639 / 1,559
第十一部・スペイン 編
〝嫉妬されるぐらいのいい女〟
しおりを挟む
「言ってしまえば、〝分かった気〟になってる馬鹿の遠吠えだから、気にしなくていい」
サラリと毒を吐かれ、香澄は思わず笑う。
「人は経験を積んで、失敗から学んで大人になる。失敗したあと、自分の至らなさを自覚して〝次〟に繋げられる人は、きちんと成長できる。逆につまらないプライドで失敗を他人のせいにする奴は、大人になってもレベルが低いままだ。残念な事にそういう大人は大勢いる」
「ん……」
香澄も八谷で働いていた時、色んな人を見てきた。
店に来る客の中には、酒を飲んで気を大きくさせ、店員に横柄な態度を取る者もいた。
香澄が女性だからという理由で、舐めた態度を取り、セクハラをしてくる人もいた。
たとえ酔っていたとしても、何が恥なのか理解しなければ、いずれ周囲に嫌われてしまうのだと、反面教師に思っていた。
「俺は何より大切な香澄を傷つけた彼らを許せない。成人した身だから相応の罰を受けてもらうつもりだけど、一方でこれで彼らが我に返って、まともな大人になってくれたらと思うよ」
「そうだね。『気に入らないから傷つける』生き方をしていたら、取り返しがつかなくなる。誰かがきちんと教えて、いけない事だって理解するのは大切だね」
いまだ佑が下した沙汰を〝厳しい〟と思ってしまう自分がいる。
けれど甘やかしては相手がつけあがると、誰より香澄が理解しなければいけない。
麻衣にも定山渓の温泉で心からの忠告を受けた。
周りの人の大切な言葉を、きちんと吸収しなければ香澄も成長できない。
理不尽な事をされ、されるがままではなく、きちんと声を上げて怒る事が香澄にとっての成長だ。
「人は嫉妬する生き物だ。中には他人を気にしない人もいるけどね。安野の場合、いきなり香澄みたいないい女が現れたから焦ったんだろう。香澄は椎野に何の興味も持ってなくても、安野は自分の男を盗られると思ってキャンキャン吠えたんだろうな」
「キャンキャンって……」
小柄な真奈美を思いだし、小型犬を想像して思わず笑う。
「謙虚な香澄には難しいかもしれないけど、自分を〝嫉妬されるいい女〟って思うようにしよう。何も持たない者は、嫉妬する相手に非がなくても、何でもいいから理由をつけて叩きたがる。俺だって、生まれから家族から外見、会社や商品、色んな事をネタに叩かれてる」
軽やかに笑う佑の言葉を聞いて、香澄は曖昧に微笑む。
大好きな人がネットで叩かれている姿を想像するのは、とてもつらい。
彼が今こうして笑えるようになるまで、傷付いた過去があるのは想像に余りある。
「これは世の中の真理だけど、満たされず時間を持て余す者は、自分の不幸な境遇を他者のせいにする。悪人を作って叩く事によって安価な快感を得るんだ。そういう人たちに、自分を磨いてより良い人間になろうという感覚はない。常に他人を恨み、嫉妬し、攻撃して満足する。だから香澄は、嫉妬してくる人の言葉に傷付く必要はない。立っている舞台が違うし、何を言っても相手には通じない」
言われて、確かにあの時の真奈美に何を言っても、話が通じない雰囲気があったと思った。
和也も同じで、彼は常に何かに対して怒っていた。
恐らく秋山が言っていた、就職先でうまくいかず、すぐに辞めてしまったところにあるのだろうが、それを自分に向けられても困る。
現場から逃げた弱さは和也自身にある。
香澄が楽しそうに生きているように見えて、有名人の婚約者だからと言って、燻っていたネガティブな感情を叩きつけていい理由にならない。
「少し傲慢な言い方になるが、違うステージに立っている人とは話が合わないんだ。価値観のまったく事なる人に自分を合わせようとしても疲れてしまう。自分がいいと思ったものをいいと思い、同じ目線で笑い合える人と仲良くしていればいいと、俺は思うよ」
「……確かにそうだね」
「香澄は安野に心ない事を言われて傷付いただろう。けど、彼女とは二度と会わない。『当たり屋に当たられた』と思って、今は楽しい事に目を向けよう? 香澄には俺がついてるし、ご家族も麻衣さんも、地元の友達もいる。安野一人に否定されて、そんなに悲しまなくていいんだ」
「……そうだね。悪意を直接ぶつけられたから、ショックが大きかったのかも」
呟くと、頭を撫でられる。
「人間だから傷付いて当たり前だ。でも、必要以上に傷付かないよう、受け流していく術も少しずつ身につけていこう。社員についても心配してるみたいだけど、自分で思っている以上に、ほとんどの人は香澄を何とも思っていないからな」
「え? ……う、うん……」
会社の人には嫌われていると思っていたので、ドキッとする。
「確かに俺は知名度があるし、女性に好かれている自覚もある。けど女性社員の全員が俺を恋愛対象に見ているかといえば、ノーだ。社員にはそれぞれの人生がある。生まれてから出会い、過ごした人がいて、俺よりずっと関わりの強い人に恋をしている。香澄の事だって俺の婚約者だと聞いて『そうなんだ』と思って終わりだよ。熱烈に応援してくれる人は一部。攻撃的になるのはさらに少ないごく一部。それを覚えておいて」
「はい」
「パレートの法則というのがあって、別の見方をした2:6:2の法則という者もある。もともとはビジネスの考え方で、積極的に働く者や怠ける者をどう動かすかという考え方だ。だがそれを別の味方で見たもので、二割は強力な味方で、二割には嫌われる。残り六割にはどうも思われていないという考え方がある」
「うん、聞いた事がある」
「考えがドツボに嵌まりそうな時は、それを思いだすといいよ。香澄が悩んでいる相手は、君が関わる人のごく一部だ。二割もいなくて、一割以下かもしれない。そういう人の存在で貴重な時間を割いて悩むのは無駄だ」
「うん、努力する」
佑がモヤモヤした気持ちを整理してくれ、香澄は安堵する。
サラリと毒を吐かれ、香澄は思わず笑う。
「人は経験を積んで、失敗から学んで大人になる。失敗したあと、自分の至らなさを自覚して〝次〟に繋げられる人は、きちんと成長できる。逆につまらないプライドで失敗を他人のせいにする奴は、大人になってもレベルが低いままだ。残念な事にそういう大人は大勢いる」
「ん……」
香澄も八谷で働いていた時、色んな人を見てきた。
店に来る客の中には、酒を飲んで気を大きくさせ、店員に横柄な態度を取る者もいた。
香澄が女性だからという理由で、舐めた態度を取り、セクハラをしてくる人もいた。
たとえ酔っていたとしても、何が恥なのか理解しなければ、いずれ周囲に嫌われてしまうのだと、反面教師に思っていた。
「俺は何より大切な香澄を傷つけた彼らを許せない。成人した身だから相応の罰を受けてもらうつもりだけど、一方でこれで彼らが我に返って、まともな大人になってくれたらと思うよ」
「そうだね。『気に入らないから傷つける』生き方をしていたら、取り返しがつかなくなる。誰かがきちんと教えて、いけない事だって理解するのは大切だね」
いまだ佑が下した沙汰を〝厳しい〟と思ってしまう自分がいる。
けれど甘やかしては相手がつけあがると、誰より香澄が理解しなければいけない。
麻衣にも定山渓の温泉で心からの忠告を受けた。
周りの人の大切な言葉を、きちんと吸収しなければ香澄も成長できない。
理不尽な事をされ、されるがままではなく、きちんと声を上げて怒る事が香澄にとっての成長だ。
「人は嫉妬する生き物だ。中には他人を気にしない人もいるけどね。安野の場合、いきなり香澄みたいないい女が現れたから焦ったんだろう。香澄は椎野に何の興味も持ってなくても、安野は自分の男を盗られると思ってキャンキャン吠えたんだろうな」
「キャンキャンって……」
小柄な真奈美を思いだし、小型犬を想像して思わず笑う。
「謙虚な香澄には難しいかもしれないけど、自分を〝嫉妬されるいい女〟って思うようにしよう。何も持たない者は、嫉妬する相手に非がなくても、何でもいいから理由をつけて叩きたがる。俺だって、生まれから家族から外見、会社や商品、色んな事をネタに叩かれてる」
軽やかに笑う佑の言葉を聞いて、香澄は曖昧に微笑む。
大好きな人がネットで叩かれている姿を想像するのは、とてもつらい。
彼が今こうして笑えるようになるまで、傷付いた過去があるのは想像に余りある。
「これは世の中の真理だけど、満たされず時間を持て余す者は、自分の不幸な境遇を他者のせいにする。悪人を作って叩く事によって安価な快感を得るんだ。そういう人たちに、自分を磨いてより良い人間になろうという感覚はない。常に他人を恨み、嫉妬し、攻撃して満足する。だから香澄は、嫉妬してくる人の言葉に傷付く必要はない。立っている舞台が違うし、何を言っても相手には通じない」
言われて、確かにあの時の真奈美に何を言っても、話が通じない雰囲気があったと思った。
和也も同じで、彼は常に何かに対して怒っていた。
恐らく秋山が言っていた、就職先でうまくいかず、すぐに辞めてしまったところにあるのだろうが、それを自分に向けられても困る。
現場から逃げた弱さは和也自身にある。
香澄が楽しそうに生きているように見えて、有名人の婚約者だからと言って、燻っていたネガティブな感情を叩きつけていい理由にならない。
「少し傲慢な言い方になるが、違うステージに立っている人とは話が合わないんだ。価値観のまったく事なる人に自分を合わせようとしても疲れてしまう。自分がいいと思ったものをいいと思い、同じ目線で笑い合える人と仲良くしていればいいと、俺は思うよ」
「……確かにそうだね」
「香澄は安野に心ない事を言われて傷付いただろう。けど、彼女とは二度と会わない。『当たり屋に当たられた』と思って、今は楽しい事に目を向けよう? 香澄には俺がついてるし、ご家族も麻衣さんも、地元の友達もいる。安野一人に否定されて、そんなに悲しまなくていいんだ」
「……そうだね。悪意を直接ぶつけられたから、ショックが大きかったのかも」
呟くと、頭を撫でられる。
「人間だから傷付いて当たり前だ。でも、必要以上に傷付かないよう、受け流していく術も少しずつ身につけていこう。社員についても心配してるみたいだけど、自分で思っている以上に、ほとんどの人は香澄を何とも思っていないからな」
「え? ……う、うん……」
会社の人には嫌われていると思っていたので、ドキッとする。
「確かに俺は知名度があるし、女性に好かれている自覚もある。けど女性社員の全員が俺を恋愛対象に見ているかといえば、ノーだ。社員にはそれぞれの人生がある。生まれてから出会い、過ごした人がいて、俺よりずっと関わりの強い人に恋をしている。香澄の事だって俺の婚約者だと聞いて『そうなんだ』と思って終わりだよ。熱烈に応援してくれる人は一部。攻撃的になるのはさらに少ないごく一部。それを覚えておいて」
「はい」
「パレートの法則というのがあって、別の見方をした2:6:2の法則という者もある。もともとはビジネスの考え方で、積極的に働く者や怠ける者をどう動かすかという考え方だ。だがそれを別の味方で見たもので、二割は強力な味方で、二割には嫌われる。残り六割にはどうも思われていないという考え方がある」
「うん、聞いた事がある」
「考えがドツボに嵌まりそうな時は、それを思いだすといいよ。香澄が悩んでいる相手は、君が関わる人のごく一部だ。二割もいなくて、一割以下かもしれない。そういう人の存在で貴重な時間を割いて悩むのは無駄だ」
「うん、努力する」
佑がモヤモヤした気持ちを整理してくれ、香澄は安堵する。
23
お気に入りに追加
2,570
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です


甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる