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第十一部・スペイン 編
〝嫉妬されるぐらいのいい女〟
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「言ってしまえば、〝分かった気〟になってる馬鹿の遠吠えだから、気にしなくていい」
サラリと毒を吐かれ、香澄は思わず笑う。
「人は経験を積んで、失敗から学んで大人になる。失敗したあと、自分の至らなさを自覚して〝次〟に繋げられる人は、きちんと成長できる。逆につまらないプライドで失敗を他人のせいにする奴は、大人になってもレベルが低いままだ。残念な事にそういう大人は大勢いる」
「ん……」
香澄も八谷で働いていた時、色んな人を見てきた。
店に来る客の中には、酒を飲んで気を大きくさせ、店員に横柄な態度を取る者もいた。
香澄が女性だからという理由で、舐めた態度を取り、セクハラをしてくる人もいた。
たとえ酔っていたとしても、何が恥なのか理解しなければ、いずれ周囲に嫌われてしまうのだと、反面教師に思っていた。
「俺は何より大切な香澄を傷つけた彼らを許せない。成人した身だから相応の罰を受けてもらうつもりだけど、一方でこれで彼らが我に返って、まともな大人になってくれたらと思うよ」
「そうだね。『気に入らないから傷つける』生き方をしていたら、取り返しがつかなくなる。誰かがきちんと教えて、いけない事だって理解するのは大切だね」
いまだ佑が下した沙汰を〝厳しい〟と思ってしまう自分がいる。
けれど甘やかしては相手がつけあがると、誰より香澄が理解しなければいけない。
麻衣にも定山渓の温泉で心からの忠告を受けた。
周りの人の大切な言葉を、きちんと吸収しなければ香澄も成長できない。
理不尽な事をされ、されるがままではなく、きちんと声を上げて怒る事が香澄にとっての成長だ。
「人は嫉妬する生き物だ。中には他人を気にしない人もいるけどね。安野の場合、いきなり香澄みたいないい女が現れたから焦ったんだろう。香澄は椎野に何の興味も持ってなくても、安野は自分の男を盗られると思ってキャンキャン吠えたんだろうな」
「キャンキャンって……」
小柄な真奈美を思いだし、小型犬を想像して思わず笑う。
「謙虚な香澄には難しいかもしれないけど、自分を〝嫉妬されるいい女〟って思うようにしよう。何も持たない者は、嫉妬する相手に非がなくても、何でもいいから理由をつけて叩きたがる。俺だって、生まれから家族から外見、会社や商品、色んな事をネタに叩かれてる」
軽やかに笑う佑の言葉を聞いて、香澄は曖昧に微笑む。
大好きな人がネットで叩かれている姿を想像するのは、とてもつらい。
彼が今こうして笑えるようになるまで、傷付いた過去があるのは想像に余りある。
「これは世の中の真理だけど、満たされず時間を持て余す者は、自分の不幸な境遇を他者のせいにする。悪人を作って叩く事によって安価な快感を得るんだ。そういう人たちに、自分を磨いてより良い人間になろうという感覚はない。常に他人を恨み、嫉妬し、攻撃して満足する。だから香澄は、嫉妬してくる人の言葉に傷付く必要はない。立っている舞台が違うし、何を言っても相手には通じない」
言われて、確かにあの時の真奈美に何を言っても、話が通じない雰囲気があったと思った。
和也も同じで、彼は常に何かに対して怒っていた。
恐らく秋山が言っていた、就職先でうまくいかず、すぐに辞めてしまったところにあるのだろうが、それを自分に向けられても困る。
現場から逃げた弱さは和也自身にある。
香澄が楽しそうに生きているように見えて、有名人の婚約者だからと言って、燻っていたネガティブな感情を叩きつけていい理由にならない。
「少し傲慢な言い方になるが、違うステージに立っている人とは話が合わないんだ。価値観のまったく事なる人に自分を合わせようとしても疲れてしまう。自分がいいと思ったものをいいと思い、同じ目線で笑い合える人と仲良くしていればいいと、俺は思うよ」
「……確かにそうだね」
「香澄は安野に心ない事を言われて傷付いただろう。けど、彼女とは二度と会わない。『当たり屋に当たられた』と思って、今は楽しい事に目を向けよう? 香澄には俺がついてるし、ご家族も麻衣さんも、地元の友達もいる。安野一人に否定されて、そんなに悲しまなくていいんだ」
「……そうだね。悪意を直接ぶつけられたから、ショックが大きかったのかも」
呟くと、頭を撫でられる。
「人間だから傷付いて当たり前だ。でも、必要以上に傷付かないよう、受け流していく術も少しずつ身につけていこう。社員についても心配してるみたいだけど、自分で思っている以上に、ほとんどの人は香澄を何とも思っていないからな」
「え? ……う、うん……」
会社の人には嫌われていると思っていたので、ドキッとする。
「確かに俺は知名度があるし、女性に好かれている自覚もある。けど女性社員の全員が俺を恋愛対象に見ているかといえば、ノーだ。社員にはそれぞれの人生がある。生まれてから出会い、過ごした人がいて、俺よりずっと関わりの強い人に恋をしている。香澄の事だって俺の婚約者だと聞いて『そうなんだ』と思って終わりだよ。熱烈に応援してくれる人は一部。攻撃的になるのはさらに少ないごく一部。それを覚えておいて」
「はい」
「パレートの法則というのがあって、別の見方をした2:6:2の法則という者もある。もともとはビジネスの考え方で、積極的に働く者や怠ける者をどう動かすかという考え方だ。だがそれを別の味方で見たもので、二割は強力な味方で、二割には嫌われる。残り六割にはどうも思われていないという考え方がある」
「うん、聞いた事がある」
「考えがドツボに嵌まりそうな時は、それを思いだすといいよ。香澄が悩んでいる相手は、君が関わる人のごく一部だ。二割もいなくて、一割以下かもしれない。そういう人の存在で貴重な時間を割いて悩むのは無駄だ」
「うん、努力する」
佑がモヤモヤした気持ちを整理してくれ、香澄は安堵する。
サラリと毒を吐かれ、香澄は思わず笑う。
「人は経験を積んで、失敗から学んで大人になる。失敗したあと、自分の至らなさを自覚して〝次〟に繋げられる人は、きちんと成長できる。逆につまらないプライドで失敗を他人のせいにする奴は、大人になってもレベルが低いままだ。残念な事にそういう大人は大勢いる」
「ん……」
香澄も八谷で働いていた時、色んな人を見てきた。
店に来る客の中には、酒を飲んで気を大きくさせ、店員に横柄な態度を取る者もいた。
香澄が女性だからという理由で、舐めた態度を取り、セクハラをしてくる人もいた。
たとえ酔っていたとしても、何が恥なのか理解しなければ、いずれ周囲に嫌われてしまうのだと、反面教師に思っていた。
「俺は何より大切な香澄を傷つけた彼らを許せない。成人した身だから相応の罰を受けてもらうつもりだけど、一方でこれで彼らが我に返って、まともな大人になってくれたらと思うよ」
「そうだね。『気に入らないから傷つける』生き方をしていたら、取り返しがつかなくなる。誰かがきちんと教えて、いけない事だって理解するのは大切だね」
いまだ佑が下した沙汰を〝厳しい〟と思ってしまう自分がいる。
けれど甘やかしては相手がつけあがると、誰より香澄が理解しなければいけない。
麻衣にも定山渓の温泉で心からの忠告を受けた。
周りの人の大切な言葉を、きちんと吸収しなければ香澄も成長できない。
理不尽な事をされ、されるがままではなく、きちんと声を上げて怒る事が香澄にとっての成長だ。
「人は嫉妬する生き物だ。中には他人を気にしない人もいるけどね。安野の場合、いきなり香澄みたいないい女が現れたから焦ったんだろう。香澄は椎野に何の興味も持ってなくても、安野は自分の男を盗られると思ってキャンキャン吠えたんだろうな」
「キャンキャンって……」
小柄な真奈美を思いだし、小型犬を想像して思わず笑う。
「謙虚な香澄には難しいかもしれないけど、自分を〝嫉妬されるいい女〟って思うようにしよう。何も持たない者は、嫉妬する相手に非がなくても、何でもいいから理由をつけて叩きたがる。俺だって、生まれから家族から外見、会社や商品、色んな事をネタに叩かれてる」
軽やかに笑う佑の言葉を聞いて、香澄は曖昧に微笑む。
大好きな人がネットで叩かれている姿を想像するのは、とてもつらい。
彼が今こうして笑えるようになるまで、傷付いた過去があるのは想像に余りある。
「これは世の中の真理だけど、満たされず時間を持て余す者は、自分の不幸な境遇を他者のせいにする。悪人を作って叩く事によって安価な快感を得るんだ。そういう人たちに、自分を磨いてより良い人間になろうという感覚はない。常に他人を恨み、嫉妬し、攻撃して満足する。だから香澄は、嫉妬してくる人の言葉に傷付く必要はない。立っている舞台が違うし、何を言っても相手には通じない」
言われて、確かにあの時の真奈美に何を言っても、話が通じない雰囲気があったと思った。
和也も同じで、彼は常に何かに対して怒っていた。
恐らく秋山が言っていた、就職先でうまくいかず、すぐに辞めてしまったところにあるのだろうが、それを自分に向けられても困る。
現場から逃げた弱さは和也自身にある。
香澄が楽しそうに生きているように見えて、有名人の婚約者だからと言って、燻っていたネガティブな感情を叩きつけていい理由にならない。
「少し傲慢な言い方になるが、違うステージに立っている人とは話が合わないんだ。価値観のまったく事なる人に自分を合わせようとしても疲れてしまう。自分がいいと思ったものをいいと思い、同じ目線で笑い合える人と仲良くしていればいいと、俺は思うよ」
「……確かにそうだね」
「香澄は安野に心ない事を言われて傷付いただろう。けど、彼女とは二度と会わない。『当たり屋に当たられた』と思って、今は楽しい事に目を向けよう? 香澄には俺がついてるし、ご家族も麻衣さんも、地元の友達もいる。安野一人に否定されて、そんなに悲しまなくていいんだ」
「……そうだね。悪意を直接ぶつけられたから、ショックが大きかったのかも」
呟くと、頭を撫でられる。
「人間だから傷付いて当たり前だ。でも、必要以上に傷付かないよう、受け流していく術も少しずつ身につけていこう。社員についても心配してるみたいだけど、自分で思っている以上に、ほとんどの人は香澄を何とも思っていないからな」
「え? ……う、うん……」
会社の人には嫌われていると思っていたので、ドキッとする。
「確かに俺は知名度があるし、女性に好かれている自覚もある。けど女性社員の全員が俺を恋愛対象に見ているかといえば、ノーだ。社員にはそれぞれの人生がある。生まれてから出会い、過ごした人がいて、俺よりずっと関わりの強い人に恋をしている。香澄の事だって俺の婚約者だと聞いて『そうなんだ』と思って終わりだよ。熱烈に応援してくれる人は一部。攻撃的になるのはさらに少ないごく一部。それを覚えておいて」
「はい」
「パレートの法則というのがあって、別の見方をした2:6:2の法則という者もある。もともとはビジネスの考え方で、積極的に働く者や怠ける者をどう動かすかという考え方だ。だがそれを別の味方で見たもので、二割は強力な味方で、二割には嫌われる。残り六割にはどうも思われていないという考え方がある」
「うん、聞いた事がある」
「考えがドツボに嵌まりそうな時は、それを思いだすといいよ。香澄が悩んでいる相手は、君が関わる人のごく一部だ。二割もいなくて、一割以下かもしれない。そういう人の存在で貴重な時間を割いて悩むのは無駄だ」
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