに絶望しても、俺は側にいるし香澄のすべてを愛する。嫌だと言ってもキスをするし、抱く。別れたいと言っても絶対同意しない。それでも逃げようとしたら、最悪どこかに閉じ込めるかもしれない」
並々ならぬ執着と束縛に、香澄は甘く心を震わせる。
22
お気に入りに追加
2,511
あなたにおすすめの小説
魔がさした? 私も魔をさしますのでよろしく。
ユユ
恋愛
幼い頃から築いてきた彼との関係は
愛だと思っていた。
何度も“好き”と言われ
次第に心を寄せるようになった。
だけど 彼の浮気を知ってしまった。
私の頭の中にあった愛の城は
完全に崩壊した。
彼の口にする“愛”は偽物だった。
* 作り話です
* 短編で終わらせたいです
* 暇つぶしにどうぞ
愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】
皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」
お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。
初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。
好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。
******
・感想欄は完結してから開きます。
聖痕の聖騎士〜溺愛?狂愛?私に結婚以外の選択肢はありますか?〜
白雲八鈴
恋愛
『結婚をしよう』
彼は突然そんなことを言い出した。何を言っているのだろう?
彼は身分がある人。私は親に売られてきたので身分なんてない。 愛人っていうこと?
いや、その前に大きな問題がある。
彼は14歳。まだ、成人の年齢に達してはいない。 そして、私は4歳。年齢差以前に私、幼女だから!!
今、思えば私の運命はこのときに決められてしまったのかもしれない。
聖痕が発現すれば聖騎士となり、国のために戦わなくてはならない。私には絶対に人にはバレてはいけない聖痕をもっている。絶対にだ。
しかし運命は必然的に彼との再会を引き起こす。更に闇を抱えた彼。異形との戦い。聖女という人物の出現。世界は貪欲に何かを求めていた。
『うっ。……10年後に再会した彼の愛が重すぎて逃げられない』
*表現に不快感を持たれました読者様はそのまま閉じることをお勧めします。タグの乙女ゲームに関してですが、世界観という意味です。
一話の中に別視点が入りますが、一応本編内容になります。
*誤字脱字は見直していますが、いつもどおりです。すみません。
*他のサイトでも投稿しております。
愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。
梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。
ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。
え?イザックの婚約者って私でした。よね…?
二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。
ええ、バッキバキに。
もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。
継母の心得
トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定☆】
※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロ重い、が苦手の方にもお読みいただけます。
山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。
治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。
不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!?
前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった!
突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。
オタクの知識を使って、子育て頑張ります!!
子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です!
番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。
アイテムボックスだけで異世界生活
shinko
ファンタジー
いきなり異世界で目覚めた主人公、起きるとなぜか記憶が無い。
あるのはアイテムボックスだけ……。
なぜ、俺はここにいるのか。そして俺は誰なのか。
説明してくれる神も、女神もできてやしない。
よくあるファンタジーの世界の中で、
生きていくため、努力していく。
そしてついに気がつく主人公。
アイテムボックスってすごいんじゃね?
お気楽に読めるハッピーファンタジーです。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる