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第十一部・スペイン 編

どんな障害だって乗り越えてみせる

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 だが素晴らしい反射神経で抱きすくめられ、あっという間に抱き締められていた。

 そして耳元で意地悪な声がする。

「謝らないよ。だって図星だから怒ったんだろ?」

 そう言って、ムニムニと乳房を揉まれた。

「ん……、ん。……いじわる……」

 そのまま佑は香澄を抱いたまま、ベッドのヘッドボードにもたれかかった。
 肌越しに二人の体温が混じり合い、香澄は安堵の息をつく。

「……あのね」

「ん?」

 少しためらってから、香澄はずっと思っていた事を話す。

「さっきの既視感って、多分八月にイギリスに行った時のじゃないかって思うの」

 言った途端、佑の手に力がこもる。
 それだけで、何かあったとのだと分かった。

(良くない事があった。そして佑さんは思い出さない事を望んでいる

 彼が自分を守ろうとしてくれているのは分かる。

 だがこればかりは自分の問題だ。

「空白の八月……だよね。イギリスの」

 佑が静かに息を吸い、身を強張らせる。

「エミリアさんと飛行機に乗って、ファーストクラスでヒースローに向かったのは覚えているの。お金返さないとって思って、でも幾ら掛かったのか分からなくて、……そのまま踏み倒してしまった」

 佑は何も言わない。

 もしかしたら、言うべき言葉を懸命に探していたのかもしれない。

「あの時の事を思い出そうとすると、頭が真っ白になって、胸がドキドキしてとても不安になるの。……でも沢山逃げたし、そろそろ向き合ってもいいんじゃないかなって」

「……無理に思い出そうとしなくていい」

 佑の声が微かに震えている。

 自分のせいで彼が怯えている。

 申し訳ないのに、嬉しくて愛しい。

 そしてとても心強く思った。

 何があっても自分は一人ではないと感じられるからだ。

(だから、いつか思い出したとしても怖くない)

「記憶にない事だから、無理に思いだそうとしても無駄だって分かってる。けど、いつか〝その時〟がきたら、佑さんの手を握って立ち向かいたい」

 強く、しなやかでいたいと願う。

 佑は高望みしなくていいと言うが、自分の誇りは大切にしたい。

 良い人間でありたいし、佑の隣に立つに相応しい女性でありたい。

 身の丈に余る願いかもしれないが、志を高く持つと背筋がスッと伸びる。

 堕落するたやすさを知っているからこそ、気持ちを引き締めていたい。

 だから……。

 香澄は微笑み、自分を抱く佑の腕を優しく撫でた。

「とっくのとうに、情けない姿を晒してしまった私が言える言葉じゃないけど」

 最後に冗談めかして明るく言い、笑い飛ばす。
 けれどやはり、佑は何も言わない。

「私ね、イギリスって憧れの国の一つなの。イギリス貴族って素敵だし、アフターヌーンティーとか楽しんでみたい。バッキンガム宮殿やビッグベンやテムズ川……。佑さんと、行ってみたいな」

 希望に満ちた声で言うと、しばらくして佑が肩口で溜め息をついた。

「……香澄はずるいな。そう言ったら俺が断らないって分かってるだろ」

「……嫌いになった?」

 ふふ、と笑って振り向くと、何か言いたげな瞳と目が合う。

「なる訳ないじゃないか。ただ……。可愛くてずるい。あざといよ、香澄は」

 そして上から噛みつくようにキスをされ、ちゅっちゅっと音をたててついばまれる。

「んふふっ」

 いつか地獄の蓋を開ける時が来るかもしれない。
 その時はきっと、マティアスにレイプされたと勘違いした時より、つらい思いをするかもしれない。

 それでも――。

「もう逃げないって決めたの。佑さんと一緒に幸せになるためなら、どんな障害だって乗り越えてみせる」

 揺るぎない香澄の目を見て、佑は小さく息をついた。

「俺は何があっても香澄を手放さない。それだけは覚えておいて」

「……うん」

「香澄がどんなに絶望しても、俺は側にいるし香澄のすべてを愛する。嫌だと言ってもキスをするし、抱く。別れたいと言っても絶対同意しない。それでも逃げようとしたら、最悪どこかに閉じ込めるかもしれない」

 並々ならぬ執着と束縛に、香澄は甘く心を震わせる。
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